第9話

 山奥にひっそりと佇む研究所の一室で、白衣を着た数人の男達が、おびただしい数の機器や計器類を前に慌ただしく動いている。


「紀元博士、件のデータの集計が採れましたので、ご確認下さい」

助手らしき男がファイルに綴じられた書類を手渡した。

紀元博士と呼ばれた男は無造作にその書類を受け取ると、バラバラと音を立てながら乱暴にめくり始め、


「くだらん。一部でCO2を削減しようが、緑化を推進しようが、世界中の人間の意識が変わらなければ所詮は付け焼刃に過ぎない。

アメリカ国防総省(ペンタゴン)の報告では、2010年を温暖化の臨界点として、それ以降に起こる急激な寒冷化による、食料や水、資源の不足から、

国家間の紛争が起きる可能性を示唆している。にも関わらず、事の重大性に気がついている者は余りにも少ないのだ」

と、ぼやいた。その刹那、

 

ゴゴゴゴォォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンン!!!!


 突然、窓の外から強烈な光と共に轟音が鳴り響いた。


「今のは、隕石か?!」

言いながら博士は同時に階段を降りて、すでに屋外へ向かおうとしていた。


「は、博士?! 危険です!!」

博士は我が身の安全よりも自らの関心事が勝る性格の為、周囲が止めるのも聞かず一切躊躇する事なく、

音の響いた方向へ足を運んでいった。


「意外と近い。……だが、音の割には規模は小さいようだな」


 木々の間を抜け、二百メートル程歩いた場所にそれはあった。

 周囲数メートルの木々や草花が焼け焦げて放射状に薙ぎ倒されている。

 足元の草木を避けながら、博士はクレーターの中心まで歩いた。


「これは、本当に隕石なのか……? 見たことのない材質だ」

手のひらに収まる程の大きさの石は半透明に輝きながら、観察する角度に依って、極彩色に色を変化させている。

 博士は白衣のポケットから、ピンセットと耐熱性の袋を取り出した。そして、それ使い石を摘み、慎重に袋へと入れた。


 ――持ち帰った石の観察を続けるうちに、この石は人間の脳内で神経伝達を行う際の微弱な電気信号に反応する性質を持っていることが分かった。

「人間の意思に反応するということか。テレパシーだとでも言うつもりか?」

博士は研究用のケースに入れられた石を眺めながら薄く笑い、休憩室へと向かった。


 ――その休憩室のテレビでは、ニュース番組が放送されていた。


「温暖化と言いますが、経済の立て直しこそ最大の緊急課題です!

失業者が増え続ける昨今、工場のCO2削減や排ガス規制等とコストのかかる話は自殺行為なのですよ!

原発の問題も然り。代替エネルギーの確保が出来ないままに再稼働しない等という話は論外です!」

出演者の一人が、声高に叫んでいる。


「――何を言っている。あの石ではないがテレパシー等というものが本当に存在するのならば、それで奴らの腐った脳内を操作してしまいたいものだ。

でなければ、その意識を人間ではない別の何かと交換してしまえばいい。――例えば犬コロとかな……」


 博士がテレビを見ながら、誰に伝えるでもなくグチをこぼした次の瞬間、


 ゴゴゴゴゴオオォォォォォォォォォン!!


 突如石の保管してあった部屋から轟音が鳴り響いた。


「は、博士! い、石が……石が!!」

慌てた助手が、休憩室へ転がり込んできた。

「騒ぐな。状況を具体的に説明しろ」

「そ、それが……博士が休憩室へ向かわれてしばらくすると、急に石が光り出して……」

すると助手の言葉と同時に、テレビ画面に映る出演者の男性の様子が変わった。


「……クン……クンクン……ハァハァ……」

男性は舌を出しながら鼻を鳴らし、激しく呼吸を始めるとテーブルの上へ飛び乗った。

 そして犬のような四つん這いの姿勢になりウロウロと這いずり始めたのだ。


 ――しばらくお待ちください――

 その瞬間、すぐに画面は臨時テロップへと切り替わる。


「これは……まさか先程の呟きが、反映しているというのか? 馬鹿な……」


 ――その後、テレビ番組で起こったこの事件は、マスコミはおろか世間においても、

まるで何事も無かったかのように一切触れられることは無かった。

 研究所の職員も、先日のことは何も見ていなかったかのように、通常の業務をこなしている。


 研究室では博士が一人、空から飛来した小さな石を、静かに眺めていた。

「まだ……完全には使えていない。一度に転送される数には限りがあり、余波も抑えることが出来ないでいる。

私が意識した対象とは無関係に、ランダムで動物にしてしまうことがあるようだ……」

石は発見時と同じように、眺める角度に依って幾重にも色を変化させ続けている。


「だが……大まかな設定は成功と言って良いだろう。

仮に私の目が届かない場所で動物に転送された場合でも、その事実は周囲の人間に認識されることは無い」


 昨日研究所の職員が、通常の動物の生態パルスとは異なる反応を示す小さなキリンに似た生き物を発見したが、

直後に逃亡されて捜索中となっていた。


「間抜けな職員め……。恐らくあの生き物は意識を転送された者の一人に間違いない。

既存の動物と異なる姿なのは、余波の影響によるものだろう……調整する必要があるな……。

しかし時間は無い。これ以上環境が変化するよりも先に、地球を原始の姿に戻さなくてはならないのだから」


 ――石を見つめる博士の目の奥で、昏い光がユラユラとうごめいていた。

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