第4話
――遠くから鳥の声が聞こえる。陽の光がまぶしい……。
ああ、朝だ……。なんだか、とても嫌な夢を見ていた気がする。
目を開けると目の前には大きな穴が開いていて、そこから民家の庭先が見えている。
そして周囲を見回すと、私は小さな小屋のような場所に……小屋のような…………。
――こ、小屋?!
気が付くと、首には輪っかが! そして足には、茶色いモジャモジャの毛が!!
――私は再び犬だった……。
意識がはっきりしてくると、昨日の恐ろしい出来事の数々が鮮明に思い出されてくる。
「か、変わっていないんだ……」
私は思わず呟いた。
そしてこの呟きも、他の人間には犬の鳴き声にしか聞こえていないらしいのだ。
「やっぱりあの犬の言うように、もう慣れるしかないの……?」
と、私が弱音を吐いた時、家の扉の向こう側から人の声が聞こえてきた。
扉が開くと、そこから敦くんと一緒に体格の良い男の人が現れた。
「お父さん、もう行くの?」
「ああ、今日はチャッピーの訓練の日だから早めに行こうと思ってな」
こ、この人は敦くんのお父さん?? そ、それよりも、訓練って何のこと?!
「あ、今日からだっけ? 心配だなあ。チャッピー大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。チャッピーには素質があると訓練所の人も言っていたからね」
そ、素質って……何をさせられるのよ?!
「さあ、行くよチャッピー! 訓練所へ!」
私は嫌がり、必死の抵抗を試みた。だが、物凄い力で首輪を引っ張られ、そのままあっさりと連行されてしまった。
――車に乗せられ辿り着いた場所は、飾り気の無い四角い建物と芝生の生えている敷地が広がる、殺風景な場所だった。
青い作業服の上下に黒いブーツを履いている男の人が、建物の入口からこちらへ近づいてくる。
「宮本さん。お早いですね」
「ええ、今日はチャッピーの訓練の初日ですから。早めにと思いまして」
「大丈夫ですよ。先日のテストの際は、際立って良い点数でしたから」
よ、良い点数って……私はテストなんて受けた覚えないよ……。
「だから、この訓練センターでみっちりと訓練すれば、立派な“麻薬探知犬”になれますよ!」
――って、え?! い、今、なんて言った?? ま、麻薬探知犬?!
「はっはっは、そうですか。うちのチャッピーを、どうぞみっちりとしごいて下さい!」
目の前の二人の会話を聞きながら、私は気が遠くなるような錯覚に陥った。
だが、この犬の体は、何やら凄い生命力に満ちていて、私に気を失うことすらさせてくれなかった。
――それからの私は地獄だった。
朝早くから起こされて、怖い男の人に大声で怒鳴られながら、散々走らされる毎日。
ある時は、藁のような腕巻きを噛めと言われたり、またある時は、白くてよく分からない粉の匂いを嗅がされた後で、その粉が入った箱を当てさせられたり。
抵抗すると怒られるから怖くて言われた通りにすると、チャッピーは本当に頭が良いな! なんて言われて、身体をワシャワシャと撫で回される。
女の子の体に気安く触らないでよ! と思って藻掻いても、そうかそうか! 嬉しいかー! なんて言われ、ますます撫でられる。
――そんな生活が半年以上続いた。
気が付いた時には、私は訓練所でも優秀な成績の訓練犬として、立派に卒業を迎えるまでになっていた。
『慣れるしかないのよ』
犬になったばかりの頃、私と同じ元人間の白い犬が言った言葉。
あの犬の言葉通り、私はすでに慣れてしまったのだろうか……。
いずれにせよ、たった一つだけ間違いの無いことがある。
それは私が、少なくとも世界中のどんな犬より、この麻薬捜査の重要性を理解しているということだ。
私はどんな麻薬探知犬にも負けたくない。それが私のプライドであり、かけがえの無いアイデンティティーとなっているのだから……。
――って、あ、あれ? ちょっと待って! な、何……言ってるの、私?!
じ、冗談じゃないわよ……!! 訓練士の男の人が怒って怖いから我慢してただけじゃない!!
何が優秀な成績で卒業よ!! 私はまだ高校だって卒業してないわよ!
麻薬探知犬の『訓練所卒業』なんて、履歴書に書ける訳ないじゃないのよー!!
情けなくって思わず涙が流れそうになったが、訓練所で培われた精神力はその涙を自動的に自制してしまった……。
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