第26話

「――こ、これは。狼同士の仲間割れ?! い、いや……違う……ま、まさか、い、犬……?!」

明生くんが震える声で言った。


「ケッケッケ!! テメェら、思いっきり楽しめやぁー!!

クソ狼どもよ!! こいつらをそこらの犬っコロと一緒にして舐めてると痛い目見るぜ!!

死ぬ気でかかって来いやぁー!! ウッヒャッヒャッヒャッヒャアッ!!」


 今度は獣の鳴き声に代わり、朱実さんの悪魔のような怒声と笑い声が山全体に響き渡った。


 それを見ながら、私の横で紗弥加さんがウンザリした様子で、

「下品だわ……」と、呟いた。


「さ、紗弥加さん。こ、これは…?!」

震える体を抑え付けながら、私は紗弥加さんに尋ねた。


「朱実の子分の野良犬達よ。さっき街中で会ったでしょ。ずっとついて来てたのよ」


「――え、ええーー?! じ、じゃあ、これは……み、味方?!」


 狼の群れと野良犬達の、壮絶なぶつかり合い。

正に仁義なき戦いを目の前で見せられて、私はその光景をただ震えながら眺めること以外に、

出来ることが何も無かった。



 ――強い。朱実さんの子分の野良犬達は隊列を組み、各々が数匹づつのチームとなって狼を各個撃破していく。

その無駄のない動きは、完全に訓練をされているとしか思えなかった。


「ケッ! もう終わりか? 面白くねえ!」

胸くそ悪いとでも言うように、朱実さんは地面に唾を吐き捨てる。

「す、凄い……」

明生くんが呆然としながら呟いた。


「アケミッチの子分、チョーやばくない? マジかっこいいって感じぃ~?」

「良かったですわぁ。これで一安心ですわねぇ~、美夏ちゃん~」

美夏と美咲さんは、朱実さんに変な綽名をつけて喜んでいる。


 先程まで、どうあっても終わりとしか思えなかった絶望的な状況が一転、完全に逆転してしまっていた。

 私は、余りにも劇的な怒涛の展開に付いていけずに、ホッとするよりも茫然自失となって、状況に流されるまま硬直していた。


「ゆ、由香里ちゃん? 大丈夫?」

それに気が付いた明生くんが、心配そうに私に話しかけた。


「う、うん。……大丈夫……」

狼に襲われてから、優に数時間は経過したかのような疲労感を感じていたが、

実のところ、それは過度の恐怖と緊張によるもので、現実の時間は一時間と経っていなかった。


 気が付けば、辺り一帯を取り囲んでいた狼の群れは全滅し、その全てが地面に横たわっている。

 そして、代わりに野良犬達の集団が、狼達の縄張りを完全に占拠していた。


「ケッ! こんなものか。まぁ、とりあえずテメエらよくやったぜ。褒めてやるよ」


「ワオオーーン!! ワオオオオーン!!」

朱実さんの勝利宣言とも取れる賛辞を聞いた野良犬達は、一斉に雄叫びを上げ始めた。


 ホッとした様子の明生くんが、

「あの犬の動きは、やっぱり朱実さんが訓練をしたのですか?」

と、朱実さんに尋ねた。


「ああ、そうだ。 こいつらは元々それぞれが飼い犬だった奴らなんだよ。

野良になって居場所がなくなったような奴らを集めて面倒みてやってたら、いつの間にか数が増えたんだよ」


「え~? アケミッチって結構いい人って感じぃ~?」


「ホントですわねぇ~。わたくしはてっきり朱実さんが野良犬の皆さんに焼きを入れて差し上げて、

服従させていたのだとばかり思っていましたわぁ~」


「ケッケッケ! もちろん聞き分けのねぇバカにはオモクソ焼き入れてやったけどな。

だがそういう奴らも今では皆可愛いもんだぜ? なぁ、テメエら!!」

「ワオオオオーーン!」

そんな朱実さんの声に答えるように、犬達が遠吠えを上げた。


「とんだお山の大将ね。全く」


「あぁ?! なんだコラ、紗弥加! 文句あんのかテメエは!! 誰のおかげで助かったと思ってんだコラァ!!」


「別に助けてくれなんて、一言も言ってないわよ」


「あぁ?! なんだと、このアマがぁ!!」

 

 喧嘩を始めた紗弥加さんと朱実さんを見て明生くんが止めに入る。

「ま、まあまあ、お二人とも。落ち着いて、落ち着いて」


「あぁん?! このパグ野郎が! 何アタシに偉そうに命令してやがんだコラァ!!」


「え?! め、命令じゃないですよ!! ぼ、僕はただ仲良くしてほしいと思ったけで……って、ウガッ!!」


「ふぉめえ、あたひに、くひころされへえのか、はあん?!」

朱実さんは、明生くんの首を甘噛みしながら言った。


「ひ、ひぃ、や、やめてぇ……」


「あはは! アッキー、チョー弱いみたいな感じぃ~?」


「あらあらぁ~、早く謝った方が宜しいですわよぉ、明生さん~」


「はぁ。……全員、バカばかりね」


 戦いが終わって、一同がどこか和やかなムードになりかけていた時、

私は今だ緊張が取れずに、皆の後ろ側に倒れている狼を呆然と見つめていた。

 すると、倒れている狼の周りの空気が一瞬グニャリと揺らいだように見えた。

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