第16話

「私達シャーマンは、自然の意思を読み取り、それを人々に伝えながら、森羅万象の願いを速やかに広めることで、

人と自然との調和を図るのが本来の役割。意志の欠片が望んでいることなら、どんな状況であったとしても、

こちら側の都合でこれを変えたり、自然の流れに逆らうことは本旨ではないのよ」


「で、でも……貴女は美夏ちゃんを助けてくれたじゃないですか! 美夏ちゃんがああなったのは、欠片の意思ではないのですか?

貴女はそれに逆らって美夏ちゃんを救ったのではないのですか??」

と、明生くんが食い下がった。


「さっきも言ったけど、これは欠片を持っている人間の不透明な意識が影響した結果なの。

純粋な欠片の願いではなく、言ってみればイレギュラー。私はそれを、血縁で意識の繋がりが強い黒ネコのお姉さんを媒介にして、

不必要なエネルギーを浄化することで安定させたに過ぎない」


「で、でも……」

明生くんは何かを言おうとして、しかし二の句が継げない。


「あ、あの。……その欠片の意思は、本当にそれを願っているのかな?

そ、それが本当に人間の浄化なら、どうして初めから人間の意識を全部消してしまわないの?

何故わざわざ動物にしてまで、色々なことを考えさせる余地を与えたの??」


「ゆ、由香里ちゃん……」


「私……犬になって分かったことがあるんです。人間の時はいつも自分は一人だと思っていたし、誰といても違和感や疎外感を感じてた。

だから誰とも……この世界の何者とも繋がりなんかないって思ってたんです。

でも明生くんと出会って、麻薬探知犬訓練センターから助けてもらって、美夏や美咲さんとも出会って、一人ぼっちだった私にも仲間がいるんだって思えた。

皆がいたからここまで来れたんだって。……それは、貴女とだってそうです。イレギュラーで純粋な欠片の意思じゃなくても、

貴女が美夏を助けようとしてくれたから、美夏は助かったんだと思います」


「――それで?」

白犬が静かに聞いてくる。


「だ、だから……私は皆を助けたいんです。皆を元の姿に戻したい。……そのままを受け入れるなんて出来ません。

皆仲間だから、私の友達だから! で、でも……私達だけでは、きっとこの現象に対応することはとても出来ない。

――だから……だ、だから……貴女の力を貸して欲しいんです!!」

私は途中からほとんど叫ぶようにして、ひたすら彼女に伝えたい事を言葉にしようとしていた。すると、


「由香里ちゃん、分かった。もう大丈夫だよ」

明生くんが、これ以上言葉が続かない私をなだめながら、


「――白犬さん。由香里ちゃんの言葉を聞いて、僕は決めました。

例え欠片の意思に逆らうことになっても、例え貴女が手伝ってくれなくても、

僕達は絶対に諦めることはしません。きっと僕らと同じような境遇の人はまだ沢山いるはずです。

だから、その人達を探し出して協力して、必ず元に戻る方法を見つけます」

と、はっきり宣言した。


「わ、わたくしも、今後のことは由香里さんんと同じ気持ちですぅ~」

と、それに美咲さんも続いた。


「あのさぁ、その欠片っていうのぉ~? あたしは難しいこと分かんないけどぉ、絶対にそんなのに負けたくないしぃ~。

偉そうなこと言ってるけどぉ、あんたって要するに諦めちゃってるんでしょ~?

そしたら、もう普通の犬じゃなくって、負け犬だよねぇ。白犬じゃなくて白旗って感じぃ? それって、超カッコ悪いみたいなぁ~」

と、最後に美夏が挑発的な言葉で締めくくった。それを聞いて、

「……み、美夏ちゃん、命の恩人にそこまで言うのは、ちょっと……」

と、明生くんが、美夏を止めようとした次の瞬間、


「あぁ?! テメェ今、なんて言いやがったコラァ?! 負け犬って言いやがったのかぁ! キリン風情がこの私に向かって!!」

と、白犬が突然激昂した。その激しすぎる口調の変貌に驚いて、全員が白犬の方を向いた。


「どの口がナメた事をほざきやがったのか、もう一度言ってもらおうじゃねぇか!! このアマがぁ!!」


「し、白犬さん、き、キャラが……」

明生くんが白犬をなだめようとすると、


「はぁ~? マジちょ~面倒くさいって感じぃ~。じゃあ、今度はちゃんと聞いてよねぇ! 負け犬! 負け犬! 負け犬!

負け犬、負け犬、負け犬、負け犬、負け犬、負け犬~~!!」


「こ、こら美夏! やめなさい!!」

今度は私が止めに入った。


「あらあら、美夏ちゃんたら、すっかり元気になりましたわねぇ~うふふ~」

美咲さんは、ニコニコしながら全く止めようとしない。


「美夏! なんであんたはいっつもそうなのよ!」

「ちょっと、ユカリン怖いしぃ~、お母さんみたいだしぃ!」

「あらあら、美夏ちゃんたらぁ、うふふふ」

「ち、ちょっと! 皆やめなよ! ここは他人様の小屋なんだから!」

明生くんが、あたふたしながら皆を止めようとしたが、もはや全員の収集は付かなくなってしまった、その時だった。


「ぶっ! あははっ、あはははっ!!」

目の前で突然笑い声が響いた。その声に驚いて、全員の目が再び白犬の方を向く。

「く、くくっ! あはは、あはははっ!!」

 見ると、白犬が肩を震わせながら笑っている。

「な、何なのよ……貴方達は! 本当に変な奴らね! あははははっ!!」

「ちょっとぉ~あたし変な奴らじゃないしぃ~」と、美夏が反論した。

「あははははっ!!」

しかし、それを見た白犬は余計に爆笑し、そして、ひとしきり笑い転げると、最後にはゼーゼーと苦しそうに呼吸をし始めた。


「あ、あの、白犬さん……だ、大丈夫ですか?」

突然キレたかと思えば、今度は急に笑い出した白犬の挙動不審ぶりに怯えながら、明生くんが、恐る恐る声をかけた。

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