第2話
外へ出ると、地面がいつもよりも近くに見える。
四つん這いなのだから当然といえば当然だが、それにしても近い気がする。
「それじゃ、チャッピーの散歩へ行ってくるよ」
その妙な違和感に私が戸惑っていると、不意に背後で家の扉が開いて、後ろから人の話し声が聞こえてきた。
「チャッピー、いい天気だね。散歩へ行こうか!」
そこに現れたのは、高校生くらいの男の子だった。
あ、あなた誰? というか――どうして私は此処に……??
私は男の子に質問しようとして声を出した。
しかし、その瞬間に自分の口から出た言葉は信じがたいものだった。
「ワンワン!!」
まるで犬の鳴き声のような音が、自らの口を通して激しく周囲に響いたのだ。
「よしよしチャッピー、嬉しいかい? すぐ散歩へ連れて行ってあげるからね」
そう言いながら男の子は、地面に立っている木の棒から、縄のような物を外し始めた。
そしてよく見ると、縄の先は私の首の辺りにまで続いている。
ち、ちょっと待ってよ……これって首輪? わ、私に首輪が付いているの??
そして私が改めて自分の手元を見てみると――ち、ちょっと待って! これって私の手?!
い、いや……足?! わ、私の手が毛むくじゃらの動物の足に?! な、なんなのよこれ?!
「ワオーン!!」
そうして驚いて発した声が、再び犬の鳴き声となって辺りへと響いた。
いくら私が、世界と自分との間に違和感を感じていたからと言って、犬になりたいなんて考えたことはない。
すると不意に男の子が、私に付いている首輪を引っ張った。
「チャッピーどうしたの? 行くよ?」
い、痛い! やめてよ!! 私はチャッピーなんかじゃない!!
「ワンワン! ワオーン!!」
言葉にしたつもりでも、響くのは鳴き声だけだ。
私は激しい恐怖を感じて、その場に居ても立ってもいられずに、ついに走りだしてしまった。
「お! チャッピー行くのかい?」
そして、男の子も一緒に走りだした。
だ、誰か! 誰か助けて!! 涙が溢れて止まらない。
汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃに顔を濡らしながら、私は全力で走り続けた。
――それから……どれくらい走っただろうか……。
疲れて走れなくなるまで走り続け、気が付くと私は横に大きな川が流れている土手へと辿り着いていた。
「チャッピー、今日はなんだか、凄い勢いだね。そんなに散歩がしたかったのかい?」
返事をしたって、犬の鳴き声にしかならないし、自分の口から出る犬の声など、二度と聞きたくはなかったので、私は押し黙っていた。
「あ、山田さんとジョンだ。ほらチャッピーー! ジョンだよ!」
そう言われて、虚ろな目で道の先を見ると、前方からブルドッグのような犬を連れたおばさんがこちらへ向かって歩いて来る。
「あら、お隣りの敦くん、あなたもお散歩?」
と、おばさんが、そう男の子に話しかけたその瞬間だった。
「バウ! バウバウ!」
突然横にいたブルドッグが、おばさんの持っている縄を振りほどき私に向かって襲いかかってきた。
ギ、ギャー!! や、やめて!!
「ワン! ワンワン!」
私の悲鳴は犬の鳴き声へと変換される。
だが、そんなことにはお構いなしに、ブルドッグが私の顔をベロベロ舐めまわし始めた。
「うふふ、あらあら。ニ匹はいつも仲良しねえ」
「ほんとですね。チャッピー良かったねえ」
二人の他人事のような、呑気な会話を他所に、私はこのブルドッグから逃れようと、全力で藻掻き続ける。
「ワンワン!!」
「バウバウ!!」
しかし藻掻けば藻掻く程、ブルドッグは私に激しくジャレついてしまう。
この理解不能な状況に、再び私の目から、止めどなく涙が溢れ出した。
――どこまでも激しく藻掻き逃げ続け、ようやく開放された頃には、
私はぐったりとしてしまい、歩く力すらほとんど残っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます