第30話

 残された六匹の動物達はのどかに自然と戯れている。

だが不意に、その内の一匹、白いポメラニアンの動きが止まった。そして、


「大地に眠る、神聖なる地の精よ……」

呟きつつ、前足で地面に文字を描くようにゆっくりと跡を付け始めた。


 すると、他の四匹の動物から、湯気のような物が浮かび上がり、次の瞬間、一瞬で蒸発すると同時に、それぞれの体がビクンと跳ね上がった。


「――はっ、……?! う、うがっ! ぺっ!! ぺっ!! な、なんで口に草が……?!」

さっきまで地面の草を喰んでいたパグ犬の明生くんが、突然話しながら咳き込んだ。


「あ、えっ……?! あ、明生くん?!」

明生くんに続いて、レトリバーの私も、まるで我に帰ったかのように、意識を取り戻した。


「はっ?! み、美咲お姉ちゃん!? こ、ここはっ……?!」


「み、美夏ちゃん?! 美夏ちゃんー!!」

キリンの美夏と黒猫の美咲さんも、同じように我に帰っていく。


「え、と……な、何が起きて……」

私は思い出そうとするが、まだ頭がぼんやりとしてハッキリしない。


「とりあえず全員、意識は戻ったわね」

一同を見渡しながら、白いポメラニアンの紗弥加さんが呟く。


「さ、紗弥加さん、ぼ、僕達は渦に巻かれた後で……い、一体……?!」明生くんが、紗弥加さんを見ながら声を上げた。


「精神が肉体と一つになる前に私たち全員の意識を別の空間に留めておいて、

その代わりに、山中に残る無数の動物の残留思念を擬似的な意識としてそれぞれの肉体の行動に投影させていたのよ」


「な、なんだか分からないですが、と、とにかく、紗弥加さんが助けてくれたんですね……あ、ありがとうございます」

と、私はお礼を言った。


「あなた達だけはなんとかね。……だけど………」

紗弥加さんが、どこか煮え切らない返事を返す。すると、


「ア、アケミッチ?! どうしたの? 返事してよぉ~~!」

「朱実さん?! し、しっかりして下さいーー!!」と、焦燥を隠し切れない美夏と美咲さんの声が聞こえた。


 二人はドーベルマンである朱実さんに声をかけつつ、その体を激しく揺さぶっているのだが、全く反応がなかった。

 狼と対峙して動きが止まった時と、完全に同じ状態で彼女はそこにいた。

 すると、それを力なく眺めていた紗弥加さんが、

「無駄よ。もうそこに朱実の意識はないんだから」と、告げた。


「さ、紗弥加さん、そ、それは、どういうことですか?!」

私は思わず、大声で紗弥加さんに尋ねた。


「アイツは囮になったのよ……」


「え?? お、囮……??」


「アイツは私が“空の意志”と対を成す”地の意思”と契約を結んでいる”本家の血筋”の人間であることを隠す為に”

その媒介となる人間が、この場に朱実しかいないと、あの狼に錯覚させたのよ。……そのせいで”空の意志”に、精神を持って行かれてしまった……」


「そ、そんな……ど、どうして、そんなことを……」


「貴方達を助ける為よ。欠片の持ち主の”空の意志”に対する適正は、想像を遥かに超えていた。

もしこのまま戦ったら、全滅しかねない。アイツはそう判断して、そしてこうなることを見越して、私の”地の意志”の力を相手に悟られないように、

自らが囮となって温存させたのよ。頼んでもいないことを勝手にしやがって!! あのバカ!!」


「じ、じゃあ、アケミッチは、あたし達のせいで……」

「あ、朱実さんが……そんな、……う、うええぇぇん」

それを聞いた美夏は呆然とし、美咲さんは泣き出してしまった。


「じ、じゃあ、もう朱実さんを助けることは出来ないんですか?!」

と、明生くんが聞いた。


「朱実の精神が持っていかれる程の力の大きさは、朱実の“地の意志”の力と、狼の“空の意志”の力を、同時利用したとしか思えない。

恐らく、すでに朱実の精神は、欠片と一つになってしまっているわ……」


「そ、そんな……じゃあもう、朱実さんの精神は消えて……」

私は、絶望感にさいなまれながら呻いた。


「いや、厳密には、朱実の精神は完全に消えた訳じゃない。欠片に“地の意志”の性質を反映させる為には、

朱実の精神も必要だから、恐らく力によって押し込めて、利用しているだけ。……だから救うには、持ち主から欠片を奪うしかない。

朱実の囮のおかげで、相手は“地の意志”の力の本来の媒介である、私の事には気が付かないでいるから、その隙を突くしかないわ。

ただ……ここからは余りにも危険な戦いになるから……貴方達は、もうここで……」

と、紗弥加さんが言いかけると、


「い、行きましょう紗弥加さん! 朱実さんが作ってくれた勝機を、無駄にしない為に……!」

と、明生くんが思い切ったように言った。


「そ、そうだよね、明生くん! 紗弥加さん私も行きます!」

「あ、あたしも、行くって感じぃー!」

「わたくしもですわぁ~! だってこのままじゃ、朱実さんが余りにも可哀想すぎますぅううう、うぇぇ~~ん」

「全く揃いも揃って、あんな目に遭ったっていうのに、貴女達は……まあ、でも、そんな貴方達だったから、

シャーマンの私が欠片の意思に逆らってまで、手伝う気になったのだけどね」

と、苦笑いしながら、紗弥加さんは言った。


「分かったわ。じゃあ皆、一つだけ覚えておいて。前にも言ったけど、大事なのは意思。欠片は意思に反応するの。その強さと思いにね。それを忘れないで」

紗弥加さんの言葉に、私達は強く頷いた。

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