第20話 御堂財閥


 こないだ質屋でいろいろ売って、小金持ちになったというのに、半額の弁当を買ってしまうのは何故なのだろうか?


 マンションのエレベーターを待ちながらそんなことを思う。


 すると後ろから女性に声をかけられた。


 振り向くと・・・誰だったか、名前は思い出せないが、俺の隣に住んでいる関西弁のハーフモデル。


 スキニーの白いパンツを履きこなすさまは流石だが・・・どうしても名前が出てこない。


「ちょっと!自分うちのこと忘れてるやろ!?」


「・・・あ、いや・・・」


 図星です。引っ越しの挨拶をしてから、今の今まで存在すら忘れておりました。


「・・・。」



 エイミーに聞けば教えてくれるだろうが、この程度のことでわざわざ脳内会話はしない。素直に本人に聞けばいいのだ。


「事務所の先輩で、お隣さんってことは流石に分かりますけど・・・誰でしたっけ?すいません」


「え〜〜〜!?」


 モデル女がわざとらしく非難の声を上げる。そうやって顔をプクっとさせて上目遣いをすればモテるとでも思っているのだろうか。


 あざとい女だ。



 チーン!


 そんなことを思いながら、下から上がってきたエレベーターに一緒に乗り込む。他の住人は誰もいないようだ。


「じゃあこれあげる。」


「ん?」


 女が鞄をガサガサして渡してきたのは1冊のファッション雑誌。男の俺にはまったく関係なさそうだが、、、よく見れば表紙を飾っている女性が、今、目の前にいるこの人だ。


 なぜ自分の載っている雑誌をこのタイミングで持っているのか謎でしかないが、、、まぁこの際そんな事はどうでもいい。


 えーと・・・名前の表記は・・・宇田うだアイリか。


 うん、そうだね、うん。思い出した。引っ越しの挨拶の時に、壁が薄いから女を連れ込むなとか言ってきた人だ。


 てっきりモデルの卵だと思っていたのだが、、、既に一線級の活躍をしているようだ。


「すごいんですね。」


 ざっと見た感じページ数も圧倒的に多いし、この雑誌の看板モデルってやつか?


 ファッション業界の仕組みなんてまるで知らないが、これを見る限り重要なポジションにいるのはすぐに分かる。


「フフフフ、先輩の偉大さを理解したならよろしい。」


 満足気な顔で何度も頷く宇田アイリ。


「はぁ、、、」


 そうっすね。


「あ、そうだ、そういえば君って今話題の豊川学園の生徒なんよね??」


「えぇまぁ。」


「あの動画、なんだか君に似てる気がするんだよね〜」

 

 そう言いながら東欧系美人が、顔をグッと近づけてくる。


 おかげで鼻と鼻がくっつきそうだ。彼女から醸し出される柔軟剤と香水、そしてほのかにかおるる甘い香りが、俺の顔面を包み込む。



 クンクンクン



 おそらく普通の男子高校生だったら、この悪魔のようなフェロモンに殺される、もしくは腰を抜かしている場面だろう。


 だが俺は違う。


 俺には〈臭気耐性Max〉がある。この程度のことで状態異常に陥ったりはしない。


「近いんすけど。」


 この距離じゃお互いの毛穴しか見えないだろうに、なぜここまで近づいてくるんだ?



 チーン!


「着いたんでどいてもらっていいですか?」


 宇田アイリの両肩を持つ。


「あ。」


「・・・あ。」



 運の悪いことに、このタイミングで雪乃がエレベーターに乗り込んできた。


 客観的に考えて、この状況、男女が密室でもつれ合っていたようにしか見えないのだが?変な勘違いをされてしまっては困る。


「あれ?雪乃ちゃんじゃん!ちょうど良いところに!!ちょっと来て!」


「え・・・ぁ・・」


「じゃあ俺はこれで。」


「ちょいまちっ!」


「ちょ!・・・・ちょっと!」


 ガチャン。


 ・・・なんだこのゴリラのようなパワーは!






「・・・。」


「・・・。」


 どうしてこうなった?


 雪乃と一緒に宇田アイリの部屋に無理やり連れ込まれてしまった。本人の意思に反する拉致監禁、完璧に犯罪だと思う。世間的にいくら美女と評されていても犯罪には変わりない。


 しかも尋問が始まった。


「やっぱりこれ君だよね?本物??」


 アイリが再生回数8億回の動画を俺たちに見せつける。アレだ。50メートル走のやつだ。


 どうやらネットの中ではまだまだホットな話題らしい。コメント欄を見ても、未だにフェイクかどうか激論が交わされている。


「しかもこの映像の最後に写り込んでる3人組、後ろ姿だけど雪乃ちゃんとナナちゃんと仁君でしょ??うちには分かる!!」


 証拠を見つけた刑事のようにグイッと顔を寄せてくる。溢れんばかりの良い女フェロモンが臭いのでやめて欲しい。消臭剤を振りかけるレベルだ。


「そうっすね。もう帰って良いですか?」


「白状しないなら、連帯責任で雪乃ちゃんもうちのパシリに・・・・え?今なんて??」


「俺ですね。映像も本物です。」


「えーーーー!!え、え、じゃあなんでエレベーターで言ってくれへんかったの!?」


「あの時は別に聞かれなかったんで。先輩が、ただブツブツひとごとを言ってたただけじゃないですか。」


「・・・ぐ。なんだこの捻くれた後輩は!?」


「帰ってもいいですか?」


「え・・・えと、えと、、、、」


 彼女としては俺がこうもあっさりゲロったのが予想外だったらしい。思考停止に陥り、口をアワアワさせている。


 まるで金魚のようだ。


 美女のくせに。


 それからだいたい20分ぐらいだろうか?動画と俺を何度も見比べては、同じ質問を繰り返しブヒブヒ言ってやがった。


 美女のくせに。


 


 で、まぁ結局帰るタイミングを失って3人でご飯を食べていたら夜の10時になってしまった。


 相当長いこと話し込んでいたと思う。芸能界の裏話からお金の話、はたまたこの地域の治安の話まで。


 なんでもこの1年の間に若くて綺麗な女性が、14人以上暴行されているのだとか。


 警察も動いているようだが収穫はないらしい。


 あとは大体、ウチ・・がどれだけ頑張ってモデルをしているかという話が多かったように思う。


 考えてみれば、世の中には脚が長くて顔のキレイな女性なんてゴロゴロいるわけで、彼女は日々苛烈な競争をしているわけだ。


 そういう意味では雪乃も宇田アイリも尊敬に値する。



 まあ、最初は拉致監禁から始まったが、なかなか濃密な時間になったと思う。



「じゃあそろそろ帰るわ。」


「じゃ、じゃあ、私も帰りますぅ。またねアイリちゃん。」


 2人して玄関まで移動してドアを開ける。


「うん。2人ともまたね!特に雪乃ちゃんはかわいいから例の犯罪者が捕まるまで夜道は気を付けてね!!」


「は、はぁぃ。ありがぁとうございますぅ。おやすみなさぁい。」



 こうして俺の長い1日は静かにけていった。









 日曜日であるというのに、御堂財閥トップである私、御堂源三みどうげんぞうは、かねてからの知り合いである芸能事務所社長、岸和田剛きしわだだけしに呼び出されていた。


 場所は、郊外にあるなんの変哲もない陸上競技場。イベントどころか客一人いない。


「久しぶりだな、岸和田。」


「ご無沙汰しております。」


「それで?こんな所に呼び出したんだ、何かあるのだろう?」


「はい、ぜひとも会っていただきたい少年がおりまして。」


 その瞬間、御堂の眼光が鋭くなる。とても今年75歳になる老人のものとは思えない。


「スポンサーを探しているなら他をあたるんだな。いつも言っているだろう?」


「それは心得ていますが、今回だけは例外です。」


 岸和田が不自然なほど白い歯を見せてニヤリと笑う。


「・・・なるほど。それ程のタマというわけか。よかろう、何をするのか知らないが見せてもらおうか。ただし、儂は甘くないぞ。」


「ありがとうございます。」


 岸和田は丁寧に頭を下げ、すぐに1人の少年を連れてきた。


 15.6歳の割に身長は高く、顔は整っている。確かに逸材といえばそうなのかもしれないが、あまりやる気が感じられない。


「初めまして。黒宮レイです。」


「うむ、儂は御堂財閥の会長をしておる御堂源三だ。」


「え、御堂財閥・・・ってあの?御堂財閥っすか??」


「君が言う、あの・・が何を指すのかは知らないがおそらく、その・・御堂だな。」


「そんな人がなぜここに?」


「・・・。何だ少年。今がどういう状況か理解していないのかね?」


「はぁ・・・そうっすね。連れて来られただけなんで。」


「はっはっはっは。そうか。それなら儂から説明してやろう。話はいたって簡単じゃ。この私を認めさせたら君の勝ち。スポンサーになってやろう。」 


「へぇー。」


「なんじゃ?世界の御堂がスポンサーでは不服かね?」


「いや。スポンサーとかよく分かんないんで・・・とにかくあんたを「ホゲッ!」って言わせたらいいんだろう?」


「そうだ。ただし儂の目は厳しいぞ。ここで縁がなかったら今後一生御堂グループとの縁は無いと思え。誰しもがこんなチャンスがあるわけではないからな。そのぐらいのリスクは追ってもらうぞ。」


「うん、それでいいけど、そっちこそビックリし過ぎて心臓麻痺とか起こさないでくれよ?」


「ハッハッハ!ガキのくせに言うではないか。」


 多少生意気だがなかなか面白い少年ではないか。お手並み拝見といこうか。


 今回の仲介人である岸和田、そして数人のスタッフと一緒にストップウォッチを持ち、少年がスタンバイするのを待つ。


 どうやら彼は100メートルを走るつもりのようだ。


「少年は短距離走の選手というわけか?」


「えぇ、まあそうですね。オリンピックを目指しているそうです。」


「ふむ、それならスポンサーになるのは難しいかもしれんな。」


 ハッキリ言って未だかつてこの種目で大成した日本人はいない。そもそも人間は、足の回転数がほぼ決まっている。そのため勝負は一歩の歩幅で決まる。


 つまり、海外選手と比べて、足の短い日本人には向いていないというわけだ。

 

「まぁ見ていてください、御堂さん。ビックリしますから。」


 最後まで納得できぬ御堂だったが、少年のスタンバイが終わりスタートの号砲がなった。


 

「位置について、よーい・・・パン!」



 その瞬間、少年がありえない動きを見せた。


「なんだ!?なんだあの動きは!?」


 クラウチングスタートから一瞬でトップスピードに乗ると、常識では考えられない速さで100メートルを走り切ってしまった。


「何秒だ!?」


「7秒ジャストです!」


「ホ、ホ、ホゲーーーーーーー!!!!」


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