第2話 家族達
4年ぶりの第2の地球は、環にとっては何の変化も無かったが、圭の戻って行った本当の故郷、地球はかなりの変化が起こっていると、先に地球に戻っていた圭から連絡が来ていた。
地球に残っている人間の中には、頭脳が秀でている新人類的な人もいて、気圧や人工太陽などを装備して、人間や動植物が快適に暮らせる大きなドームを作り、その中で暮らして居ると知らせて来た。ドームの外は生物が生きて行くのには適さない状態になったそうだ。少なくとも、環境の影響を受けやすい生物にとってはである。一部の昆虫などはドームの外でも生きているそうだ。
それで、そのドームの中で暮らしていけるのかと言うと、そうでもなく、設備には限りがあり、これ以上の数に、人間は増える事は無理だそうだ。環境が適している惑星が見つかれば移住の必要があると皆は言っており、連合軍の斡旋があれば、圭は、惑星の調査に行くつもりだと環に連絡していた。
環は、その惑星の調査と言うのに興味を感じていた。
宇宙ステーションと病院は、少し距離があったが、遠いとは言えない。環は歩いて帰る事にした。家には今日帰るとは知らせてはいない。だが、龍昂曽爺さんやゲルダ婆さんは承知しているだろうから、パパやママにも分かっているだろうと思っていた。曽爺さん達はまだ、かくしゃくとしているはずだ。二人ともパパと良く会っているはずだから、その影響で病気にはならないだろう。おそらく曽爺さんはレイン爺さんが生まれた時は19歳ぐらいだから、今は80過ぎではないかと思うが、まだまだ生きながらえそうだ。すると、
『俺の歳を考えるのは大概でやめないか。早く帰って来ないと、婆さんが迎えに行くと言って困っている。婆さんに早く顔を見せてやってくれないかな。婆さんは最近足が覚束ないから、転ぶと危ないんだよ』
のらくらと歩き回って、この星に元から居るネズミ風の生物を探していた環に、爺さんがコンタクトしてきた。仕方なく急いで帰る事にする。4年前には居たこの近所を縄張りとしていた、ネズと名付けた生物を見つけられないまま、環は家路を急いだ。
環は家に帰り着くと、パパやママはまだ、病院に居るので龍昂爺さん達の居る別棟に、4年前の様にまったりしに向かった。
「ただいま」
そう言って、変わらない曽爺さんの家の居間のソファに、ごろッと寝転がった。全く4年前と変わらない風体である。
「あら、環、相変わらずだねえ」
ゲルダ婆さんはニコニコ、ソーダ水や駄菓子を側のテーブルに置いた。
環はテレビのリモコンでニュース番組を選んでいると、
「まあ、大学を卒業したら、見るものはニュースになったのねえ、随分大人っぽくなった事」
ゲルダ婆さんは感心している。
「地球の映像とか来ているのかなと思って」
「大学で地球の子にあったのねえ。時々ニュースで映像が流れているよ。最近はドームの中で暮らすようになったわね」
「やっぱり時々ニュースになって居たんだな。知らなかったけど」
「環の関心はネズちゃんだけだったからねえ。そう言えばネズは最近見かけなくなったのよ」
「ホント。さっきも探していたけど、もう4年構ってやらなかったから、忘れたのかなと思っていた。見かけなくなったのなら。死んだかもしれないな。そうだったら、仕方ないな」
「ああいう生き物の寿命はどの位なのかねえ。居なくなったのなら仕方ないわね。ネズちゃんの研究は止めにして、連合軍に入ることにしたのね。でも、何だか順番が違うみたいだけど」
「ネズを見ても見なくても、連合軍に入ってしまったんだよ。この間、勧誘があって」
「あらあら、もう入ってしまったの。パパやママは、戻って来ると思っているよ」
「だろうね。気が変わったんだ」
