第11話 環、ジュディに泡を食わされる
環は焦っていた。目の前の部下ジュディ・モーガンの頭の中は、環の今まで培ってきた常識、分別は通用しない。どんなに説明しても、環の話を聞く耳を持たない。ひょっとしてこいつ、新手のアンドロイドかと、疑いたくなる環だった。
「はい、副船長。早くクジ引いてください。あの〈もどきの圭〉さんだって加わったんですからね。何度も言うように決定じゃあないんです。お試し期間は一週間。それで相性に問題ありだったら、もう一度相手の決まらなかった人でクジを引き直します。早く引いてください。まだ引いていない人もいるから急いでいるんです」
「それならまだ引いていない人の所へいったらどうかな」
「だから、いま船内に居る人から引いてもらっているんです。まだ付近を偵察に行っている班は戻って無いけど、交代時間はもうすぐです。そして全員クジを引き終わったら、開票です。くじ引きが終わったら、早く結果を発表しないと、暴動がおこります」
「そんなオーバーな。私は船長に、次の配給船が来たらそれに乗って第20銀河に配属になっているんです。私の分は無いんですよ、そのクジには。私が引いたら、足りなくなります。あなたが困るんですよ」
「いいえ、出来上がったクジの数はちゃんと数えられています。副船長も人数に入っていました」
「コンピューターで作ってはいないと言いましたよね。目視で数えたんですよね。さっきから言っていますが、間違えているんですよ」
「3度数えました。もう一人のミウちゃんと」
「くじを引く人数は男が一人余ると言っていましたよね。もしも、もしもですが余ったら、それを外れを引いた人の分にすればいいでしょう」
「そんな事をしていたら、疑い深い人がどこかでずるがあったと勘繰ります。とにかく、引いてもらいますから」
初年兵のジュディ・モーガンは、つぶらな瞳で環を見上げしぶとく食い下がる。
環は、優しく言っているからつけあがっているなと感じた。だが、こんな事で厳しい態度をする気にもなれず、偵察班が戻ってくるまでの辛抱だと思う。時間を確認すると、後7分。もう少しの辛抱だ。移動時間を考えればジュディは後2,3分で、この不毛な言い合いを終らさなければならない筈だ。
ジュディの受信ベルが鳴った。
「ミウ、分かった。直ぐそっちに行くから」
目をぐるっと回して、ジュディは諦めた。
「余ったクジが副船長のですからね。もう文句なしですから。それから船長が副船長の申し出は却下されたと言っていましたよ。いえ、あたしに言ったんじゃあないです。誰かと通信してそんな話をしていました。メイソン司令官と違いますか。あは、じゃあね」
「なんだって、そんな馬鹿な」
環はギョッとした。カイ叔父さん、まさか自分をハメたのだろうか。慌てて船長室へ急いだ。
「船長、私の次の任務の話は御存じですよね。総司令官から、第20銀河の連合軍支部を任されました。次の配給船に便乗して乗って行かないと、当分第20銀河には行けません。モーガンが、クジを引けと言い張って困るんですよ。彼女に話していないのですか」
「ああ、その話だが、連合軍総司令官が言っていたんだが、君を第20銀河に配属されるのは、どうだろうかなという他銀河の総司令官の意見があったそうだからね。言わば能力の被りだな。君の能力が生かせないだろう。彼等から習った能力があるんだから、第20銀河以外に配属しないと」
「ですが希望理由に書いていた筈です。その応力は未熟で、向こうでもう少し極めたいと思うのです」
「いやいや、十分極まっている。前の船での活躍の報告を聞いて、総司令官は不測の事態の対処は、依田副船長の右に出るものはいないと認識されている。よって、君は惑星探索任務から外す訳にはいかない。しかし少し、休暇的な待遇も必要だと言う事で、この第18銀河の未開発惑星の担当司令官として、パートナーを選んでもらって、しばらく過ごさせようと言う事だ」
「それ、休暇的待遇とかじゃないですから。此処にクジで当たったパートナーと暮らすって言うのは、私の希望ではなく、言わば冷遇ですから。そう言う待遇なら、もうやる気なくなりましたからね。もう、活躍の見込みはありませんから」
環はあまりの事に船長に、言いたい事を言い募ってやった。しかし、何を言った所で、全く堪えてはいない船長の様子を見て、絶望を覚えた。
船長室を出ると、環は自室に引き上げた。どうなるか分からないが、荷物だけはまとめておこう。ごそごそ、片付けていると、圭がやって来て、
「おや、此処は引き払うのか、環。パートナーの部屋に移る事にしたのかな。まあ、女性の方が持ち物は多いだろうから、その方が合理的と言えるな」
環はさっと振り向くと、
「くじは引いていない。配給船がここに来て、それから第20銀河の基地に行く事になっているから、それに乗るんだ」
と言うが、圭は、
