自動販売機

「はあ…もう少しで落とせそうだったのにな」

 男は大きくため息を吐きながら夜道を帰っていた。


 この男は先程、合コンで知り合った好みの女性と一夜を過ごそうとしていたものの、あえなく失敗してしまったのだ。


 お酒を飲み過ぎたせいか、その足取りはふらふらとしている。いつの間にか、男は通った事のない道に来てしまっていた。


「ありゃ?ここって何処だ?まあ、家の方向はこっちで合ってるし、このまま進めば知ってる道につくからいいか」



 一旦、来た道を戻ろうとしたが、たまには知らない道でも帰ろうと、そのまま進むことにする。


「こんな道があったなんてな。結構長い事ここには住んでるけど知らんかったな…ん?」

 街灯がまばらに点在するこの通りは、なんだか不思議な空気が流れているように感じられた。そんな中、ちかちかと外灯が点滅している下に古ぼけた自動販売機が彼の目に留まった。


 気になった彼は自動販売機の前に来ると、見た事のないジュースが売られていた。


「ぶっはっ!なんだこのジュース!」

 思わず男は噴き出してしまう。


 それも当然だろう。自動販売機に売られているジュースのラベルには『加齢臭が香る新感覚炭酸ジュース』や『その匂いにきっとあなたも虜になる――一度飲んだら辞められない!癖になる死臭味』という、本当に売る気があるのか分からない、そのジュースについてのアピールポイントが書かれていたからだ。


「写真でも撮ってインスタにでも乗せとこ。こんなの誰が買うんだよ」

 そう言いながらも、男は『魅惑的な香りシリーズ第一弾!四十代マダムの香り』というジュースを買ってしまう。




 お金を入れてボタンを押すと、いきなり自動販売機から中年の女性が出てきた。


「は…?」

 突然の事に戸惑い女性を見ていると、女性はなきながら「やっと出れた…やっとでれたのね」と泣きながら蹲ってしまう。


 その状況に困惑した男は、女性に話を聞くために近づこうとした。しかし、その瞬間、自動販売機の中に引きずり込まれてしまった。


 自分がなぜこんなことになったのか、理解できなかった。大声を出してみても、身体を動かそうとしても何も出来ない。男がパニックになっていると、先程の女性が申し訳なさそうな顔をしながら、お辞儀をして去って行ってしまった。


 それを見て、男は気付いてしまう――この自動販売機の商品を誰かに買ってもらわなければ、自分は永遠にここに閉じ込められたままなのだということを――。



 自動販売機には『魅惑的な香りシリーズ第一弾!四十代マダムの香り』の商品があった場所に『夜の元気がない人にオススメ!!常にアソコが熱々になれる』という商品が新たに並んでいたという。

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