跳ぶ

 女性はコインランドリーの店内の中で悩んでいた。この街に引っ越してきてから、約数か月――それまで積もっていた雪も溶け、春の日差しがぽかぽかと気持ちの良い日だった。


 こんな日は洗濯に限る――そう思い、コインランドリーに来たはいいのだが、大きく「スタート」というボタンの横に『跳ぶ』というボタンがあるのだ。一体これはどういう事なのだろう…不思議に思い、このボタンについての説明がないか探してみたが、どこにもない。


 店内にもう一人客は居るのだが、男性だったので話しかける勇気が出なかった。女性は物心がついた時から何故か男性が嫌い――というよりも、男性恐怖症だったからだ。


 悩んだ末、好奇心の方が勝ってしまい女性は『跳ぶ』のボタンを押してしまう――だが、何も変わった事は起こらない。洗濯物が乾燥するまで二時間…家に帰ろうと思ったその時、女性の視界が揺れる。


 ぐーるぐる――ぐーるぐる――



 洗濯物の様に視界がぐるぐると周る――。







 いつの間にか彼女は古臭い室内にいた――というよりも、


 その室内には彼女の他に若い女性が一人…その女性はロープで縛られて転がっている。助けようと思っても身体は動かない、それに声も出ない。


 だが、彼女はこの光景になんとなく見覚えがあった。生活感のない部屋に、たばこのヤニでくすんだ壁紙――そんな事を考えていると、玄関のドアが開く音が聞こえてきた。


 室内に入って来たのは一人の中年男性――その顔は削いだように肉の落ちた頬に、頑固で神経質そうな性格そうだった。そして、ニタニタと好奇の目で室内で縛られている女性を観察している。


 男性が室内に入ってくると、縛られている女性は芋虫のように暴れはじめる。



 彼女は室内に入って来た男性の顔を見て、全てを思い出した。




『私は前世でこの男に殺された――』






「――すか。――大丈夫ですか?」

「え…?」


 気が付くと彼女は店内に戻ってきていた。声の方を見ると、先程店内に居たもう一人の男性が彼女に話しかけていたのだ。その男性の顔を見て彼女はぞっとする。


 男性はニタニタとした好奇の目で彼女を見ていた――その顔はまるで‥‥‥。



「あなたもこの『跳ぶ』というボタンを押したのですね…もしかして、



 その日以降、彼女の姿を見た者はいない。

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