「へえ、そうかい。連合軍の勧誘は巧みだからな。言いくるめられてやしないかな」
爺さんに指摘されたが、
「べつに・・」
と言葉を濁した。
そこへ、ドスドスと足音を響かせてイヴママがやって来た。
「環、連合軍に入ったんだって。どうしてさ。ネズの研究とかして、論文書くって言ってたじゃあない、何日か前までは」
大声で憤慨の意見を言って来た。環は、不味くなって来たと困ってしまった。こういう雰囲気のイヴママは手強い。
「でも、皆、卒業したら連合軍に正式の入隊か、傭兵になって数年過ごすんだって、ムニン22’’さんが言っていたよ。因みに、環は入隊の方にしたけど」
「なにい、ムニン22’’が言ったって、入隊だって。傭兵で2~3年じゃなく。あんた、具合が悪くなったとか?そういう時は、契約書とか大事な事は避けて、お家に帰って来るべきなんだよ。そう言ってなかったかな。ママは」
「初耳だよ」
「うわあん。崋山~」
そう叫んで、イヴママは去って行った。
「あーああ」
一波乱ある予感で、環はため息をついた。こう言うの苦手だったのに、と少し困った。けれど、何か引っかかる気持ちで、入隊のサインをしてしまった事に後悔は無くなり、もう後戻りする気はなかった。何故か入隊すべきだという気がしていた。
「お前の人生だからな。好きなようにするがいいさ」
爺さんにそう言われて、納得の環だった。
ゲルダ婆さんも、以外にも、
「環は好きなように生きて良いのよ。お婆ちゃんは、陰ながらずっと応援するからね」
と言ってくれたのだった。
味方が居ると感じて少し安心し、ゲルダ婆さん手作りの焼き菓子的駄菓子を食べていると、むっつりと崋山がリビングに入って来た。まだ病院だと思っていたが、イヴママからの知らせが来たのだろう。環は少しドキッとする。
崋山はむっつりと空いたソファに座り、
「連合軍に入隊したって。カイ達が残党を始末して、別にもうすることは無いはずだ。どうして勧誘なんかがあったのかな」
不機嫌そうに聞いて来るので、環は事実を言った。
「あのねえ、卒業パーティーがあってね、そこで、中務圭って言う人と友達になったんだ。地球で生きていたんだそうだよ。ブラックホール砲に太陽がやられた時、ヒマラヤのすごく標高の高い所に住んでいて、空気が希薄になっても平気だったそうだよ。それから、どうしてそこに居たかって言うと、なんと、これはニュースだよ。パパ」
「中務だと」
「そうそう、そのパパも知っているあの中務だよ。環も聞いたんだあの話。そして事実をね」
「どういう事実を聞いたって」
「あのね、・・・」
環は圭から聞いた事をパパに教えた。パパはポーカーフェイスで気持ちは分からない。
「と言う訳で、地球はこのままではいよいよ住めなくなるから、新天地の惑星の探索に行くべきだって事になったそうだよ。連合軍の協力で、候補の惑星がいくつか見つかっていて、圭は探索に行くつもりになっている。だから、環も圭と行くつもり」
「行くつもりなのか。連合軍に入ってその友達と」
「そうだよ」
「止めても無駄かな」
「もう契約のサインしたし」
「サインしちまったか。それじゃあ、軍は離さないだろうな。ううっ、畜生。パパは最近本部の総司令官になったカイに手を回して、1年契約の傭兵で手を打つつもりだったのに。それもパパの病院の軍用医療スタッフに入る手筈にしたのに」
「それは残念だったね。その分は、ジェイドとアゲート用にとっといたらどう」
「あの二人には医療スタッフは無理だな。スポーツ枠で逃すしかない。格闘技はやめろと言っているのにやめないんだ。他の、ボールを蹴るか飛ばすかのスポーツにすればいいのに」
「あは、格闘技じゃあ軍が欲しがる。あの子達の先行きも環と似たようなものだね」
「環はパパ達と暮らすとばかり思っていたのに」
