第27話

「……?」

錯覚かと思って、もう一度確認しようとした、その時、倒れて動けないはずの狼の体がユラリと立ち上がった。


「あ……!」

私が慌てて皆に声をかけようとすると、


「皆、離れなさい!」

背後の狼の異変に気付いた紗弥加さんが、大きな声を上げた。


 それを聞いた朱実さんは、明生くんを咥えたまま駈け出しつつ美夏と美咲さんを巻き込んで、

一気に狼から距離を取った。

そして紗弥加さんも、小型犬の体のどこにそんな力があったのか、

私を咥えて引きずりながら、狼から遠ざかる。


「ガルルルル……」

異常な気配を放つ一匹の狼に、朱実さんの子分の野良犬達も、色めき立ちながら唸り始めた。


 立ち上がった狼の目は、不気味な赤い輝きに満たされ、周辺の空気は、まるで陽炎のようにユラユラと揺れている。

 それは、以前倒れた美夏を助ける時に紗弥加さんが力を使った際の現象と、どこか似ているようにも見えた。


「これは”空の意思の欠片”の力ね……」

狼を見ながら、紗弥加さんが呟く。


 狼の存在感に呼応するかのように、朱実さんの子分の野良犬達は、増々興奮し始める。

「ガルル……ガルルルル……」


「なんだ? どうしたテメエら、落ち付け!!」


「ガル……ガルルルル……」

いつもなら、朱実さんの怒声に一瞬で静まり返る犬達が全く反応せずに、それどころか一層激しく狼に向かって唸り始めた。

――そして、


「ギャオオオオオーーン!!」

ついに狼へ向かって、一斉に襲いかかった。


「ま、まて! テメエら!!」

だが、朱実さんが静止の声を上げた瞬間、すでに事態の結果が出てしまっていた。

 狼に向かって一斉に襲いかかった犬達は、その瞬間にまるで電池の切れた玩具の人形にように脱力して、

足元からバタバタと崩れ落ちてしまったのだ。


 ――そして、その光景を眺めながら、突然に狼がその口を開いた。


「くだらん。所詮は畜生だ。本能的な危機に際しては、自らを制することすら出来ない」


「は、話している?! 狼が……?!」

フラフラと怪しく揺れながら話す狼を見て明生くんが狼狽した。


「テメエ。欠片の持ち主だな。……よくもアタシの子分共を……覚悟は出来てるんだろうなコラァ!!」

歯を剥き出しにした朱実さんの表情が、みるみる険しくなっていく。

「こ、この声、あの時のオヤジって感じぃ……?」

狼の声を聞いた美夏も、顔に明らかな焦燥を浮かべながら呻いた。


「ふふ。やっと見つけたぞ、イレギュラーのキリン」

言いながら、狼が美夏の方へ向いた瞬間、


「テメエ! シカトぶっこいてんじゃねーぞコラァ!!」

恫喝の声を上げながら、朱実さんが狼に向かって跳びかかった。


 だが狼は、まるでその動きを最初から分かっていたかのように、ユラリと数歩動いただけでかわすと、

「面白い。お前はエネルギーの影響を受けていないな。どういうことかな?」と、言った。


「テメェの知ったことじゃねえ! どうでもいいが、こいつらを可愛がってくれた礼だけはさせてもらうぞコラァ!!」

朱実さんは、尚も狼に対して激しく襲いかかる。

しかし、その度に狼はユラユラ揺れながら、朱実さんの攻撃を物ともせずにあっさりかわし続けた。


「――無駄なことだ」

狼は朱実さんの鋭い攻撃に息を切らすことすらなく、柳のようにフラフラ揺れながらかわす。

 対する朱実さんには、次第に疲労の色が見え始めてきて――

そして――ついに、その攻撃が止んだ。


「ハァ、ハァ、ハァ……」

朱実さんは肩で息をしながら、狼を睨みつける。


「ふむ。威勢が良かった割には、随分とあっさり終わったな」

そう言いつつ狼が前へ進もうとすると、突然ガクンとヒザから下が崩れ落ちた。


「ん……?」


「――ハァ、ハァ、ハァ……食わせてもらったぞ」

と、朱実さんが息を切らしながら言う。


 それを聞いた狼は、ヒザをガクガクと震わせながら、

「食った……だと? どういうことだ? コントロールが失われているのか……?」

と、呻いた。すると、


「あ!!」

と、突然明生くんが声を上げた。


「ど、どうしたの、明生くん?」

と、私が聞くと、


「お、狼の周りの陽炎が……き、消えている……?!」

明生くんに言われて狼を見ると、確かに先程まで狼を取り巻いていた空気の揺らぎが完全に消えていた。


「朱実のヤツ……」と、紗弥加さんが呟く。


「テメエは”空の意思の欠片”の力で狼を操っているようだが、

テメエ自身がさっき言っていたように、生憎アタシはその力に免疫があってな。

攻撃ついでに、テメエの周りを取り巻いていた欠片の力を食ってやったんだよ」


 すると朱実さんの声を聞いて、狼が動揺したかのように呻いた。

「な、なんだと? なんということだ。……こ、これは……」


「これで終いだ。欠片のある場所も力を逆流させて探知した。所詮は術式も知らない使われているだけのテメエでは、

しばらくは、欠片の力を引き出すことも出来ねえはずだ」

朱実さんはそう言うと、素早い動きで狼に接近して喉元に噛み付いた。

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