「でも、行った所で、環の役職は無いよ。此処の司令官だそうだよ。ソーヤ船長は配給船から燃料を貰ったら、来た船で第2の地球に戻って、定年だそうだ。今日はお別れパーティーもあるそうだけれど、一緒に行かない?」
「環のお別れパーティーじゃなくて?」
「環は俺らとこれからもずっと一緒だよ。船長だってそう言っていたじゃあないか」
「圭はこの事、知って居たんだろう。言わなかったな」
「そんな話題あったかな」
「前に、こっちに着いてからの話、しただろうがっ」
「そうだったかな、きっと意味が分からなくてスルーしていたのかも」
「お前に意味の分からない話なんかあるものかっ」
「何だか機嫌が悪そうだな、向うに行って居ようかな」
そう言って、圭は立ち去った。
圭がああ言うんだったら、それで間違いは無いのだろう。環はすっかり力が抜けてしまった。床に座り込んで、ぼんやりしていると、ジュディの登場だった。
「はあ~い、司令官。残りのクジは誰だったと思う」
「さあねえ、興味ないけど、一応聞いてみようか」
「とうとう、船長から事実を聞かされた様ね。考えてみたら、酷い話よね。はっきり言っておけばいいのに。皆、同情しているよ。そして、当たりくじを見事、仕留めたのわぁ~、ミウでーす」
環は、ミウはクジ引き担当の1人であり、限りなくズルに近い気がしたが、この際どうでも良い事である。人数は一人余るはずだから、ハズレが当たる迄チェンジの希望をするまでである。
「チェンジを希望するから」
「ひどおい、ミウにチャンスをやってよ」
「人数は余るんだったろう。ハズレが私に当たる迄チェンジするつもりだから」
「あら、ハズレは圭がもらうと言っているよ。遠慮するって」
「んなこたあ、認められないだろう。彼だって見かけは人間そのものだよ。年食っていると本人は言っていたけど、それだけ悟りが開けているんじゃあないか。きっと良いパートナーだと思うよ」
「依田副船長、彼と喧嘩でもしたの。所々、悪意が感じられる物言いだよ」
ジュディに指摘されたが、気にしない環である。
「とにかく、ハズレ迄クジを引く。本部と交渉して、第20銀河に勤務するから、パートナーにはなれない。ミウには気の毒だけど、一週間付き合う気は無いから、そう伝えてね」
「ミウ、きっと泣くわ」
「慰めてやってね。ジュディは優しいでしょ。もう話はこれで終わりだから、帰ってね」
ジュディは、
「言っておくけど、その交渉はきっと決裂するよ。ソーヤ船長の電話の様子ではね、もう決定しているから」
「忠告ありがとう、じゃあね」
環はジュディを部屋から押し出した。
「ったく、こんな事ならあの時、子分に習いに家に戻るんだったな。そしたら今頃は何でもこっちの思い通りになって居たのに」
ぶつくさ言っている環の所へ、圭がまたやって来た。
「はい、ハズレクジ。ミウが俺にするってさ。ジュディから、年食って悟りが開けているらしいと説得されたそうだ。良い子だから付き合う事にしたよ。環はこれがホントのハズレなのかもしれないな」
と言って、ハズレクジをくれた。
「これで良いから。俺は」
「船長のお別れパーティーはどうする」
「気分が少し上向いた事だし、最後の面でも見ておこうかな」
環が言うと、
「かなりな、すかし方だな」
と、圭の感想である。
話は溯る事二日前の、船長の全乗務員へのお達し場面である。始めのミーティングに環も同席した。
「さあ、いよいよ君たちの惑星に到着だな。以前からのアンケートの結果だが、マッチング者は存在しなくてな。担当者の話では、既にカップルになっている奴は省くことになっているそうだな。いいねえ、彼等は上手く行って。そして物別れの大多数の君らについてだが、実際、希望の相手3名のアンケートに上乗せして、性格検査と、それからこれも担当者の意見で相性占いのデータを上乗せした。しかし相性占いは、物によっては全然逆のことがあってな、担当者判断で、星座占いだけにしておいた。責任は担当者にあるからな。俺は関係ないから。とにかく其れで出た結果は、マッチング該当者無し。だから、こうなったら公平なのは、と言うのも、引く手あまたの人気者が数人いて、恨みっこなしとなると、くじ引きだな。仔細は担当者、説明しろ」
この船の乗員は男女ほぼ同人数だったので、環にも意味は察せられた。
今後この船の乗員は惑星探索をしつつ予定では最短2カ月、環境に問題は無いかこの惑星で暮らし、永住に問題なしとなれば、移住者を迎える準備として、適した場所に住居設備を整える。
環はこの後、第20銀河に行くつもりだったので関心は無く、この時も、話半分で聞いていた。アンケート用紙も、もらったかどうかさえ記憶に無かった。横に居た女性乗員から、引く手あまたの名は、依田副船長だと聞かされても、笑って余裕の環だった。
ところがその後、状況はジュディがクジの箱を環に差し出した事で、一変したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます