第10話
「出会ったのは散歩中だったから、きっと私が飼われていた家の近くに住んでいるんだと思う」
私達三人は、白い犬を探して、彼女と私が初めて出会った川原まで来ていた。
「もう夜だから、今日はこの辺で休もうか。
明日からしばらく此処で見張って、散歩をする彼女が現れるのを待とう」
と、明生くんが提案すると、
「もう~~! マジで歩きすぎって感じ~! 疲れたしぃ~」
美夏も疲れて愚痴り始めた。
「そうだね、休もう……」
麻薬探知犬訓練センターで鍛えられた私は、やはり常人……いや、常犬より体力があったらしく、
実はそれほど疲労はしていなかったのだが、二人の様子を見ているとそんな事はとても言い出せずに言葉尻を合わせた。
しばらく休める場所を探したものの、結局人目に付かず横になれる場所が見つからなかった為、
私達は川原の橋の下で休む事にした。
「……クー……クー……」
美夏はあっという間に寝てしまっている。寝息が意外と可愛い。
「明生くん……起きてる……?」
私は隣で横になっている明生くんに、そっと話しかけてみた。すると、
「うん。由香里ちゃん、眠れないの?」
明生くんは、目を開けてこちらを見た。
「なんだか、色々なことがありすぎて……」
「そうだね、……僕も今まで生きてきた二十年間で、一番ハードな毎日を過ごしている気がするよ。ははは」
そう言って明生くんは、小さく笑った。
「そうだ明生くん。言い忘れていたけど、私を訓練センターから助けてくれて、どうもありがとう。
私もう、一生“麻薬探知犬”として生活するのかもと思っていたから……」
「いや、それは僕のセリフだよ。僕も目が覚めたら急に犬になっていて誰にも言葉は通じないし、
同じ境遇の人も見つからないから、由香里ちゃんと会うまでほとんど諦めてたんだ。こっちこそ、ありがとうね」
明生くんは、優しい声でにこやかに言った。
他人といることで、こんなに気持ちが安らいだのは、いつぶりだろう。
「う、ううーん、むにゃむにゃ……マジおいしぃ~って感じぃ……もぐもぐ……」
美夏が寝ぼけている。
「ふふ……」
「あはは……」
私達は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、僕達も寝ようか。明日からは忙しくなりそうだし」
「うん、お休み。明生くん」
――私は犬になって初めて、心から安心した気持ちで眠りについた。
翌日から私達は、例の白い犬と再び会うために川原の土手で張り込みを始めた。
しかし目的の犬は、何日経っても現れなかった……。
「うーん。半年以上前の話しだし、もしかして引越しちゃったのかなあ……」
「由香里ちゃん、犬の手がかりは他に何か思い当たらない?」
「手がかりって言われても……うーん……」
私と明生くんが悩んでいる横で、キリンの美夏はムシャムシャと土手の草を食べている。
「あっ! そういえば!」
「な、何?! 由香里ちゃん!」
「確か、あの犬の飼い主だった女の子の名前が斉藤さんって人で、会話からして私の飼い主だった男の子と同級生みたいだった……」
「――な、なるほど! じゃあその斎藤さんが通っている学校が分かれば、後をつけられるかも?! 急ごう!!」
私達はまず、私の飼い主だった敦くんの家へ向かい、そこから敦くんが通学する所を尾行することにした。
敦くんと斎藤さんが同級生なら、それで斎藤さんが通う学校も割り出せるからだった。
――私達は計画通りに敦くんを尾行しながら、彼が通う高校までやってきた。
学校は家から徒歩で通える距離にあった為、幸い電車等の乗り物に乗ることもなく後をつけることが出来た。
すると校門付近に、見覚えのある女の子の姿が見える。
「あ! あの娘、斉藤さんだ。良かった! やっぱり敦くんと同じ高校だった!」私がほっとして言うと、
「へえ~~! あの娘が由香里ちゃんの言ってた犬の飼い主の娘か~。なんだか綺麗な娘だね!」
明生くんが見とれている。
「明生くん! 言っておくけど、あの娘が目的じゃないんだから!
大事なのは、あの娘が飼っている犬の方なんだからね!」
私はなんだかムッとして、明生くんに強い口調で注意してしまった。すると、
「わ、分かってるよ、由香里ちゃん。そ、そんなに怒らなくても……」
私が急に大きな声を出したので、明生くんが動揺しながら弁解した。
「あ~、もしかしてユカリン、アッキーにジェラシーって感じぃ~?」
「ち、違うわよ! 何言ってるのよ美夏! もうーっ! 皆、真面目にやってよ!」
美夏が変な事を言うので、私は焦って誤魔化すように学校の方へ目を向けた。すると、
「あ、あの……由香里ちゃん……」
おずおずと明生くんが話しかけてきた。
「な、なに? 明生くん?」
美夏の余計な一言のせいで、なんだか変な空気が流れている。
「あの、この後、斉藤さんの家まで後をつけるとしても、放課後までかなり時間があると思うんだけど、その間……どうする……?」
「…………」
こんな雰囲気のまま、何もすることが無いなんて余りにも気まずい。けど私も待つ事以外には何も思い付くことが出来なかった。
そんな私達の横で、美夏だけが嬉しそうに学校の敷地に生えている草をムシャムシャと食べていた。
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