第34話 公開処刑

日本



 決戦の日はあっという間にやって来た。世間では、突然降って湧いた世紀の大戦(暇つぶし)に話題沸騰だ。


 やはり3億という大金が良かったのだろう。


 野次馬という名の群衆が、最寄り駅から列をなして大挙してくる。


 もちろん肝心のメディアもバッチリ集まっている。御堂美月がアナウンサーとして所属するジャポンテレビが真っ先に名乗りを上げてくれたのだ。


 しかも19〜21時の2時間特番。少なくとも数百万人は視聴するだろう。



 とりあえず富樫を公開処刑にする舞台は整った。


 







 試合に出場する俺は控室に戻り、スーツとフルフェイスのメットを脱ぐ。そして上半身裸になると、顔を隠すためにパンダのマスクを被る。


 ぶっちゃけ、俺個人としては、素顔でも構わないのだが、関係各所に迷惑がかかる可能性があるので、こうして被り物をするわけだ。


 多少窮屈に感じるが、仕方あるまい。今から俺は謎のマスクマンだ。


 軽くシャドーボクシングでもしておこう。


 シュ!シュ、シュ!


 見様見真似みようみまねで、それらしいステップを踏みながらワンツーを決める。



 コンコンコン!


「ん?」


 誰かが来たようだ。時間からして事前にアポのあったテレビカメラだろうか?


 確か楽屋映像も生中継されるんだったな。


「どうぞ?」


「失礼します。みなさん、やって参りましたよ!こちらが今回の対戦の仕掛け人、謎のマスクマンの控室です。試合前ですが、少しお話を伺ってみましょう!」


 ジャポンテレビのアナウンサーとして、御堂美月(仕事上は安藤美月)がスタッフを引き連れてやって来た。


 よく笑わずに出来るもんだ。


「マスクマンさん、今の心境は如何いかがですか?」


「楽しみです。」


「お相手は、日本ボクシング史上最高傑作と言われる無敗のチャンピオンですが、勝つ自信はあるのでしょうか?」


「当然ですね。何なら左手一本でも勝てると思います。」


 というか指一本すらいらねーよ。


「ものすごい自信ですね。富樫選手に何か言いたい事はありますか?」


「・・・そうですね。勝利者インタビューで話しますよ。まぁ1つ彼にアドバイスするなら、今のうちにチャンピオンベルトにお別れの挨拶でもしておけってことですかね。」


 ついでにシャバの空気にもお別れでもしておけ。


「分かりました。それでは試合を楽しみにしております。以上、こちらは謎のマスクマンさんの楽屋でした!!試合開始まで今しばらくお待ちください!!」


 他人のフリをした美月さんが、さり際にウィンクをして部屋を出ていく。


 俺たちにしか分からない秘密の関係。


 なかなかグッとくるものがある。



 





 そして時刻は午後7時45分、会場の巨大スクリーンに繰り返し流されていたプロモーション映像がとうとう終わる。


 時が来たのだ。



『レディース&ジェントルメーン、大変長らくお待たせ致しました!選手入場です!!』


 ドュンドュンドュンドュン♪


 真っ黒な会場に爆音の入場曲が流れる。


 そして入り口付近に照明が当てられ、1人の男がリングに向かってゆっくりと歩き始める。


 富樫とがしだ。


 引き締まった肉体にキレイに刈り揃えられた金の短髪。これぞチャンピオンの佇まい。


「「うおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」


 会場のボルテージが一気に上がる。黄色い声援から野太い男の声まで。


 流石にカリスマと言われるだけのことはある。


 


 

 その後に行われた俺の入場シーンとは天と地ほどの差があった。


 アウェイとまではいかないが、大して歓迎もされていないかんじ。


 せいぜい良い試合をして楽しませてくれよみたいな。


 まぁ当然っちゃ当然の反応だけど、俺の事をかませ犬だとでも思っているのだろう。


 そんな事を考えていると、司会の男性がマイクパフォーマンスを始めた。


「青コーナー、戦績、0戦0勝0敗、謎の集団のリーダー、その名はウゥ〜〜〜〜〜パンダアァ〜〜ウゥ〜〜〜マァーーーーーーン!!!」


 パチパチパチー


 観客から申しわけ程度の拍手がなされる。


 


「赤コーナ、戦績、31戦31勝28KO、ミドル級世界チャンピオン、とがし〜〜〜〜〜ウゥ〜〜〜〜けん〜〜〜〜じぃーーーーーー!!!」


「「ウオオオオォォォォォォォーーーー!!!」」


 犯罪者とも知らず、熱狂した観客が雄叫びを上げる。


 舐め腐った態度の富樫は、拳にキスをして、その手を上に掲げてみせる。


 すると興奮した若い女性が鼻血を出しながらキャーキャー喚く。


 もう失神者続出。


 タンカが何台も出動し救護室まで運ばれていく。一言で言えばカオス状態。


 そんな異様な雰囲気の中、とうとう決戦のゴングが打ち鳴らされた。






 カーン!




「さあ、いよいよ3億円を賭けた世紀の対戦が始まりました。解説はわたくし土井どいと元バンダム級世界チャンピオンである安村さんです。安村さんよろしくお願いします。」


「はい、よろしくお願いします。」


「早速ですが、両者の立ち上がりはどうでしょう?チャンピオンとしてはどう戦っていくべきでしょうか?」


「んーそうですね。挑戦者の方は、動きが全くなっていないですね。構えからしてボクシング経験ゼロでは無いでしょうか?まともな勝負にならないような気がします。」


 うん、やっぱりプロにはバレちゃうよね。〈格闘術〉でも上げておけば良かっただろうか?


 いや、やっぱり必要ないか、〈真・身体強化Max〉だけで余裕過ぎるわ。


「ほらよ!避けてばっかじゃ勝負になんねーぞ?マスクマンさんよ?」


 富樫が軽いジャブを打ちながら挑発をしてくる。まぁ悪くはないが、スキルの無い人間だとこの程度が限界なのだろう。


 向こうの世界じゃパットしない事間違いなし。開始1分も経っていないが、早くもあくびが出てしまう。



「ふうぁ〜〜〜なんか眠くなってきたわーー。」


「!?・・・・てめぇ!」


 富樫のこめかみがピクリと動く。



「安村さん、これはどうしたのでしょう?チャンピオンの攻撃が全く当たっていないようですが?」


「そうですね、もしかしたら、素人の動きが逆にやりにくいのかもしれません。」


「なるほど、逆に、の理論ですね?」


「えぇ、しかしまぁチャンピオンが有利な状況には変わりありませんから、焦らないことですね。」


「なるほど・・・・あ、いきなり出ました!!富樫必殺の右ストレート、鬼の右です!あーーーーっとこれはマスクマンの顔面にクリーンヒットです!!!ノックアウト間違いな・・・・・」


「・・・ん!?」

「「!?」」


 ザワザワザワ((あ、あれ??))


 会場全体がどよめく。


「私の見間違いでしょうか?今たしかにチャンピオンの右が挑戦者の顔面を捉えたように見えましたが・・・・」


「・・・み、見間違いでしょう。ハハ・・・ハハハ。」


 解説の安村が現実逃避をしている間に、会場の巨大スクリーンに、先程のシーンがスローで映し出される。そして再び会場がざわめく。


 完全にパンチが入っているのになぜあのマスクマンは平然としているのかと。


 誰一人として理解できる者はいなかった。


 それは富樫本人も例外ではない。今まで世界中の猛者もさを一撃で沈めてきた自分の必殺パンチがまさかのノーダメージ。


 しかもそれが日本中に放送されているのだ。


 かわいそうに。


「て、てめぇ、なぜ立ってやがる!?」

 

「ほぇ?もしかして今のが全力パンチなのか?蚊が止まったのかと思ったんだけど・・・」


 イカサマしてこんなもんかよ。


「・・・な、舐めやがって!おい審判!こいつ、マスクの下に鉄板入れてやがるだろ!?」


 富樫の声が会場に響く。あり得ない光景を目にした観客も、鉄板という言葉に納得したのか、すぐさま俺に向けてブーイングを始める。


 ズルだの、ペテン師だの、様々な怒号も飛んでいる。挙げ句の果てには興奮した客がリングの下に押し寄せた。


 これでは完全に悪役ヒールではないか。


 どうしてこうなったのだ。



 ・・・さすがに一度落ち着かせた方が良さそうだ。


「うるせーぞ!」


 仕方なく〈威圧1〉を全方向に向けて解き放つ。


「「・・・。」」


 その瞬間、カオスだった会場が静まり返る。シーンとして、誰一人として声を発する事ができない。それまでの熱気が嘘だったかのようだ。


 うむ、少しやり過ぎてしまったかもしれない。みんなアワアワしてるよ。


 ま、実害は無いだろうしこのぐらいいいよな?


