第37話 魔王リルル



「大変です!リルル様が!」


 エルフの国に足を踏み入れるやいなや、こんな言葉が飛んできた。


 どうやら俺が〈粘糸〉で縛り上げたエルフのリーダーは、国の中ではそこそこ偉い奴だったらしい。名前をコルネという。



「何があったのだ!?」


「昨日の夜から状態が悪化して意識が朦朧と、、、」

「くっ、、、」


「おい、すぐに俺に見せろ。」


 リルルとやらが何者かは知らないが早く治療してやらないと間に合わないかもしれない。こんな所でグズグズしている時間がもったいない。


 そう思い門番との会話に口を出す。


「「は!?」」


 ギョッとした顔をする兵士。


 まさか人間が来るとは思ってもいなかったのだろう。俺の正体に気付き口をあんぐり開けている。


「彼は私達の命の恩人であり、高度な回復魔法の使い手だ。人格者である事は私達が責任を持つ。だから通してくれ。」


 あら、人格者ですって。


「し、しかし、万が一があっては・・・しかもリルル様の治療をさせるのか!?」


「あぁ、その通りだ。」


「「な!?」」


 ビックリしすぎて口をパクパクさせる門番。 


 たかだか俺一人を入国させるかどうかで、大げさな奴らだな~とは思うが、、、まぁそこは彼らの価値観や歴史的背景があるのだろう。


 結局、短い押し問答もんどうの末、コルネ達の責任という事で俺は入国を許された。お願いされたから来てやったのに、しぶしぶ許可されるというのもおかしな話だが。


 奇異の目や陰口を叩かれながら連れて来られたのは、国の中央にある質素な造りのお城、その一室だ。


 ハッキリ言ってイメージの3倍はしょぼい建物だが、、、どうやらここに魔王リルルとやらがいるらしい。

 


 ひと呼吸おいてから入室しようと扉を開ける。だがドアノブに手を伸ばした瞬間、部屋の中からメイドが飛び出してきた。


 頭と頭がゴチンとぶつかる。なんだチミは?


「そんなに慌ててどうかしたのか?」


「リ、リルル様が呼吸をしていません!わ、私はオババ様を呼びに行ってきます!!」


「「!?」」


 早口でそれだけ言うと俺の正体に気づくこともなく、メイドはあっと言う間に走り去っていった。


 これはマズイ。早くないと最悪な事態になりかねない。


「邪魔するぞ!」



 急いで部屋の中に入ると天蓋付きの大きなベットに1人の女性が横たわっている。


 手を取ってみるとまだ温かさは感じられるが、、、脈も無ければ呼吸もしていない。


 死んでいる。


 一歩遅かったか?死後何分経過している!?


「リルル様!!そんな・・・・」


 状況を悟ったエルフ達がベットの周りに集まり涙を流し始める。気持ちはよく分かる。だが、、、


「ちょっとどいてろ。」


「な、何をする!?」


「まだ助かるかもしれない。」


 俺には、エクストラスキル〈蘇生〉がある。これは光魔法と回復魔法をMaxにした事により覚えたチートスキルだ。


 死後10分以内であればなんとかなる可能性が高い。


 精神を集中させてから、リルル様とやらの左胸にそっと手を当てる。


 パッと見、ただ眠っているだけの様にも見えるが、確かに心臓は止まっている。


 早くしなければ死が確定してしまう。


 ・・・よし!


「〈蘇生〉」


 膨大な魔力を込めスキルを発動する。


 するとその瞬間、光が爆散した。そして彼女の体がふわりと浮く。


「「キャー、うわっ!?」」



 たった10秒ほどの出来事だったが、それはそれは神秘的な光景だった。科学では到達できない神の領域、そう言っても過言ではない。術者の俺ですらそう思ったほどだ。


「「おおぉ。」」


 次第に光が収まり、ちゅうに浮いていた彼女の体がゆっくりと元の位置に戻る。


 と同時に、真っ青まっさおだった顔色が、生気せいきを取り戻し、赤く染まっていく。


 心臓が再び動き出したのだ。


 彼女の左胸に添えられた俺の手には、それがダイレクトに伝わってくる。



「・・・ゴホっ!ゴホ、ゴホ!!」


 心臓だけではない。せてはいるが呼吸も自分で行えるようになったようだ。これで当面の危機はだっしたと言えるだろう。間に合って本当に良かった。思わず安堵あんどのため息が漏れる。


 ふぅ~~~やれやれだぜ。


 

