サイレン/異星人の大忠告
昼食どうする? という彼女の目線に気が付いた。
普段、決まった時間に食べることが少ないため、ちょうど昼時だから、と言って食事をすることもないのだが、彼女の希望を無視するわけにはいかない。
フロアを移動し、飲食店を探してみるが、見つけたお店は軒並み人で溢れており……時間帯が悪いか……。時間をずらせば、多少は入りやすくなるかもしれない。
……でもどうだろう。俺たちのようにそう考える者は多く、結局ずらしたところで、『ずらした人たち』と入店タイミングが被ってしまうのでは?
多く見積もって、夕方まで待たないと、のんびりとはできなさそうだ。そうなってくると、もう昼食なのか夕食なのか分からなくなるな。
「混んでるけど……待てるか?」
「もうお腹ぺこぺこ、できれば早く食べたいよ」
と言うので、飲食店が並ぶフロアから下ることにする。
一階なら――とは言え、こっちも人は多いが、回転は早い気がする……、フードコートだ。
和食洋食ラーメンにジャンクフード、スイーツなどなんでもありだ。
お店に入ってしまうとそのジャンルの類しかメニューがないが、ここにくればお互いに好きなものを頼むことができる。場合によっては出来上がりに差ができてしまうが、それは仕方ないだろう……、というわけで、俺たちは席を探す。
家族連れが多いので、四人、三人席は埋まっているが、意外と二人席は空いていたりするのだ。ちょうど、高齢の夫婦が席を空けるところだったので、頼んで譲ってもらうことにした。
テーブルが少し汚いが、拭いてしまえばすぐに綺麗になる。
席に座った彼女が周りを見回し、食べたいものを物色している……、涎が出ているぞ、自覚がないのか?
ハンカチで彼女の口元を拭く。気づいているはずだが、嫌がることなく俺に拭かせて、彼女が気になったお店を指差した。
「あれ食べたい」
「たこ焼きか? いいけど……、もっと他にもあるだろ。なんでそれなんだ?」
せっかく席を取ったのに、立っていても食べられるものだ。
いいけどさ……。彼女が目を輝かせていれば、気分ではなかったが、俺も食べたくなってきた……。まあ、満腹になりたい、と言うよりは空腹をどうにかしたいだけなので、たこ焼きでも構わない。
でも、お手軽な見た目でイメージしてしまっているが、一つ一つが大きいから、一人前を食べたらそれで満腹になってしまうのでは?
足りなければ追加でスイーツでも食べればいいか……彼女はそのつもりのようだし。
たこ焼きがくる前から、既にアイスクリーム屋を凝視している……欲望に忠実だなあ。
世間知らずどころか、地球知らずの彼女である。
「さて、味はどうするか……普通のやつと、ちょっと攻めた味で――」
たこ焼きを受け取り、席へ戻ってくると、小学生くらいの子供たちがフードコートにやってきた。夏休みなので子供が多いのは当然だ、しかも人気アニメの劇場版が公開されてすぐである。お昼時だし、大人数だからフードコートを利用するのは、想像できたことである。
わいわいがやがや、と、元々大きな声が飛び交う空間だった。静かにまったりと過ごしたい人がくるところではない――。
人によっては工事現場の騒音並みのうるささに感じるかもしれないが、近所でおこなわれる工事現場と違って、逃げようと思えば逃げられる空間である。
まさか子供の声がうるさいからと言って直接文句を言う人は――――いた。
中年男性が、子供と母親の集団に真っ向勝負を仕掛けていた。
「うるせえぞ、少しは周りの人の迷惑も考えろ――ガキは黙って飯だけ食ってろ!!」
一瞬、しん、としたものの、当事者でない人たちは再び会話を始める。さっきまでの喧噪が取り戻されていく……。
「はーいすみませーん」と母親、子供が謝罪し、中年男性は不満げだが、それでも引いて自分の席に戻っていく。すると、目の前の彼女が口にソースをべったりとくっつけながら、俺のカバンに手を伸ばした。
「ん?」
「音楽の、耳のやつ、貸して」
「ヘッドホンのことか?」
うん、と頷く彼女に、ヘッドホンを渡すと――彼女が立ち上がった。
そして、中年男性の元へ近づいていく。
注意されたばかりの子供たちの甲高い声は、さっきと変わらず繰り返されており……うるさくは感じないけど、まあ人によってそう聞こえるよな、と言える音量ではある。
でも子供だし、気を抜いたら騒いじゃうよね、夏休みだし、と考えて、目を瞑ってくれる人は多いけど、中にはそれができない人もいるのだ。
人それぞれ事情があるからなんとも言えないけど……嫌なことでもあったのかな? ここをぐっと堪えることができないほど追い詰められているとしたら、なにも知らない俺があの男性を非難することもできない。俺の声でとどめを刺してしまったら、悪いし――。
子供の声に苛立ったさっきの中年男性が、舌打ちをして立ち上がった時だ――
さっき向かった彼女が男性の前で止まった。
「あ? ……なんだよ、お嬢さん、オレのことをじっと見て、」
「えい」
彼女がヘッドホンを、男性に被せた。耳を塞いで――って、それ、俺のなんだけどな……まあいいか。後で新しいものを買えばいいし。
「なにを、して――ッッ」
「地球人は面倒なことをするのね、あの子たちを注意して黙ってもらう? 他人に依存する気かな? 違うよね、あなたが騒音に不快感を感じているなら、相手の口を塞ぐのではなく自分の耳を塞いでしまえばいいだけの話。あの子たちを注意すると十秒はかかるけど、耳を塞ぐのは一秒もかからないよ? なのに、どうしてわざわざ、回りくどく面倒なことをするのかな?」
彼女はヘッドホンを抑えつけて……。
あのね、それじゃあ相手の男性は君の説得が聞こえないよ?
