第7話

「だから、初めから木村明生という人間が、存在しないことになっていたんだ」

「は??」


 にわかには信じられない話だ。

 存在しないことになっているなんて……そんなことって……。


「あ。で、でも! 由香里ちゃんが同じ状況とは限らないからね! 行ってみよう! 由香里ちゃんの家に!」

自分の言葉に、私がショックを受けたのだと思ったのか、

明生くんが無理矢理に明るい声で私を励ますように提案をした為、

私もあまり気を使わせてはいけないと思い、明るく返事を返そうとしたその直後だった。


 ガサ……ガササ……。


「?!」

 道の奥の茂みから、何かが草を掻き分けるように移動する物音と気配が、冷ややかな夜の空気を伝わって、私達の耳にまで届いた。

「明生くん……い、今、聞こえた……?」

「う、うん。な、何か、音が……」


 そして、私達が改めて音のする方向を見ようとした、その刹那だった。


 ザザザザザザ!!!!


 草むらを激しく掻き分けながら飛び上がるようにして、それが突然踊り出てきたのだ!

「――なっ?!」

 

 ――それは、あまりにもメジャーな生き物だった。

 しかしそれなのに、私は一瞬それが何なのか、理解することが出来なかった。

 ……認識はしている。頭では分かっているのだ。

 二本の角に横向きの耳と体表に茶色の斑点。そして何より長い首。紛れもなくそれは動物園でおなじみのあの生き物……。


「キ、キ……リ……ン……?」

明生くんが呻く。


 ――そう。それはキリンだった。だが、

 しかしこれには、たった一つ通常のキリンと違う所があった。

 それは身長が……小型犬である私達と同等の大きさしか無かったということである……。

 その特徴が私達を混乱させているのだ。


 しばらく両者共に睨み合い、無言の時が流れたが、

その沈黙を最初に破ったのは小さなキリンだった。


「あんた達って、何?」


「キ、キリンが、しゃ、しゃべっ……!?」

明生くんは、動揺して言葉を噛んでいる。


「て、ていうか、それはこっちのセリフよ! そっちこそ何なのよ?!」

その瞬間私は恐怖を忘れ、キリンへ向かって大声で抗議した。


「あたしはぁ……キリンって感じぃ?」

ズルッ……。私と明生くんは、キリンのゆるい回答を聞いてコケそうになった……。何なのだ。こいつは……。


 でも、はっきり分かることは、言葉を話す以上このキリンも私達と同様に……。


「ていうかぁ、犬のくせに人間の言葉話してるしぃ~。あんた達って、チョ―キモくない~??」

「あ、あんたに言われたくないわよ!!」

私は増々イライラしてきた。

「ゆ、由香里ちゃん。お、落ち着いて……」

激昂し始めた私を明生くんがなだめる。


「も、もしかして君も、僕達と同じように人間から、その……キ、キリンに……?」と明生くんが聞くと、

「あ、分かった! あんたたちもあたしと同じで、研究所から逃げてきたんだ? あははウケる~!」


「研究所?? 何の話??」

さっきから、このキリンの言うことはさっぱり分からない。


「あたしは目が覚めたらぁ~白い服来たオヤジがいっぱいいてぇ~あたしの体を変な機械で調べてたわけぇ~。

でもぉ~やめてって言ってもぉ~言葉が全然通じないみたいな~? それで今度はぁ~あたしを解剖するとか言うからぁ~まじチョーヤベーと思ってぇ~

必死こいて逃げてきたって感じぃ~?」

 

 なんだか凄い話だが、あまりにも緊張感のない口調のせいで全然深刻に聞こえなかった。

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