 さて、ここまでくればあとは、、、



「〈病気治癒〉」


 レベル9の回復魔法を使用する。疫病が何なのかはよく分からないが、これで万事OKだ。


「「リルル様!!!」」


「う、、、、」


 みんなの呼びかけに呼応するように魔王のまぶたがピクリと動く。



 そして、、、その時は訪れた。1 度は死んだ彼女が、ゆっくりと目を開けたのだ。


 シミ1つない真っ白な肌に、まるで宝石が埋まっているのではないかと錯覚してしまうほど綺麗な翡翠色ひすいいろの瞳。


 魔王と言うにはあまりにも華奢きゃしゃ可憐かれんな少女だ。




「・・・私は一体・・・?」


「元気になったか?」


「・・・あなたは・・・人間?」


「あぁ。異世界人の黒宮レイだ。治療が間に合って良かったよ。」


 リルルの視線が俺の頭から足の先までゆっくりと動く。だが不思議と嫌な視線ではない。


「・・・異世界人なのですか?・・・いや、そんな事よりも貴方が私の治療をしてくれたのですか?」


「あぁ。」


「ありがとうございます。」


 彼女に偉ぶった雰囲気は無く、種族的な侮辱も感じない。


 もしかしたら回復させたあと、グハハハ、愚かな人間め!みたいなノリで、戦闘が勃発するのではないかと思っていたが、全くそんな事は無かった。



 それから6時間程かけて、ざっと1000人ほど治療してやる頃には、俺に対する敵対心も無くなり、国中のエルフから泣きながら感謝された。


 しかも男達からは弟子にしてくれと土下座されるし、女達からは結婚してくれとせがまれるわの嵐で、城に引き返す頃には、なぜか英雄的な扱いになっていた。


 個人的には対応するのが面倒くさいので、ほどほどにしてもらいたいものだが。




 まぁ、そんな感じで、今は経過観察も兼ねてリルルの部屋でゆっくりとしている。


 この数時間の間、記憶の混濁や人格が変わったなどの症状も無いらしい。コルネやメイド達にも確認したので、そこら辺は間違いない。彼女は正真正銘しょうしんしょうめい魔王リルルだ。


「どうかしましたか?」

「ん?いや~それにしてもエルフって人口が少ないんだなと思って。」


 治療のついでに家々を見て回ったが、全部で1万人ぐらいだろうか?俺の感覚からすれば余裕で絶滅危惧種だ。


「人間と比べると、妊娠しにくいのです。他の種族も多少の違いこそあれ、似たようなもんですよ?1番多い獣人でも3万人程だと思います。」


「ふーん、そーゆーもんか。」


 寿命も違うみたいだし、万年発情期の人間とは根本的に体の作りが違うのだろうか。


 そう考えると、彼らからすれば人間とゴブリンは同じなのかもしれない。少なくとも俺がエルフならそう思うだろう。



「率直な疑問なんだが、魔王さんは人間の事恨んでるのか?」


「?・・・いえ、奴隷にされていたのは私が生まれる前の話ですから。歴史に固執しても成長する事はできません。ただ・・・もし再び戦争が起きたらと思うと・・怖いです。」


 リルルが俯きながら下唇を噛む。ぶっちゃけた話、勝ち目は薄いと理解しているのだろう。人口が1万人程度では、そりゃそうだ。



 戦争素人せんそうしろうとの俺ですら、ゼアーズの教皇相手に、エルフ達が勝てるとは到底思えない。




「・・・ま、もしもの話なんだから、、、そんな落ち込む必要は無いだろ。それに案外、異世界から正義のヒーローでも来てくれるかもしれんぞ?・・・知らんけど。」


 知らんけどな!


「・・・ふふふ、そうですね。ではその時は待っていますね。」


「いや・・・」


 勝手に勘違いしてもらっては困るぞ。別に俺が助けるとは言ってないし、そもそもお前らの事なんてよく知らないし。


「ふふふ。」


 ・・・まったく。調子が狂うな。



「ちっ、病み上がりなんだから早く寝たらどうだ?」



「はい。そうさせてもらいます。でもその前に・・・

あの・・・」


 2人きりの部屋で、急にリルルが真顔になる。今日のお礼ならもうさんざん聞いたぞ?


「なんだ?」


「一緒に寝ますか?」

 

 そう言いながら目を点にさせ、おどけてみせる。真顔からのこの間抜まぬけヅラ。


 清楚系のくせしやがって、こっち方面のジョークも出来るらしい。まったく、けしからん女だ。


 実にけしからん。こんな女にはお仕置きが必要だ。


「キャ!」


 無言で顔面を掴み、枕にグリグリ押し付ける。


「ぐもーーー!ぐっ!ぐべ!ヴーーーご、ごめんなしゃい。」


 神々しいまでの美貌を持つ女から、カエルがひしゃげたような変な声が漏れる。自分でも相当恥ずかしかったのだろう。茹でタコのように顔が真っ赤になっている。


 ニヤニヤ


 ふっ、まぁこのぐらいにしといてやろう。


「いいか?俺はこれから一度自分の世界に戻る。2日以内には戻って来ると思うが、それまで無理はするなよ。」


「は、はい///」








日本



 ふう、日本に戻ってきたな。御堂のじーさんに会う前にテレビでもチェックしておくか。


 どれどれ?


 この時間はワイドショーが多いみたいだな。民放キー局は全て昨日の試合を特集しているらしい。


『謎の集団セブンヒーローズその正体はいかに!?』


 だいたいこんな感じの論調が多い。そんでもって俺達と警察の対立構造を作りたいみたいだ。


 責任のあるメディアなら警察の不正をもっと大々的に扱えよって感じだけど、まぁ視聴率至上主義のこのご時世では仕方ないのかもしれない。


 これ以上見ていても大した収穫は無さそうだ。



『みんな聞こえるか?今から御堂のじーさんに会いに行こうと思うんだけど大丈夫か?』


『『うん!!』』


『よし、じゃあ現地集合してくれ!美月さんと風花さんは受け入れお願いします。』


『『はい!』』


『あ、それと、いつでも身につけられる小さなバックか小物を持ってきてくれ。』


 念話を使って全員と連絡を取る。携帯と違ってバッテリーを気にする必要も無いし盗聴される心配もない。秘密組織の俺達にとっては必須スキルといえよう。



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