ホワイト・ギルド【後編】
休憩は大事だ。
彼女からすれば、決まった時間に休憩を入れているだけなのだろうが……、
一団は、新しく得た手がかりと、これからの指針が定まってきたところだ――
このまま勢いで、無謀に進むよりは、一旦、頭を冷やして考える方がいいだろう。
「さすがはミカドさんだ、俺たちの逸る気持ちを察して、事故を起こす前に冷静にさせてくれたんだろう……――ですよね」
「いえ、単純に時間通りに行動して――……いえ、まあ、それでいいですよ」
歩き疲れていた者が多かったらしく、そういう意味でもちょうどいいタイミングだった。
彼女からすれば、計算された上で設定した休憩時間なのだろうけど。
一人、洞窟の隅っこで食事を取る女剣士――
彼女が膝の上で広げている食事に、ナックルが興味津々に覗き込んだ。
「なにそれ」
「パンにハムを挟んだだけの簡単な料理ですよ……、もちろん、野菜もあります」
「へえ……」
「食べてみますか?」
「いいの?」
「ええ。あなたのその石ころみたいな食事を見ていたら、重要なあなたが最後まで体力が持つのか心配になりますから」
ナックルが持っているのは、手軽に栄養が取れる食べ物だ。
味はないが、栄養だけなら充分に摂れる。だが、栄養不足で倒れることはなくとも、味がないことで精神的なストレスが溜まってしまえば、別の理由で倒れてしまうこともあり得る。
彼女が持参したようなサンドイッチで、栄養の偏りこそあっても、満足感を得るのは生きる上で必須とも言えた――。
まあ、長期間の冒険には合わない食事だが、彼女の場合はそれでいいのだ。
長居する気はない。
今回のダンジョン破壊を最速で終わらせるから――ということでもないのだが。
「…………(あのリーダー……きちんと契約内容を理解しているのかしら)」
「なあなあっ、おねーさんっ、本当に食べていいのか!?」
「ええ、一口ね。二口めに手を出したらその首を斬り落とすわ」
「怖っ」
ナックルが遠慮しながら一口かじる……、
味わったことのないソースの味に、ナックルの目が輝き出した。
ゾッとする悪寒がなければ、きっとナックルは二口めをがぶりといっていただろう……。
女剣士の殺意が、彼の命を繋ぎ止めたと言えた。
「どう? 他の鍵、見つけられそうかしら?」
「うんっ、ただ……もう一口くれたら、もっと見つけられると思う!」
「一口食べて知恵が回るようになったのね……、仕方ないわね、あと一口だけならいいわよ」
一人分のサンドイッチを二人で分け合い、充分に休憩も入れ、再び、一団が動き出す。
出発してから、既に五時間が経っている。
ダンジョン内は暗いので、時間感覚が狂ってくるが、空腹や睡魔でなんとなく分かるものだ。
出発時間が遅かったので、現時刻は恐らく、夕方くらいだろう……。
残り六時間ほどで切り上げなければ、ダンジョン内で睡眠を取ることになる。
当然、交代制で見張りを立てるものの、睡眠時間には、魔物も『分かって奇襲を仕掛けて』くる……、できれば避けたい時間帯だ。
「ナックル、夜までに鍵が揃わなければ……『ダンジョンの主』に勝負を挑む。
今回はミカドさんがいるんだ、無謀な挑戦じゃないはずだ」
「いえ、私は――」
「頼りにしてますよ、ミカドさん!」
肩をぽんぽん、と叩かれ、曖昧に「はあ、はい」と愛想笑いを浮かべる女剣士。
説明することを諦めた溜息が出た。
「(……どうせ自業自得。
痛い目を見るのはこの人たちだから……好きにやらせてしまいましょう)」
それから、ダンジョン内を探索したものの――
ナックルの瞳でも、残りの鍵を見つけることはできなかった(そもそも鍵が複数あるのかどうかも――、謎である。見つけた球体を特定の場所へ持っていくことで条件が揃うタイプの可能性だってあるのだ。そうだったとしても、怪しい場所さえもまだ見つけていないままだったが)。
