第13話

「犬の散歩コースが敦くんと重なることを考えると、彼女の家は、ここからそう遠くない場所にあるはずだよね」

――明生くんの予想通り、私達は尾行を始めて二十分程で斉藤さんの家まで辿り着いた。すると、


「なんだか、凄い家だね……」

と、明生くんが呟いた。でも、その言葉を聞くまでもなく、それを見た瞬間に私達は、その家の大きさと豪華さに圧倒されていた。

 お城のような西洋風の外観に大きな鉄格子の門。一般の民家が立ち並ぶ住宅街の只中にあって、それは不自然なくらいの豪邸だった。


「ここに、あの白い犬が住んでいるのね……」

斉藤さんもあの犬も、どこかお嬢様のような雰囲気を持っていた事が、何だかとても納得出来る気がした。


「今日はもう遅いし、斎藤さんも犬の散歩には行かないだろうね」

と、明生くんが言った。


「うん。前に散歩で会った時は、部活がお休みの日だったみたいだし」

すると、美夏が突然、

「あ~、喉が乾いたしぃ~。ねえ、ユカリン~水が飲みたいよぉ~」

と、ぐずり始めた。


「水って言われても……」

こんな住宅街の真ん中に、水飲み場なんてある訳がない。


「ええとぉ、キリンさんは暑い所の動物さんですからぁ、

その美夏ちゃんが喉が乾いたなんていうのは、よっぽどの事なんですわぁ。命に関わるかもですぅ~」

口調は変わらないまま、美咲さんが深刻なことを言った。


すると、それを聞いて明生くんが、

「一旦学校まで戻ろうか?」と、提案した。

「う、うん。じゃあ学校に……」

と、私が言いかけたところで、


 "待ちなさい"


「……え?」

不意に誰かの声が聞こえた気がした。しかし、周りを見渡しても誰もいない。

「い、今、誰か私に話しかけた?」

皆は一斉に首を振る。


「僕はてっきり、由香里ちゃんかと……」

「あたしもぉ~」

「わたくしもですわぁ~」


「い、いや、……私じゃないわよ……」

皆も私と同様に、声が聞こえたようだ。


「もしかして、オバケって感じぃ~?」

「や、やめてよ美夏……私こういうのダメだから……」


 "家の裏口まで来なさい。水まき用の水道があるから"


「ひ、ヒイッ! イヤァァァァーー!!」

私は大声で悲鳴を上げた。

「い、今のは…!? ゆ、由香里ちゃんじゃなかったよね?!」

明生くんも混乱している。

「まじでオバケだしぃ~~! ていうか、チョー、リアルみたいなぁ??」

「オバケさんとお話するなんて、わたくし初めてですわぁ~~」

しかし姿無き声を聞いても、姉妹は呑気に感動している。


 "オバケって……失礼ね。貴方達の心に話しかけているだけよ"


「こ、心?! て、テレパシー?!」

明生くんが戦慄しながら、なんとか返事を返した。


 "そうよ。早く家の裏口まで来なさい。そこに水道があるから。

 そのキリンさん、一見元気そうだけど、随分体力を消耗しているわよ"


「い、行こうか……?」

明生くんが、恐る恐る私に聞いてきた。

「い、行こうかって言ったって……」

と、明生くんの言葉に私が躊躇した瞬間だった。


「み、美夏ちゃん?!」

突然の美咲さんらしくない焦ったような声に、私達が驚いて振り向くと、

そこに美夏がバッタリと倒れていた。


「み、美夏?!」


 "言ったでしょ。急いだほうがいいと思うわよ"


と、オバケの声が告げる。


「ゆ、由香里ちゃん! そっち咥えて! 美夏ちゃんを運ぶんだ!」

「う、うん! 分かった!!」

私達はオバケの声に従って、美夏を家の裏口まで引きずっていった。


「う、裏口ってここ?」

私達は美夏をゆっくりと地面に下ろした。

「美夏……気がつかなかったよ。こんなに無理してたなんて……ごめんね。美夏……」

私は美夏に謝った。すると、


「――来たわね」

声と同時に裏口の扉が開いて、一匹の白犬が現れた。

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