第3話 魔法少女発見⁉︎

 ブラックリンは闇の中から現れる。それは完全な常闇という意味ではない。人間の心の闇と、ほんのちょっとの影があれば良い。

 暗闇から、のっそりとそれは生まれて、人を襲う。人を襲う理由は、闇を求めてと言われている。ブラックリンは闇をこの世界に広げるため、生きているのだ。

 魔法少女は、ブラックリンと背後にある謎の組織を倒すために、存在する。

 今日の月代まぎかは、そのブラックリンを発見し、魔法少女へと変身し——


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 全力で、逃げていた。

 ブラックリンは離れず着いてくる。いままで出会い頭に戦闘をしかけ、粉砕していくばかりだったまぎかは、予想外の足の速さに驚愕していた。

 らしくない叫び声をあげ、らしくない汗を流し、らしくない顔で全力疾走中だ。

 魔法少女として可愛らしく戦う動画が上がるのは問題ないが、今の状況だけは、絶対動画に上がってほしくないなぁ、などと思う。


「うおおおおおおお!」

「この辺だよ、まぎか。ここから半径400メートル以内くらい!」


 そこは閑静な住宅街だった。なるほど、この辺り、か。思わずニヤリと笑う。

 繁華街だったら、もっと特定が難しそうだった。しかし、この人気のなさならば、きっと。


「きゃぁああ! なに、あれ!」


 道の脇から叫び声が上がる。視線をやると、手に持ったエコバックが地面に落ち、葉のついた大根が真っ二つに割れていた。


「大丈夫です! 問題ありません!」


 まぎかは叫びながら、天高く両手をあげ、変身を解く。一般人にもどったまぎかに対し、ブラックリンはついと足を止めた。

 自分の組織を狙う害悪=魔法少女を、優先的に撃破せよ。

 それが、ブラックリンの行動パターンだ。変身を解けば、まぎかは一般人。その時は、すなわち——。


「ぎゃああああ! いや、いや!」


 より近くの人間を襲うように、プログラムされている。

 ジリジリと、その辺の主婦風の女の人に、ブラックリンは近づいていく。主婦風の女の人は怯えて、尻餅をついた。

 ブラックリンの触手のような右手が振りかぶり、女の人を襲おうとする——まぎかは素早く、ポケットからリップ形の変身道具を取り出した。


 ベージュの中身を繰り出し、素早く1塗りすると、虹色の光が溢れ出し、一瞬、まぎかのシルエットが虹色になる。

 ひときわ強く光が放たれた瞬間、虹色の光は飛散し、そこには、茶色のフリフリドレスを身に纏った、まぎかがいた。髪型も変形し、長くなった茶色の髪がくるくると天高く伸びている。

 右手が振り下ろされる直前、ブラックリンは動きを止めて、サッとまぎかに視線を移した。


「ごめんねお姉さん、違ったみたい」


 まぎかはぺろりと舌を出し、主婦風の女の人にウインクしてみせる。彼女はどう考えても50前後で、普段ならばお姉さんと呼称されれば浮ついて嬉しくなる。しかし現在、顔は恐怖に歪み、いつの間におもらしをしていた。

 流石にこの様子では、魔法少女ではないのであろう。

 まぎかは再び、全力疾走で走り始めた。付かず離れず、やはりブラックリンはついてくる。

 先ほどの地点から、半径400メートル以内。

 しらみつぶしにコレを行えば、きっと。


「ふふ、ふふふ……。待ってなさいな、魔法少女!!」


 口元からよだれをたらしかねない様子で、まぎかはつぶやく。空中からふわりとポチャが現れて、「やり口が野蛮なんだよなぁ……」と呟いた。

 まぎかがギロリとポチャを睨みつける。その視線の鋭さに、ポチャは震え上がった。格闘タイプの魔法少女は、怒らせると手がつけられないのだ。

 と、走り続けるうちに、次のターゲットが見えてきた。若い少女だ。10代に見える。さらに、その背後にももう1人いる。こちらも10代の少女。思わず、まぎかは舌なめずりをした。なんだかんだと、魔法『少女』に選ばれるのは、この年代の少女のはずだ。


「変身——解除!」


 再び手を上に上げ、一般人へと戻る。背後からきたブラックリンの攻撃を素早く避ける。2人の少女達は足がすくみ、動けていない。

 ブラックリンは前方の少女へと近づいた。

 少女は動けないまま、ブラックリンは距離を詰めていく。

 その瞬間だった。

 炎が上がった。


 ブワッと、突如空中にあらわれた炎は、渦を巻き、トルネードのようにブラックリンを襲う。

 不意打ちの攻撃に、ブラックリンが抗う術はなかった。全身にその炎は燃え移り、苦しそうに身悶えだす。断末魔の叫びを聴きながら、まぎかは視線を前方の少女に向けた。


 炎は、彼女から発されたように見えた。

 ブラックリンが燃え滓の炭になる。炎も消えていた。凄まじい火力だ。これは、強力な力を持った魔法少女に違いない。それに、いかにも魔法らしい!

 まぎかはずんずん、前方の少女へと近づいていった。

 近所の公立高の制服の上に、短い丈のダッフルコートをあわせている。艶やかな黒髪を、低い位置で二つに結んで、前髪は金色のヘアピンで止めていた。大きな丸いメガネをしているが、よくよく見ると顔立ちはとても愛らしく、なるほど、魔法少女向きだ。


 炎に遮られ、変身姿を見ることは出来なかったがきっと素敵なことだったろう!

 黒い髪は炎のように赤くなるのかしら? それとも、元の髪色を残してボルドーのような暗い赤色?

 まぎかは少女の手を握りしめた。


「絶対、二つ結びはそのままよね!」

「ひゃぁ!」


 意味不明の言葉を口にして、手を握りしめていた不審な少女。その手を振り払おうと、二つ結びの少女は両手を上下する。

 その動作を握手か何かと勘違いしたのか、まぎかはうんうんと嬉しそうにうなずいた。


「私、月代まぎか! とりあえず、お茶をしましょう!」

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