第5話 気を取り直して、出発

 環はミア婆ちゃんのいる所に向った。カイとマナミ夫婦の所に居るのだが、近所に別居しており、彼等とは言わばスープの冷めない距離にいた。マナミは連合軍所属夫婦の子供たち用の学校の教師をしており、マナミ自身は子供を産んではいない。シオンも本部付のルークと暮らしており、子供はいない。

 環の予想では、何だか依田の家系は双子を産む傾向があり、その双子が男女だったら、キメラになる可能性もあって、それで、躊躇していると思っていた。直接訊ねた訳ではないが、聞くのもどうかと思ってそのままそんな風に思っていたのだった。

 環がミア婆ちゃんの家に着いてみると、ミアはすでに環がこの連合軍本部まで来る途中からわかって居たので、家の外まで出て来てお出迎えだった。

「環ちゃん良く来たね、だいぶ会わない間にすっかり大人っぽく立派になって居るね。さあ、お入り。環ちゃんの好きなクッキーを焼いてあるよ」

「わあ、嬉しいな。でも、もうちゃん付けで呼ばないでよ。子供じゃないし」

「そうよね、でも私にとってはあなたは環ちゃんなの。大きく育った段階は会って居ないんだもの。もう12年ぶりね。子供の12年は変わってしまうものよね。でも、このお婆ちゃんの時間はあの時からそれほど違っていないの。こっちへ来てちょうだい。少しの間、抱きしめていたいの」

 環が側によると、ミアは環を抱きしめた。

 環は何だか暖かい気持ちになって来た。ミアの愛が注がれてくるように感じられた。

「前は気が付かなかったけれど、ミア婆ちゃんって抱かれていると、愛がまるであふれ出て来るような感じがするね。そう言う能力があるんだね」

「あら、そうかしら。そう言う事言うの、環くらいの者よ」

「ふうん、じゃあ、環にだけそうしているのかもしれないね」

「そうなの、じゃあそうかもしれないわね。カイやルーク達は忙しいと言って子供は育てられないって言っているから、あなたが可愛かったのがいつまでも忘れられないわ。実際はもう大人になってしまったけれど」

「何だか残念そうな言い方だね。もう可愛くないから、諦めてね」

「ううん、まだ小さい頃の面影はあるの。残念じゃあないわよ。大きくなるのが当たり前だもの。あなたの時間は止まることは無いわ。私はね、環が会いに来てくれて嬉しいの」

 環は何処に行っても愛の重たい家族ばかりな気がした。幸せと言えるのだろう。幼い頃に比べて、あの頃の自分には想像もつかないような現在である。とは言え、崋山やイヴの所では気持ちを押し殺し、感づかれないようにしていたが、環にとっての両親はあのリリーと、ろくでもない血の繋がらない父親であった。幼い頃に刷り込まれた本能と言え、隠している環の本心である。崋山達が居ないので、環の本心が垣間見えて来る。

 ミアは察しているのか、少し眉をひそめて、また少し抱きしめ、

「さあさ。こっちでお茶にしましょう」

 と言いながらキッチンに向った。

 環はまたしても、まったりとクッキーや紅茶でお婆ちゃんにもてなされていると、マナミが勤務から帰って来た。

「わあ環、しばらく会わないうちにすっかりハンサムさんに成ったのね。見違えちゃった」

 マナミの感想はいつも他の皆とは違っている。環はマナミの昔の事を思い出した。ゲルダ達に連れられて、戻って来た時も、自分の所為だと言って凄い謝り様だったが、環としては、何故自分のさらわれたことが、マナミの責任なのか理解できなかった。あの頃、マナミに可愛がられていた事しか、思い浮かべられなかった。ミア同様、見返りを期待してはいない愛だった。そして、環は気付いた。環の愛を期待されることが、向こうの家族と居て苦しかったのだと。皆、環の愛を求めている。環としてはもちろん皆を愛している。だが、崋山パパや、イヴママが愛してくれるように、愛が返せるかと言うと、疑問があった。実の所、本心を隠している身としては心苦しかった。

 環はにっこりマナミに笑いかけ、

「ハンサムだって、本当。でもモテないよ。性格、陰気なネクラで通っているからね」

「へえ、そうなの。陰気には見えないけどね。最近の若い子って、すごく騒がしく活発だからね。きっと気の合う子が周りに居なかったのよ。その内見つかるわよ。大勢さんにモテる必要は無いんだから」

 そうマナミに慰められた環だったが、本人としては別にパートナー的存在は必要では無かった。何せ、重い愛は崋山達の相手で、懲りていた。

 その後、皆揃って歓迎と直ぐのお別れパーティーを開いてくれた。パーティーの時間にはレイン爺さんやアン婆ちゃんも来てくれ、アン婆ちゃんは涙の再会風の対応をしてくれる。懐かしい限りである。

 カイやルーク伯父さんに、

「惑星探索、面倒な事が起こりそうだな。でも、環ならちゃんと対応できそうだから、心配はしていないよ。環はあまり人の心情が察せられないみたいだけど、テレパシー能力が無かったら俺達だって似たような者だったろうな。気にせず自分の思い通りに付き合って行けばいいよ。無理に仲良くする必要は無いな。知っているだろうけど、アメーバもどきは、まだ方々の銀河に潜んでいる。妙な奴が居たら、バスタブに放り込んでみろよ。それが一番良いからな」

 環は伯父さん達の忠告に、少し引いてしまった。崋山パパからアメーバもどきの話は聞いていたが、過去の事と思っていて、実際そんな奴に会う可能性があるとは考えていなかった。中務圭は来ないし、散々である。