説教をするならそのヘッドホンをはずしてあげないと。
「相手が子供だから良かったけど……人だから注意したの? たとえば大きな音を発する精密機械がそこに置いてあるとして、不具合で、連続して騒音を垂れ流してしまっていたとしたら――あなたは記載された番号に電話をして、『故障したので修理してください』とお願いして、この場に管理者がやってきて、音を止めるまで騒音を聞き続けるのかな? 違うよね、そうじゃないよ――きっと耳を塞ぐはず。もしくは出ていくはず。わざわざ機械に近づいて番号を調べて電話して、なんて面倒な手順を踏まないはずだよね?」
なのに。
「どうして相手が子供だったら面倒なことをするの? 地球人がすることは、私たちには理解できないね」
「お、い……いいから、これをはずせ――ッッ」
「『私の星』では子供は宝なの。その子たちの元気な声を聞いて不快に思うあなたは、子供時代に声を発しなかったのかな?」
みんな、昔はそうだった。
俺だってそうだし、彼女だって……、注意をした中年男性だって。
子供の時の無自覚な迷惑行為は、大人になって気づくものだ。
子供に悪意があればまた別だけど、今の彼らは幸せだから騒いでいるのだ……水を差すのは大人気ない。
注意をしない母親が悪い? いいや、我が子の幸せな姿を見て、いちばん水を差したくないと思っているのは母親だろう。
それに、母親は我が子の声を騒音とは思わないのだ。
自覚がなければ注意も配慮もできないものである。
「暗ーい、子だったのかな? だからこんな風に歪んで成長してしま、」
「もうやめときな。そのヘッドホンはあげていいから、戻ってきなよ――」
振り向いた彼女は、まだ言い足りなかったようだけど、俺の「ごめん」のポーズで諦めてくれた。
男性はヘッドホンをはずして立ち上がり、拳を振り上げたが、その拳が飛んでくることはなかった。
「悪いね、おじさん……おじさんの気持ちも分からないでもないけど……。
それにしても、おじさんはあの子たちに期待をしているんだな」
「なんだと……?」
「頼めば黙ってくれる……そう思って注意したんじゃないのか?」
お願いを叶えてくれるだろうと期待して。
……小学生を相手にお願いをするなんて、やっぱり期待をしていなきゃできないことだ。
「自分が嫌で、その対処を相手に任せてしまうなんて――よほど信頼していないとできないよ。俺だったらまず自分で動いてしまうかな……だってそれが一番信用できる。
自分でできる対処なら自分が先にやってしまった方が早い。それでも改善されない時に、初めて他人に頼るんだから――」
「勘違いしてほしくないけど、おじさんを否定しているわけじゃない。非難じゃないからね? 単純に疑問だったからだし、それにおじさんは、優しいんだってことを言いたかったんだ――」
「オレが、優しいだと……?」
「そりゃそうだよ、直接文句を言ってくれる人は少ない。陰で言う人が多くなったけど……、リスクを負い、わざわざ自分の少ない自由時間を削ってまで、他人の成長のための注意を言う人ってのは少ないものだよ。
そんなことをしている暇があるなら別の有意義なことをしてしまうから……。だからおじさんの行動力は褒められるべきだし、貴重なものだし、なくなっても困るものなんだと俺は思う。
まあ、今回はこの娘が少し強めに言っちゃったけど、おじさんの行動は間違ってはいない。おじさんの自由だし、貴重な時間をこれに使いたいなら、それはもうおじさんの人生設計の隙間にあった空白の使い道が『なかった』からなんだもんね。
良い買い物だとは言いにくいけど、それでも無駄ではない――」
おじさんは席に座った。
飲みかけのコーヒーを口に運ぶ。
「そのヘッドホン、あげるよ。騒音が気になるなら被っていればいい……、子供たちを注意してもいいけどね。まあ、公開オ〇ニーはほどほどにね」
あとで動画サイトを見てみれば――
怒る自分が映っているかもしれないんだから。
―― 完 ――
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