時間切れである。
当初の予定通り、リーダーが先導し、ダンジョンの主がいる部屋へ――
ここに関しては、早い段階で見つけていた。できれば入りたくはないが、助っ人の実力者がいるのだ。せっかく、大金を払って雇ったのだ、最大限、利用するべきである。
十人以上の力で押し、重たい鉄の扉が開かれる。
五階分の高さの吹き抜け――、その大部屋に佇んでいたのは、手を伸ばせば天井に指先が届きそうな巨体の……ゴブリンである。
周囲に炎が灯った。
巨大なゴブリンの姿が、よく見える。
「ッ、全員、剣を握れ!! ナックルは下がっていろ…………、ナックル?」
「リーダー……――ナックルがいません! あと、あの女剣士も!!」
「は――なんだとッ!?」
重たい轟音を響かせ、鉄の扉が閉まる。
最後尾の冒険者たちが慌てて開けようとしたが、重たい扉が、びくともしなかった……。
「なん、で……っ、あの女ッ、俺たちを騙したのか!?」
「リーダーッ、ダンジョンの主が、動き出しましたッ!!」
「ッッ!? クソ、無理だ!
助っ人なしで俺たちが『主』に勝てるわけがねえだろうっっ!?」
冒険者が束になったところで、
その束をまとめて薙ぎ払う強さを持つのが、ダンジョンの主である。
今の彼らに、巨大なゴブリンを倒す手段はなく――
逃げて隠れて応戦しても、結果は変わらない。
待っているのは理不尽な蹂躙である。
……仮に、実力者の彼女がいたところで、その結果が変わっていた、とも限らないわけだが。
「あの女……ッッ、大金だけ貰って、逃げやがってぇッッ!!」
――ごおぅいんっっ!! と。
巨大なゴブリンに殴り飛ばされたリーダーが、鉄の扉に激突した。
人の型で凹んだ、鉄の扉。
もちろん、その扉が開くことはなかった。
「……なんだか、遠くで『まるで私が悪い』みたいな、負け犬の遠吠えが聞こえたような気がしたけど……」
女剣士はナックルの手を引き、ダンジョンを引き返していた。
ナックルを連れているのは、彼女の良心である。
恐らく、この一団は壊滅するだろうけど、
その中にまだ子供のナックルを置いていくのは、彼女が納得できなかったのだ。
それに、彼はダンジョンの鍵を視認できる、貴重な子供である。
……世界で数をぐっと減らした子供のことを考えれば、見殺しにしていい人材ではない。
「急に帰るって……、おねーさん、用事でもあったの?」
「君も知らないか。いやまあ、さすがに雇われた私の契約内容まで、君が知っているわけないでしょうけど……。
言っておくけど、約束を破ったのはあなたのリーダーだから、私は悪くないわよ」
私は悪くない。
そう言うと、彼女が『悪かった』みたいに聞こえるのだから不思議なものだ。
「休憩を含め、九時間しか助っ人はしないって、契約書に書いていたのに、時間オーバーを当然のようにしたから……。追加で金額を払ってくれるならまだしも、後払いで納得させようなんて、私には通用しないわ。
こっちも仕事だし、危険な場所まで足を運んでいるのだから、約束は守ってもらわないと――でないと、信用に関わるわ」
「じゃあ、最初からおねーさんは、この時間に帰るつもりだったの?」
「そうよ。だからタイムリミットは深夜じゃない。出発してから九時間……、たとえ九時間後、どんな状況であろうとも、私は中断して帰るわ――そういう契約だもの」
女剣士は一切、妥協しない。
揺れない、惑わされない――だからこそ、強いのかもしれない。
「私、サービス残業はしない主義なの」
―― 完 ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます