第20話

 ――皆と離れた僕は、通行人の足の隙間を縫うようにして走る。


「本屋に入ったら、捕まる前に地図を咥えて外に出ないと。……でも、僕は人間の時だったら、

こんなこと絶対にしないんだからな。……今は非常事態だから、仕方なくするだけなんだ……」

と、なんとなく自分に言い訳をしながら、周りに注意を払いつつ走っていくと、前方に本屋の看板らしき物が見えた。


「あ、あれだ!」

店に近づくにつれて、段々と緊張が高まって来る。

 店内の様子を探る為、僕は自動ドアの入り口の看板の端に隠れて、ガラス越しに店内を覗いてみた。


「どうやら、お客はあまりいないみたいだ。行けるかも……」

本の支払いを終えた客が、自動ドアの出口の方へ歩いてくる。

 僕は客がドアを出る瞬間を見計らって、一気に店内へ忍び込むつもりで身構えた。そして、


「い、今だ!!」

開いたドアの隙間へ向かって、僕が思い切り飛び込もうとした瞬間だった。


「おー! 発見!!」

突然後ろから変な声が聴こえると同時に、僕の体から不意に重力が失われ、上空へ浮かび上がるような感覚に襲われた。


「な、なな?!」

そして、ヒョイと体の向きを変えられると、目の前に茶色い短髪の、若い男の顔が現れた。


「え、ええ?!」

「おー、パグじゃん! パグパグ!! パグモンゲットだぜ!!」

「ぱ、パグ……モン?」

突然現れた若い男は、上機嫌な様子で、僕の顔をジロジロと舐め回すように見ると、


「よっしゃー!! 店へ行くぜ!!」

大声を上げて、大股で歩き出した。

「え?! ち、ちょっと待って!! 離してくれ!! ぼ、僕は本屋に! 本屋にぃーー!!」

男は僕を抱えながら本屋を通り過ぎ、その先の交差点を渡ると、今度は向かい側の道を逆方向へと進んで行った。


「――ち、ちょっと!! 明生くんが連れて行かれちゃったよ?!」

明生くんの様子を、離れた店の影から見ていた私達は、一瞬の出来事に驚いて身動きが取れなくなっていた。


「アッキー、誘拐されちゃったって感じぃ?」

「美夏ちゃん。きっとアッキーさんには新しい飼い主さんが出来たのですわぁ~」

「そうそう、これで安心ね……って、なんでやねんっ! そんな訳あるかっ!」

私も動揺しつつ、変なノリツッコミをしてしまう。


「……貴女達――バカ言ってないで、とにかく後を追うわよ!!」

「あっ! そ、そうですね!!」

紗弥加さんの言葉で我に返った私達は、明生くんの後を急いで追いかけ始めた。


 ――僕が男に抱きかかえられながら辿り着いた先には、一軒の店が建っていた。


「ち、中華飯店、美麗……?」


「よっしゃ!」

男は変な掛け声と共に、店の扉をガラガラと無造作に開いて入店した。


「美麗ー、今そこでさー、パグモンゲットしたんだよ! ほらほら!!」

言いながら無茶苦茶なペースで激しく高い高いを繰り返されて、僕は目が回ってしまった。


「はぁ? パグモンって何……っていうか、ちょっと悠二! あんた、何店に動物連れ込んでんのよ!!」

スリットの入ったチャイナ風のワンピースを着て、黒髪を後ろで結いている若い女の人が男へ向かって怒鳴り声を上げた。


「なあなあ!! 可愛くね?! マジ可愛くね?! 飼おうぜ美麗!!」

「バカッ! 何考えてんのよ! とっとと見つけた所へ戻してきなさいよ!!」

「つうか、写メ撮るぜ!!」

男は女の人の言葉を右から左へ受け流すと、スボンのポケットから“アイフォーン”を取り出して、僕の顔へと向けた。


「あ、あんた……ふざけんじゃないわよ!!」

それを見た女の人は、持っていた”おたま”を思い切り振り上げると、

そのまま同じ勢いで男の頭めがけて一気に振り下ろした。


 ――パコッ!!


「あ、痛ッ!! な、何すんだよ美麗!! そんなもんで叩く奴があるかよ!!」

その衝撃で僕の目の前にあった“アイフォーン”が、男の手からすべり落ちた。


 ――これだ!! 僕は咄嗟に閃いて、女の人の攻撃で緩んだ男の腕から飛び降りると、

落ちた“アイフォーン”を咥え、扉が開いたままの店内から一気に外へと飛び出した。


「ああっ?! お、俺の“アイフォーン“!! ま、待てーー!!」

男は追いかけようとしたが、時すでに遅し。僕との距離は圧倒的に離れてしまい、追いつくことは不可能だった。


「……う、うう。分割で買ったのに……」

「ふん! 犬なんか店に連れ込むからバチが当たったのよ!!」

店の前でうなだれる男と、ふんぞり返って怒っている女の人を尻目に、僕は全速力で元来た道を戻り始めた――。


「――明生くん……無事でいて……!」

私達は、明生くんが連れて行かれた道筋を辿りながら、急いで後を追っていた。

 目立たないように、時折、路地裏や横道をくねりながら進む。


「邪悪な気配は無かったから、パグ犬さんが傷つけられるような事態にはならないと思うわ……多分」

と、走りながら紗弥加さんが言う。


「だ、だったら安心なんですけど……」

「あ~そうだ。サヤカッチのテレパシーでアッキーと話してみたらよくない?」

紗弥加さんに変なあだ名を付けながら、美夏が提案した。


「そ、そうだね! な、ナイスアイデアだよ美夏! 紗弥加さん、出来ますか??」

「出来なくはないけど……でも、止めた方がいいわね」

「え!? ど、どうして……?」

「以前キリンさんの精神エネルギーを安定させた時、欠片の持ち主がこちらを認識しているのよ。

友好的な相手じゃ無いから、私達の居場所に気付かれた場合、欠片の力でどんな事をしてくるか分からないわ。

テレパシーは結構大きな力が必要だし、ここで使ったら間違いなく探知されてしまう」

「そ、そんな……」

「でもぉ、まだそんなに遠くへ行ってないはずですし~、皆で探したら、きっと見つかりますわぁ~」

「で、ですよね、美咲さん! きっと見つかるよね……!!」

そうこうしながら私達は、明生くんが向かっていた交差点に辿り着いた。


「ここを渡って、通りすぎた後みたいね……微かに気配が残っているわ」

と、紗弥加さんが呟く。


「じ、じゃあ、明生くんが連れていかれた方向は、これで間違いないんですね!!」

「ええ。……確かに連れて行かれた方向は間違いないんだけど、でも、これはそういうことではなく、

向こうからこっちへ戻って来ている感じなのよ」

「え……?! ど、どういうことですか?? それってもしかして、明生くんもこちらへ向かって走っていたってことですか?!」

「そうね……こちらは路地裏を通って来たから、その時にすれ違っていたのかも知れないわ」

「う、嘘……?!」

「――すぐに、引き返すわよ」

「も、もうー!! どうしてこうなっちゃうのよー!!」

私は半泣きになりながら、元来た道を急いで引き返し始めた。

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