「気が変わったんだ。人間、気分は変わるもんだと身をもって分かったね。サインした後、ムニン22’’さんちに帰る時、ちょっと自分でもショックでふらついちゃったな。あは。でもムニン22’’さんが、卒業したら誰でも傭兵か正式入隊の二択しかないって言われて、それなら圭と同じ事にして良かったと思ったんだ。だから、パパも諦めてね」
「何だかその話では、少し後悔したんじゃあないのか、ムニン22’’にいらんこと相談していたみたいじゃあないか。その時どうしてパパんとこに連絡しなかったんだ。ムニンのやつの所為と違うか」
「もう、サインした後だってば、諦めてよ」
「あいつの所為だってことが分かったぞ」
崋山がむくっと立ち上がるので、環は、
「違うよ。ムニンさんちではお世話になったんだから、変なけんかを売るのはやめてよ、パパ」
環は困ったが、龍昂爺さんに、
「いつもの事だから、ほっとけ」
と言われたのだった。
環は自分の部屋に戻り、しばらく戻らないかもしれないからと、片付けていると部屋に、学校からもどって来た双子が来て、イヴママもやって来たので、連合軍に入隊した事情をまた三人に説明した。例の意外な事実に、イヴママはほっとしたらしく、環は話して良かったと思ったのもつかの間、双子も惑星探検に興味津々と言った様子になった。すると、イヴママの機嫌は180°回転してしまった。
そういう時は、いつも曽爺さんの所に逃げる環だった。4年前と同じ展開である。そっちにも環のベッドは有り、ベッドの上でぐずぐずしていると眠くなり、とうとう、そこで眠ってしまった。
そして朝、あくびをしながら、曽爺さんの居るリビングに入ってみた。
「ふぁあ、おはよ、爺さん。4年前みたいに不味い展開になると、こっちで寝ちゃったよ」
「その様だね。こっちは構わないけど、しばらく会えないんだから、親の所で過ごしてやりな。イヴママは不機嫌になっても、環をやっつけたりしないんだからね」
「そうかな、前に学校で意地の悪い奴にイヴママがかっとなった時、環もひっくるめて、机や椅子を投げつけられたよ。後で環に当てなくてもいいじゃないかと、パパが怒ったら、不甲斐なくて、腹立たしかったからって言った事があったけど」
「はは、その時はその時だろう。今とは事情が違う。もうすぐ出航だろう。もうあっちに行きなさい」
「でも爺さん婆さんだって、一緒に居たいんじゃあないかな」
「わしらは親じゃあないからね。親の方が思い入れが強いんだよ。もう、側に居ておやり。機嫌が悪そうでもね」
「ふうん、そう言うんだったら行くけど。婆さんは、意見が違いそうだよね」
「このゲルダ婆さんは、爺さんといつも同意見だよ。環の気のせいさ。側に行ってやらないと、パパが泣き出したらまた困るでしょ」
ゲルダ婆さんの忠告で、環は慌ててパパ達の居る方に戻った。危機一髪の様子である。朝食に手を付けず、パパとママが睨み合っていた。
「朝ご飯はこっちで食べるべきだと思ったけど、環の分有る?」
「有るに決まってるじゃないか。わあん」
イヴママは泣き出した。そこで、パパは、
「もう良いから、飯食おう。環は自分でよそいな。今日はセルフだ」
そう言って、少し冷たくなった自分の分を食べ出した。
気まずく黙って、環は俯いて黙々と食べていると、ジェイドとアゲートが慌ただしくやって来た。
「わあ、遅くなった。あ、環戻っていたの。さすがに朝ご飯はこっちで食べるんだね。昨日は仕事から帰ってきたら、環が居ないから、パパの機嫌が悪くてねえ」
「黙って食え、食う暇なかったらさっさと行け」
「はいはい」
双子は、パンだけくわえて出かけた。
崋山は何気無さそうに、
「何時からなんだ」
と聞くので、環も、何気無さそうに、
