第25話

――一私達6人は、明生くんの持つアイフォーンの画面を頼りにしながら山道を進む。


「夜の山って、なんだか怖いね……」

登山経験がない私は、足元に気を付けながらおっかなびっくりと歩く。

「なんだか最初より、だんだん寒くなってきた。……紗弥加さんの言う通りにタオルを持ってきて良かったね……」

ログハウスから持ってきたタオルを被りながら、明生くんが言った。


「山は100メートル高度が上がると、気温が0.6度下がるのよ。雨風が吹けば体感温度はもっと低くなるから、

温度差に気を付けないといけないの。そもそも本来は、夜に山を登ること自体するべきではないんだけどね」


「紗弥加さんがいてくれて、本当に良かったですわぁ~」

「サヤカッチって、実は結構役に立つって感じぃ~?」

「キリンさんに言われたくないわよ」

「ケッ! アタシはそんなダッセータオルなんか被りたかねえがな!」

強がりなのか本当に平気なのか、朱実さんはそのままの格好で平然と歩いている。


 私達がそうやってしばらく歩いていると、小さな灯りに照らされた休憩所の広場が見えてきた。


「あそこで少し休みましょう。中腹を過ぎたら岩肌が出てきて歩きづらい道になっていくし」

紗弥加さんの言葉に一同が頷いて、休憩所へ向かおうとした、その時だった。


 ――ガサ。


「い、今何か音が……?」

私は注意深く物音に耳を澄ませた。手前の茂みから何か聞こえた気がする。すると、


 ――ガル……ガルル。

 ――ガルル……ガルルルル……。

 

 今度は前方の茂みだけでなく、いくつもの場所から音と同時に唸り声が聞こえてくる。


「ま、まさか、この声って……」

明生くんが、震える声で言うと、


「――狼ね」と、紗弥加さんが答えた。


「ま、まじで? やばくない??」

「ど、どうしましょう~!?」

狼と聞いて、美夏と美咲さんにも焦りの色が見え始める。


「――オイ……テメエら。……アタシのそばに寄れ。孤立するんじゃねーぞ」

朱実さんの言葉で、皆が一箇所に集まろうとした瞬間、


 ――ガル! ガルルル!!


「ゆ、由香里ちゃん! 危ない!!」

後ろから明生くんの声が聞こえたかと思うと、同時に茂みの中から複数の狼が踊り出て、

その内の一匹が、私目掛けて物凄い勢いで迫って来た。


「――っい?! い、いやああー!!」


 ――グシャッ……!!

 私が目を瞑ってうずくまるのと、肉を引き裂くような音が同時に響いた。


「――あ、ああああ……?! あ? ……あれ? い、痛く……ない……?」


「――チッ、手間掛けさすんじゃねえよ」


「え!?」

前方から声が聞こえて、ゆっくりと目を開くとそこに黒い大きな背中があった。


「――あ、朱実さん?!」

急いで側に寄ると、朱実さんの口からダラダラと赤黒い液体が流れ落ちている。


「い、いやぁー!! あ、朱実さんが! 朱実さんが怪我してる……?!」

「あぁん?! 何言ってんだテメエ! 誰が怪我してるって??」

「だ、だって……! そんなに、ち、血が……!」

私が狼狽してヨロヨロと歩くと、足元に何かがぶつかって転びそうになった。


「――あっ……い、いやあああーー!!」

慌てて足元を見た私は戦慄した。

 つまづいた先にあった物は、血を流しながら倒れている狼だったのだ。


「いちいち、うるせーなテメエは! だから怪我じゃないって言ってるだろうが!

これはソイツの血だ、バカ!」


「あ、ああ……じ、じゃあ……朱実さんが、お、狼を……?!」


「あぁん?! 当たり前だろーが! っていうか、安心するのはまだ早えーぞコラ!」

朱実さんに言われて周りを見ると、数匹、いや……数十匹もの狼が、私達の周りを取り囲んでいた。


「――こ、こんな数を相手に、ど、どうしたら……?!」

と、明生くんが焦燥に駆られながら呻いた。


「も、もう……ダメ……」

いくら朱実さんが強くても、これだけの数を相手に出来るとは思えない。

 もし仮に、朱実さん自身は大丈夫だったとしても私達のことまで守る余裕がある訳ない……。

 この絶望的な状況に私が諦めかけた時、


「朱実。もう、いいんじゃないの?」

と、紗弥加さんが言った。


 負けず嫌いな紗弥加さんまでもが、こんな弱気な発言を……。

本当にもう、終わりなんだ……。と、私は完全に絶望した。だが、


「なんだ。やっぱり気付いてやがったか、紗弥加」


「当たり前でしょ、さっさとしなさいよ。本当に洒落にならなくなるわよ」


「チッ! もうちょい楽しみたかったんだがな。しゃあねえ」


 会話の内容が、完全に意味不明になっている……。

まさかこの最悪な状況下で、正気を無くしてしまったのだろうか。


「オラ! 出てこいテメエら! 遊びの時間だコラァ!!」

朱実さんが突然、狼達の向こう側の何もない茂みへ向かって大声を上げると、


 ――ガルルル……ガルルルルル……。


 狼達のいた茂みのさらに奥から、複数の獣の唸り声が聞こえてきた。

ま、まさか。また狼が増えるというの?! 私がありえない事態に戦慄したその瞬間、


 「ギャオオオオオオオンー!!」


 不意に、私達の後方にいた狼が叫び声を上げて倒れた。

 それを皮切りにして、茂みの奥から現れた者達に狼達が次々と襲われ始める。


「ギャン! ギャン!!」

「ガルルルルル!!」

「ギャオオオオン!!」

「ギャン! ギャン! ギャン! ギャン!」


「あ、あわわわ……」

獣同士の猛り狂う鳴き声が、辺り一帯にデタラメに響いて夜の山にこだまする。


 私は突然の惨状に身動き一つ出来ずに、何故か昔一度だけ読んだことのあるオカルト本のタイトル

“妖怪百物語”という言葉だけが頭に浮かんでいた。

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