「環なら出来る」

 カイ叔父さんにそう励まされて、見送られた環だった。


 環の乗る船の任務は、第13銀河系の惑星のひとつの探索だった。丁度重力が第7銀河に似通っていて、大気の成分も良い割合だった。第7銀河の人達が基地として利用できるのではないかと、連合軍では検討しているそうだ。

 乗務員は第7銀河と第3銀河の人達に加え、第16銀河の研究熱心な人が付いて来ていた。第16銀河の研究者は、環は見覚えがあったが、彼等はよく似ている人が多いので、大学に居た研究者かどうかは本人に聞いてみないと判別は難しい。だが、知っている人は、彼だけだった。第3銀河の人も、初めて会う人ばかりで、まだ若い人が多いが、新兵では無いようだ。入隊式では見なかった。

 と言う事で、一番若輩は環なのだが、環は第16銀河の大学に通っていた為、言わばエリートの知識があり、何と部署は船長室付きの精鋭、副船長4人の内の一人だった。カイ叔父さんの言っていた、くじ引きの話は本当の事だったらしい。環は、圭が来なくて腐っていた為、叔父さんの冗談ではないかと思っていたのだが。


 出航式が終わり、宇宙船に各自乗船し各銀河の居住区の個人個人の住居スペースに行き、宇宙船用の身支度をした。共通スペースは第7銀河用の環境だったので、環達、第3銀河人は宇宙服を着用した。第16銀河人は対応能力がありその必要は無い。

 環は、着替えが終われば直ぐ全乗務員の会合があるので、その16銀河の人も来るはずで、機会を見つけて、見知った人かどうか訊ねてみようと思った。彼は色々な銀河の生物研究の第一人者だった。親しくすれば、興味深い話が聞けると思った。

 環は一般の乗務員とは少し違うデザインの副船長用の宇宙服を身に着け、部屋から出てみると、見知らぬ乗務員から、

「おや、新兵でありながら何故か副船長待遇の依田さんじゃないか。親の七光りか、総司令官の七光りか知らないが、これじゃあ出世の仕様の無いどん詰まりでお気の毒だね。何を張り合いにしてお勤めする気かな。全くのお気の毒」

 妙な皮肉を言う奴だと思っていると、他にも、

「そうだな、シャーク。普通、船長になるには、少なくとも10年は乗らないとな。だから、いくら活躍しても10年は依田様は昇進無しだな」

 環は、そういう事ならと、

「分かり切ったご指摘ありがとうございます」

 と言って、彼等から離れようと思った。しかし、彼等は環から離れず付きまとった。

 行先は同じだからとも言える。

「噂によると、依田様は他の船からも大した人気だったそうだな。仕方なく叔父さんである総司令官がくじ引きにしたそうだぞ。それも、この船の船長はズルをして引き当てたと言う話だ。なんでもこの船の船長は依田様のお爺様の龍昂閣下の部下だったそうだ。エリート中のエリートだねえ」

「ホントかジャック。それは知らなかった」

「何だよ、シャークそんな事も知らないのか」

 ジャックと言う男が呆れて言った。シャークの連れらしいもう一人も、

「俺も初耳だ。そう言う事なら副船長待遇も納得だな」

「何だよ、ケビン。お前、納得が早すぎ」

「納得だろう、シャーク。龍昂の能力知らないのか」

 彼らの話しぶりで、環は、龍昂爺さんの伝説は知らない奴もいる様で、最近ではすたれ気味だと分かって可笑しかった。爺さんが聞いたらがっかりする事だろう。彼も年だから、カイ叔父さんとの超遠方コンタクトみたいなのは出来ないだろうし、そんな事は聞く機会もないと思った。ところが、

『失礼な奴らだな。環、ガツンと言ってやれ』

 環は、驚いたが、

『爺さんの時代は終わったみたいだよ』

 と言ってやると、

『何を言う、俺はまだまだ現役を続けられるが、後輩に道を譲ってやったんだ。小物ほどよく吠えるな。なめられるんじゃあないぞ。環』

 ケビンが、爺さんの話題を話し出すし、爺さんは環にしっかりしろと言うしで、段々、両方の話で騒がしいと思っていると、集合場所に到着してしまった。

 思わず、

「爺さん、うるさいから。今から集合して話があるから立ち去ってよ」

 と怒鳴ってしまい、周りの皆にギョッと見られた。

 ジャックは、

「もしかして、龍昂とコンタクトしていたのか。彼は今どこに?」

 と言うので、

「第2の地球ですよ」

 と、環が答えると、今まで厭味ったらしっかったシャークまで、

「ひっ」

 と言って黙ってしまった。


 集合場所のホールでは、船長が演説する事になっており、副船長である4人、環とレイチェル・アンダーソン、第7銀河のジスさんとキースさんは船長の後方に控えていた。

 キースさんは、環に、

「依田さん。私の事覚えていますか」

 と話しかけて来た。それで、環は思い当たった。

「今、思い出しました。あの頃、父を手伝ってくれていたキースさんですよね」

「憶えていてくれましたか。良い記憶力ですね。子供の頃の事は、覚えていない人も多いですけれどね。崋山は現在、癒し能力に絞って活躍の様ですね。あなたが軍に入ったのは意外でした。崋山の後は継がないのですか」

「はい、家を出る事にしました。彼等とは別の道を歩くことにしたのです」

「何だか意味深な言い様ですね。事情は色々有りそうですが、個人的な事は話題にするのは止めておきましょう。どうぞよろしく、環」

「こちらこそ、よろしくお願いします。キースさん」

 他の副船長二人も、環とキースさんの会話で、あの有名な時期、二人が知り合っていた事が分かり、きっと良いチームになれると結束を固めるのだった。

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