 

「プロテクターになるような物は何1つ入っていない。事前に審判が確認済みだ。そもそも殴ったお前自身が1番分かっているのだろう。は分かったぞ。」


 そう言いながら富樫のグローブにチラリと視線を向ける。簡単な話、鉄板を仕込んでいたのはお前の方だよね?って話。


 今までの試合がどうかは知らないが、素人相手にせこい奴だぜ。


「ちっ!」


「さぁ、試合を再開しようぜ。」


 大事なのは、勝利者インタビューでコイツの悪事を暴露することだからな。


 ヤツのグローブに鉄板が仕込んであることなんてこの際どうでもいい。


 審判によりリング中央に集められ再び試合を始める。


 だがもはや富樫には知性の欠片もないように思われた。


 ただがむしゃらにパンチを打ってくる。そこにいるのは絶対王者では無く、喧嘩っぱやいただの不良。


「おらぁ!!」


 ピト。


「「!?」」


 今度は顔ではなく、人差し指一本でパンチを止めてみせる。


 これで少しは俺の実力が分かってもらえただろう。ドヤ顔で富樫の顔を見る。


 するとなぜか固まってピクリとも動かない。周りを見渡してもカメラマン、解説者、観客、ラウンドガール、全ての人間が口をあんぐり開けて固まっている。


 はて?俺は時間停止の魔法でも使えただろうか?


「はあぁぁぁぁぁ?????え?は?は?」



 お、動いた。時止めの魔法じゃなかったらしい。


「ざけんな、お前!!」


 ブチ切れた富樫が連続して拳を繰り出す。だがその全てを指一本で受け止める。


 本当ならテレビの尺もあるので6RぐらいでKOしようと思っていたが、、、、もういいだろう。


 殺してしまわないように、加減しながら富樫のお腹にデコピンをくらわす。


「ぐほぅっ!!」


 ドサリ。


 

 気絶したようだ。チャンピオンのくせに白目を剝いてぶっ倒れた。


 弱すぎてみんなドン引きだよ!


 カッコよかったのは入場シーンだけだったな。・・・あ、そうだ、ついでにコイツのグローブの秘密を公開しとかないとな。


「あれれー?なんだかグローブの下に硬いものが入ってるぞー??あ、鉄板だ!!(棒読み)」


 ザワザワザワ((ま、まさか!富樫がそんなイカサマを!?))


 むふふふふ、これでこの男のカリスマ性は地に落ちたも同然。



 よし、それではそろそろ本来の目的を果たそうか。ステージに上がってきたカメラマンをグイッとたぐり寄せる。


「皆さんこんばんは。想定よりも早く試合が終わってしまい申し訳ありません。ただ今日の本番はこれからです。」


 ザワザワザワ。


「先日、モデルの宇田アイリさんがひき逃げの事件に遭いましたが、真犯人は富樫をリーダーとしたハングレ集団です。」


「「・・・何を言っているんだ?」」


 会場の客から戸惑いの声が漏れる。だが俺はお構い無しに話を続ける。


「もちろん、警察もこの事実を知っています。がしかし、富樫の父親は警察庁長官、そして叔父は警視庁の副総監という事情により、、、もみ消されました。いわゆるアンタッチャブル案件というわけです。」


 ドヨドヨドヨ。


「それだけではありません。少なくともここ1年の間に警察が闇に葬り去ったコイツの犯罪が10件以上あります。しかも罪名は婦女暴行です。」

 


 俺がそう宣言するとどこからともなく、機能性スーツを着たメンバーがサッと現れる。アナウンサーとして会場に来ていた美月さんもいる。


((な、なんだこの7人組は!?))


 突然のことに動揺する会場。



「俺達は悪事を許さない。」

「「許さない!」」


「これ以上の犠牲者を出さないためにも賛同する者はなんでもいい、声を上げてくれ!」


 ザワザワザワ、、、


「言いたいことは以上だ!!では、また会おう!!」



 全てを言い終わるとあらかじめ設置しておいたスイッチを押し、大量のスモークをたく。


 その隙に展示しておいた3億円を素早く回収し、観客になりすます。


 

 これにて、今日のところは、お仕事完了。


 あとは、世論の動向と警察の自浄能力に期待するだけだ。まぁせいぜい頑張ってくれたまへ。



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