第14話

「あ、あなたは?!」

「久しぶりね。確か半年くらい前だったかしら? 土手で会ったのは」

あの時と同じように、私の目を見ながら白犬は言った。


「あ……わ、私のこと、覚えて……?」

「ええ。だけど、今は感傷に浸っている場合じゃないみたいね」

白犬は横たわっている美夏の前まで歩くとその額に、自らの前足をかざし、

「やっぱり……既存の動物の姿じゃないから、状態が安定していないわ」

と、言った。


「そ、それは――彼女が現実には存在しない……小さなキリンの姿だからという意味ですか?」

と、明生くんが聞いた。


「そうね。”空の意志の欠片”を使っている人間の、不透明な意識のノイズが影響した結果だわ」


「そ、空の意志の欠片?? そ、それは一体……?」


「とりあえず、その話は後で。今は、この娘の状態を安定させる事の方が先よ。

そこの黒ネコさんは血縁のようだから、貴女を媒介として不安定なエネルギーを定着させるわ。ちょっとこっちへ来て」

白犬がそう言って手招きしたが、美咲さんは動けない。


「み、美咲さん……」

妹が目の前で瀕死の状態なのだから、無理もない。すると、それを見た白犬が、

「貴女、しっかりしなさいよ! 妹の命を助けたくはないの?!」

と、強い叱責の声を上げた。


 その瞬間、我に返ったように美咲さんの体がビクッと震えて、飛ぶように白犬の元へ駆け寄った。

「み、美夏ちゃんは……美夏ちゃんは、助かるんですかぁ……!!」

 美咲さんが涙をボロボロとこぼしながら尋ねた。それに白犬は頷きながら、


「大切なのは意思なのよ。強い意思が欠片のエネルギーを動かすの。じゃあ、こちらに足を出して」

と、言って、美咲さんの差し出した前足に自らの右足を重ねた。


 すると白犬を中心にして、美咲さんの左足と美夏の額にかざされた白犬の左足が糸電話のように繋がり、

一瞬、周りの空気が揺らいだように見えた。


「うう……」

同時に美咲さんが、苦しそうな表情を浮かべ始める。


「始原より地の意思と共に眠る、数多の精霊達よ」

白犬がつぶやくと、地面から吹き上がるようにして風が流れ、美夏の周辺の空気が陽炎のように震え始める。

 陽炎の揺らぎは次第に大きくなっていき、最後に水蒸気のように大気が蒸発すると、

美夏の体がまるでバネ仕掛けのように跳ね上がった。


「これで、とりあえずは大丈夫よ」

そう言うと、白犬は二人から足を離した。

「ハァ、ハァ……」

美咲さんは苦しそうに息をしている。


「パグ犬さん、そこの水道で、このハンカチに水を染み込ませてくれる?」

彼女はどこに持っていたのか、綺麗な花柄のハンカチを出して明生くんに渡した。

 明生くんが、口を使って器用に水道の蛇口をひねり、ハンカチに水を浸して渡す。

「ありがとう」

白犬はハンカチを受け取ると、美夏の口の上にかざした。

 すると、そこから流れ落ちる雫が美夏の口元を濡らしていく。


「う、ううん……」

そして、ポタポタと落ちる水滴が口の中へ吸い込まれると同時に、美夏が呻き始めた。

「う、うう……」

次第にその目がゆっくりと開き始める。

「み、美夏ちゃんー!」

それを見た美咲さんが、叫びながら美夏を思い切り抱きしめた。

「――い、イタタタ、お、おねえちゃん、まじ痛いって感じぃ……」

美咲さんの腕の中で、美夏が苦しそうに藻掻き始めた。


「よ、良かった!」

目を覚ました美夏を見て、私と明生くんは顔を見合わせて喜んた。


「これで、もう少し安静にしていたら回復するわ。

黒ネコのお姉さんも、今ので少し疲労しているから、しばらく私の小屋で休んでいきなさい」

 白犬はそう言うと、私達を裏口の扉へ招く仕草をした――。


「ここが、私の小屋よ」

「こ、小屋って……これが……?」

扉の奥へ入ると、噴水や花畑が並んでいる大きな庭の先に五十坪はありそうな大きな家が建っていた。


 表の豪邸と同一のデザインで、お城のような外観をしている。

「僕の実家よりも大きい……」と、明生くんがぼやいた。

そして、一同が小屋のドアの前まで来ると、自動で扉が開いた。

「まじチョー凄くない?」

元気になった美夏が目を輝かせている。


「自動ドアが付いているなんて、近頃のお家はハイテクですわ~」


 近頃のお家という問題じゃない気はするけど……。

 美咲さんも落ち着いて、いつものペースに戻っているようだ。


 小屋の中へ入ると、高い天井から豪華なシャンデリアが吊るされ、広い室内を煌々と照らしていた。

 大理石の床には、真っ赤な絨毯が敷かれていて、部屋の中央にピンクのカーテンと屋根付きの犬用ベッドが置いてある。

 そのベッドの周辺には、小さなメリーゴーランドや、様々な遊び道具も散乱していて、まるで遊園地のようだ。


「その辺で、適当に休んでいいわよ」

そう言って、彼女が指した先には、フカフカの柔らかそうな犬用ソファーがいくつも置いてあった。


「わーい! チョー気持ちいいって感じ?」

美夏がさっそくソファーに飛び乗った。


 私達もそれぞれがソファーに座る。

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