第24話

[紀元自然科学研究所]

 森林の大気や土壌の汚染調査及び、河川等の水質検査を始めとした国立研究施設。

 国立天文台、国立生物学研究所、国立原子力研究所の共同研究機関でもある。

 所長 ―紀元一徳(キモト・カズノリ)博士―


「紀元博士。……一時期、テレビ番組等で頻繁に見かけていたけれど、

環境問題に関しての過激な発言が問題になって以降、メディアから姿を消した人物ね」

と、紗弥加さんが解説した。


「要するに、自然環境が破壊されてるとか難癖つけて、関係ありそうな人物やら企業やらを非難しまくった結果、

メディアから干されて逆恨みしていやがるってことだな」


「逆恨みか知らないけど、そんな所ね」


「――あっ! このオヤジだぁ! チョー目付き悪いしぃ~!」

アイフォーンを覗き込みながら、美夏が気味悪そうな顔をして言った。

 すると一緒に覗き込んでいた美咲さんも、

「では、これが美夏ちゃんを解剖しようとしたオヤジさんですのね? 許せませんわぁ~」

と、顔をしかめて怒った。


「――この人から空の意志の欠片を奪うことが出来たら、僕らは元に戻れるかも知れないということですよね?」

床に置いたアイフォーンを、足で器用に操作しながら明生くんが尋ねた。

「そうね。でも、そう簡単には行かないわ。今はまだ気が付かれてはいないけど、私達が近づけば近づく程、

相手もこちらを感知しやすくなる。そうなれば、必ずどこかで妨害をしてくるから」


「まぁ、こいつが何か攻撃して来やがった時はアタシに任せな。思いっきり焼き入れてやるぜ」

と、明生くんと紗弥香さんの会話を聞きながら、朱美さんがギリギリと歯ぎしりを立てながら言った。


「あっ、そうだぁ! あたしテレビ見たいみたいなぁ~~」

突然、深刻な会話の腰を完全に折るようにして、美夏がテレビのリモコンのスイッチを入れた。


「美夏……こんな時に……」

私は半ば呆れながらテレビ画面を眺めると、番組では某有名遊園地で行われているパレードの生放送が流れていた。


「わー! チョー綺麗って感じぃー!!」

そこには、赤や緑、ピンク等の、色とりどりの電飾に飾られた、

アニメキャラクターの着ぐるみ達が大勢乗っているカートの様子が映し出されている。


「……本当に綺麗……」

そして私もいつの間にか、美夏と一緒にその光景に見とれてしまっていた。

そうやって私達が、しばらくパレードの美しさに目を奪われていると、乗り物に乗っている一体の着ぐるみの動きに目が止まった。


「……ん? あの着ぐるみ、今何か動きが……?」


 気のせいかと思い、もう一度よく見てみるとやはり妙だった。

 さっきまで、パレードを見る観客に手を振って愛想を振りまいていた着ぐるみが、

 突然中腰になったかと思うと、キョロキョロと辺りを見回している。

 そして次の瞬間、突然着ぐるみはパレードの乗り物から勢い良く飛び降りてしまったのだ。


「――え?!」


 そして、地面に着地した着ぐるみは頭を脱ぎ捨てると四つん這いになり、そのままあらぬ方向へと駈け出して行く。

 さらに一人が駆け出すと、今度は他の着ぐるみ達までもが次々と被っていた頭を放り出しながら、

四方八方へ散り散りに去って行ってしまった。


「な、なんなの、これ……」


「欠片の力よ。意識を動物と交換されたんだわ」

と、驚いた私に紗弥加さんが説明した。


 そして異様なことがもう一つある。それは、これだけの事が起きているにも関わらず、

それを間近で見ているはずの観客が一切反応しないことだった。

 まるで何事も無かったかのように、相変わらずパレードを見物している。


「精神を操作をされているわね……」

 

 唖然としていた明生くんも、紗弥香さんの言葉を聞いて、

「――こ、これが欠片の力なんですか?!」

と、我に帰ったように尋ねた。


「ケッ! 欠片の持つ森羅万象の力で、この光景を見ている人間の意識に働きかけて、

目の前の認識を消されてやがんだよ!」

朱実さんが、忌々しそうに言った。


「――そ、そんなことが。……で、でも、それなら、どうして私達には認識が出来るのかしら??」


「それは、テメエらがアタシや紗弥加と一緒に行動しているからだ。

アタシらは血脈に宿る精霊の加護で、欠片の力に抵抗を持ってるんだよ。

例えるなら、電波に対して常にジャミングを張っているようなものだからな」


「でも、まずいわね。ここまで大っぴらに意識を転送出来るようになっているということは、

欠片の力が相当に強くなっているということだわ」


「どうやら、動物と意識を交換された人間の体はどこかへ誘導されているようだ。

特定の場所に集めているのかもしれねえな」


 私は今の朱実さんの言葉で、ふと気が付いた。

「あ……! そう言えば、私達の身体ってどこに……」


「貴女達の身体も同じように、どこかへ集められているんでしょうね。

精神と繋がっている肉体の僅かな波動を辿って、元の体が傷ついていないことなら感じ取れるわ……」


「じゃあ……それじゃあ。体は一体どこに集められて……」


「それは、私や朱実のジャミングと同じく欠片の力の影響で凡庸としてしまって、

はっきりとは掴めないの……」


「――で、でも、このままだと、人類が全員動物に……」

明生くんが震える声で言うと、


「よ、よく分かんないけどぉ、チョーやばくない?」

「そうですわねぇ~。もうじっとしている時間がなさそうですわね」

姉妹もいつになく深刻そうな顔で続いた。


「正直、夜の山へ入るのは避けたかったけど……でも、急ぐしかないようね」


「チッ! 欠片の持ち主も、なり振り構わなくなってきたな。

このままじゃ、アタシが欠片の力を手にする前に人間が全員いなくなっちまうぜ……」


 ――私達は、休む間もなくログハウスを後にして、山奥の研究所へ向かって出発することにした。

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