「知らない。連絡が来たら行く。最初に本部に行って、それから行先ごとに乗組員を発表するそうだよ。本部に依田一家が居るんだよね、マナミはいるに決まっているけど、シオンはどうかな」
「シオンも居るだろうよ。最初からね、ルークだけ出航したはず、だけど直ぐ片付いて戻って来たそうだよ。もう第13銀河の危険人物は捕まえられたら、直接監獄星送りになったと聞いているな。裁判の手間を省いたそうだ。逃げられる前に送ろうってね。最近は、設備が充実して待遇が良くなった替わりに、逃げられなくなったそうだ。前みたいに適当にうろつける奴は居ないな。うろついていたのは前も俺等だけだったけど」
「子分さんが皆を操って居たんだってね。環もパパみたいに練習するけど、ああいう声は出せないな。音程は会っているそうだけど、ビブラートみたいなのが全然だ。パパはどうして出来るの」
「パパも出来ないよ。挨拶程度が何とか通じているだけだよ。通じているだけで、本当に言っているわけじゃあないし。子分たちが言っている事が分かるだけだ。しゃべれやしないよ。喉の構造が違うからね」
「そうだよね。構造が違うからね」
「そうそう、それよか、何処行きの船になるか、まだ決まっていないのか」
「そうだねえ。決まって居ても、まだ発表しないつもりなのかもしれない」
「あまり、暮らしていくのに適さないと分かっているような所まで、出かけやしないだろうな。心配だな。カイにどうなっているか聞いてみようかな。あ、そうなのか」
「パパ、今、もうコンタクト出来たの」
「パパじゃあないよ、カイから勝手に来るんだ。五月蠅くてかなわない。はいはい」
「今、自分から頼んだくせにとか、言われたんじゃあない」
「良く分かるね。相変わらず」
「それで、環の行先はどうだって」
「近場の、空気とかちゃんと有って、暮らせそうな感じの所だってさ。そうで無けりゃ、怒鳴り込んでいこうと思っているのも、お見通しだそうだ。やれやれ、参ったな。出航はまだ先の話だけれど、船の発表があるから、来週の月曜日に来いってさ」
「ふうん。出航はまだなの」
「そうなんだ。その惑星で決めようかと思っているが、他の惑星の探索も参考までにしておいてからの事だな。色々調べて、此処が一番適しています。と話を持って行かないと、納得しないだろうって事だね」
「となると、生存に適していると言う事は、他の生物が居ると言う事で、ネズみたいなのの、何倍もでかいのが居る可能性だってある。返って不味いとなると、今度は次の候補の惑星にするって言う事になるね。俺、透視の練習しよう」
「練習すればうまくなるのか」
「そんな感じじゃないかな。パパの能力はどうだったの」
「俺はぶっつけ本番だったな。何にしても」
「ああ、修羅場で開花するってやつだね。環は何でも練習するよ。練習するとうまくなるみたいだな。そうだ、入隊前に子分の声の真似をしとかなきゃ。この技はある方が良いな」
そう言って、環は、子分たちの住処の棟に行った。崋山は、見送った後イヴに、
「ああ言うけど、子分は人間じゃあないから喉の構造が別物なのに。練習するって言うのはどうなんだろう。無理と違うかな。イヴ、どう思う」
「4年前も、熱心にやっていたわね。ああいう熱心さ、お勉強にしてほしかったな。環は、利口そうに見えたのに、あの練習を始めてから、そうでも無いんじゃあないかなと分かったね」
「俺も、あの大学の成績はカンニングじゃないかとは思っていたけどな。透視できるだろう。連合軍に入って、ボロが出なけりゃ良いんだけど、心配だな。此処で一緒に暮らせばいいのに」
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