第29話

「イカれているか。確かにそうかも知れん。だが、それを言うのならば現代の人間の有様はどうだ?

自らの命を支えている、この地球の環境を蝕み続け資源を食い散らかし、

これだけ叫ばれている地球温暖化に際しても全く無頓着な国がまだ無数にある。

さらに、一度作れば半永久的に無くすことの出来ない放射性物質による核開発。

それを人間同士が互いに威嚇、攻撃をする為の道具として利用する。

これらのことは、イカれていないと言えるのか?」


「――そ、それは。……でも、だからと言って、こ、こんなことは」


「誰かがやらなければいけない。もう時間は残されていない。猶予がないのだ」

狼の冷たい声が響く。


「――ねえ。こ、こんなことして、悲しくないのぉ~?

あたしはキリンになっちゃったけどぉ、美咲お姉ちゃんもいるしぃ、

ユカリン、アッキー、サヤカッチ、アケミッチだって、皆動物だけどぉ、でも皆と一緒にいてチョー楽しいよぉー!

だから、もっと皆と仲良くしようよぉー!」


「イレギュラーのキリンか。……話にならん。しかし、確かにお前を既存の動物の姿にしてやれなかった事だけは、

悪かったと思っているよ。お前という不確定要素を作ってしまったのは、私の計算の至らなさだった。

本当に済まない。心から陳謝する」

と、狼は美夏の真剣な言葉をあざ笑うかのような謝罪をした。


そんな美夏をバカにするような発言を聞いて、

「あ、あんた! それでも人間なの?? こ、こんなことが許されると、本気で思っているんじゃないでしょうね!!」

私は恐怖を忘れて怒りに震え、狼を睨みつけながら言った。


 だが狼は、それに動じることもなく、

「どうとでも受け取るがいい。しかし状況は変わらん。

そろそろお前達と話すことにも飽きてきた。これで終わりにするとしよう」

と、一方的に宣告した。


 その言葉と同時に、私達の周りに先程まで狼周辺を揺らしていた陽炎と同じ空気が揺らめき始めた。

 揺らめきは、次第に大きく強くなっていき渦を巻き始めると、私達の周りをグルグルと旋回し始める。


「ゆ、由香里ちゃん!?」

「明生くん!?」

渦に巻き込まれると、私達は精神と言わず肉体と言わず、全てが引きずられるような感覚を覚えた。


「お姉ちゃ~~ん!」

「み、美夏ちゃん~~!!」

渦は段々と狭くなっていき、そして私達の全てを飲み込むと、

同時に全員の意識は闇に吸い込まれるようにして――消えた。


 狼達と野良犬の集団の乱闘から石を操る者との対話まで、

全ての混乱は、此処で静かに終わりを告げたのだった。



 ――渦が収まった後の山には、四匹の犬と、一匹の猫、一頭の小さなキリン。

 そして、ユラユラと姿勢の定まらない一匹の狼が、変わらずそこに立っていた。


 ただ一つ変わっていたのは、狼を除いた六匹の動物達が、のどかに足元の匂いを嗅いでいたり、

辺りをキョロキョロと見回して、草を喰んだりしていたということだ。

 それは、一見すればごく普通の動物の、自然な行動だった。


「うまくいったな。全て、ただの動物と化している。どうやら意識が肉体と完全に同化したようだな」

ただ一匹、狼だけが人間の言葉を吐きつつ小さなキリンを見つめた。


「キリンか……こいつは未だに不確定要素のままだが……

しかし、こうなってしまってはもはや何の影響もあるまい。研究所の連中に後から回収させれば良かろう」


 そう言った次の瞬間、狼の赤く輝いていた目の光は消えて、

まるで全ての精気が失われたかのように力尽き、倒れ、そのまま完全に沈黙した。


 ――狼の肉体から欠片の持ち主の意識が去った後、辺りには静かな時が流れていた。

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