第31話

 ――朱実さんを除いた五匹は、人目に付かないように、ゴツゴツした岩の混じる歩きにくい道を進み続けている。


「気休め程度だけどね」

紗弥加さんは欠片に探知されないように、私達の周りを動物の気配や残留思念で覆うことで、

カムフラージュをかけているとのことだった。


 アイフォーンのマップで確認すると、研究施設は、山の中腹からそれ程遠くない場所にあった。

「見えてきたよ」

明生くんの言葉に一同が前方を見ると、森林に囲まれている数棟の大きめな白い建物が見えてきた。


「きっと監視カメラがあるから、それをなんとかしないと。扉も暗証番号で開く形式だろうし、鍵穴に小枝を入れて開けることは出来ないだろうな……」

と、明生くんが呟くと、

「そこにいるのは、誰かしら!!」

不意に紗弥加さんが、上空の木々へ向かって大声を上げた。


 その言葉に驚いて、一同が上空を見上げるのと、それが落ちてくるのは、ほぼ同時だった。


 ――ドスンッ!!


「な、何?!」

大きな物音のした方へ私が目を向けると、


「さ……サル?」

と、明生くんが呻いた。


「い、イタタ、……あっ! い、いや! 私は決して、怪しい者ではありませんよ!

ただ皆様に、き、協力をさせて頂きたいと思っておりましただけで!!」

そこには一匹の猿がいて、いきなり人間の言葉で弁解めいたことを話し始めた。


「貴方、狼から欠片の持ち主の意識が去ってから、ずっと私達の後をつけていたわよね。

邪悪な気配は感じなかったからここまで放置をしていたけれど、協力とはどういうことなのかしら?」


「き、気が付いておられましたか……た、大変、失礼致しました……。申し遅れましたが私、紀元自然科学研究所の職員、榊山と申します。

皆様の縦横無尽、八面六腑のご活躍は、遠目からではありますがしっかり拝見させて頂いておりましたです!」


 私は、この怪しげな猿の自己紹介を聞いて

「け、研究所の職員ってことは、欠片の持ち主の……き、紀元博士の仲間ってこと??」

と、私はあの恐ろしい博士のことを思い返しながら尋ねた。


「い、いや! それは全くの誤解です! 斯く言う私もこの様に、動物の肉体に精神を転送されてしまった人間の一人でございます。

も、もし、元に戻れるのでしたら、私も何か皆様のお役に立てればと思うのです……」


「あ、あの、僕達に協力してくれるというのは、具体的にどういう事なのですか?」

と、明生くんも訝りながら聞く。


「えー皆様はこれから研究所に侵入を試みようとされているご様子ですので、その扉の暗証番号をお伝えさせて頂こうと……」


「マジでぇ~? これで建物に入れるみたいなぁ~? サカキーって、いい猿みたいな感じぃ~?」

と、美夏がいつものように、変な綽名を付けながら、素直に喜んでいる。


「そ、それはありがたいお話ですけど、でも、その前に、入り口の監視カメラをなんとかしないと……」

と、明生くんが言う。


「それは心配ありません。まずは監視カメラの電力供給元の電源を落としましょう。

この研究所の電力の多くは太陽光発電で賄われておりますが、監視カメラに関しましては、研究所の敷地内にある地熱発電所から供給されておりますので、

そこへ行けば一時的に入り口の監視カメラの映像を切ることが可能です」


「榊山さんがその電源を落としてくれたら、僕達が暗証番号で侵入すればいいということですね」


「そのとおりです。が、その前に、重要な問題が一つあります」


「重要な問題??」


「皆様もすでにお気づきのことかと思いますが、精神を動物と交換された後の人間の肉体がある場所に集められているのです」


「も もしかして、榊山さんはその場所を知っているのですか?!」

と、思わず私は大きな声を出した。


「はい。それは恐らく、麻薬探知犬訓練センター敷地内の倉庫に間違いありません!」


「ええ?!」

榊山さんの言葉に、一同が驚きの声を上げた。


「博士は以前より、麻薬探知犬訓練センターから依頼を受けて麻薬の種類を判別する為の薬剤を提供しておりまして、

その際にセンター内部の倉庫へも頻繁に出入りしておりました。私も何度か助手として付き添った事があります。

そして実はここ最近、そのセンターへ向かって明らかに職員とは思えない人達が大勢、

動物のような姿勢でフラフラと倉庫へ入っていくのを私は何度も確認しておりました。あれは明らかに、石の力によって誘導されているとしか思えません」


「灯台下暗しだったわね……。欠片の力で障壁をかけられていたとは言え、あんなに近くにあったのに気が付けなかったなんて……」

と、紗弥加さんが悔しそうに言った。


「地熱発電所はこの研究所の敷地内にありますので、まずはそちらへ向かい電源を落としましょう。

その後センターへ行き、拘束されている人間の体を開放出来ればと思うのですが、ただその際、私一人では少々心許ないと申しますか……」


「あ、じゃあ僕が一緒に行きますよ。僕も以前、由香里ちゃんへ会いにセンターへ行った事がありますし、

バイトでビル管理をしていたから建物の構造もそれなりに分かると思いますので」


「え?! 明生くん?! ダ、ダメだよ!」

私は驚いて明生くんを制止したが、それを聞いて明生くんは、


「由香里ちゃん、大丈夫だよ。だって、これから博士とやり合うのに、人間の肉体が拘束されたままじゃ、人質にされてしまうかも知れないからね」と、私を優しく諭した。


「で、でも……」


「大丈夫。僕たちの行動が、人間のこれからの運命を決定するんだ。僕は皆を助けたい……それに、由香里ちゃんを助けたいんだよ……」


「あ、明生くん……」


「一緒に頑張ろう、由香里ちゃん。離れていても僕らは一緒だよ。だって、気持ちはいつでも同じ所にあるんだからね!」


「う、うん。そう……だよね。分かった! 私も皆を! 明生くんを助けたいから頑張るよ!」

私はそんな明生くんの決意を聞いて、それでも止めたかったのだけれど、それを振り切るように、無理矢理に明るい声で答えた。


「あらあらぁ、うふふ。いつものお約束出ましたわよぉ~。由香里さんと明生さん、お二人の世界になってますわねぇ~。ですけど、今回だけは、わたくしも参加させてもらいますわぁ~! 一緒に頑張りましょうー!」


「うん! あたしもユカリンとアッキーのラブラブ作戦に参加するって感じぃ~?」


「大丈夫よ。何かあれば私がテレパシーで伝えるから。二人の世界を守る為にも、全員で頑張りましょうね」


「もうー! 美夏に美咲さん、何よそのラブラブ作戦って。それに紗弥加さんまでそんなこと言っちゃって……」

私は皆の優しい言葉に涙ぐみながら、同時に笑いも込み上げてきて、泣き笑いになってしまっていた。


「よーし! じゃあ、作戦開始だ!」


「おおーー!!」

明生くんの声に、全員が掛け声を上げた。

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