第2話 魔法少女は身バレが怖い

「はぁあああ!!」


 凄まじい轟音と共に、拳で撃ち抜いたブラックリンの体が弾け飛ぶ。

 まるで対戦車ミサイルだ。

 油断せず、次の攻撃に備える。しかし、あたりを見渡しても黒い怪物の姿は見えない。ただ、地面に幾重にも重なったブラックリンの残骸があるだけだ。

 これも、いずれ黒い靄となって消えるだろう。


「どうだ! 見たか! 月に代わって正拳突き!」


 ビシッと、左の脇を閉めて、右拳を前にだし、ポーズを決める。

 あたりに人気はなく、シーンと静まり返っている。

 月代まぎかは素早く構えを解き、うずくまって頭を抱えた。


「うううううーーーーん! 伝説的美少女戦士と自分の苗字をかけて見たけど、やっぱり! しっくりこない! 決め台詞って難しいのね……!」


 そのまま地面をぐるんぐるんと転がり回る。お菓子売り場で駄々をこねる2歳児の、優に10倍は激しい動きだった。


「ああああ、というか、やっぱりしっくりこないのは決め台詞のせいじゃないのかしら。そうよね、絶対、あれが原因よね……。ねえポチャ、そう思うでしょ? 思うわよね?」


 ポチャ、と呼ばれた瞬間、人気のなかったこの場所に、生き物が現れた。

 まぎかの近くの空気が一瞬、歪んだかと思うと、ぐるりと渦を巻くように回転し、ネズミのようなウサギのような、奇妙な茶色の生き物が現れたのだ。もし目撃した人物がいれば驚愕し、ゆめかまぼろしを疑うことだろう。


「ウンウン、思う思う」


 聞き飽きた、と言うように、呆れた顔でポチャは言う。そんな投げやりな返答でも、まぎかは嬉しそうに返した。


「そうよね、そうよね、思うわよね」


 ポチャの小さな肩を掴み、ブンブンと振るいながら言った。



「やっぱり、魔法少女仲間がいないのが、問題よね!」



 パッと相方の手を放し、まぎかはその場を徘徊する。


「まったく、どうしてかしら? どうして出てこないのかしら? 普通なら二話目三話目でぽんぽん仲間になるはずなのに……。もうすでに、追加戦士が出てもおかしくないくらいの話数を1人で戦っている気がする……」


 茶色のレースアップシューズが、ばら撒かれたブラックリンの死体を何度も踏んづけて、ピチャピチャと音を立てた。


「マアー……それはやっぱり、アレじゃない?」


 ポチャがのんびりした口調で言う。


「アレ? アレって、なにかしら?」

「アレは……そう、アレだよ……えーと、なんだっけ……」

「なによなによ、気になるじゃない。早く思い出してよ」


 再びポチャの肩を掴み、機械音痴が壊れた電化製品を直そうとするかの如く、ブンブンと振るう。

 意外なことにそれが功を成したのか、ポチャがパッと閃いたように、宝石のような黄色い目を広げた。


「アレだよ! 人間たちが絶え間なく視線と集中をつぎ込んで、うっかり忘れて来てしまったら人生の一大事かの如く慌てふためく、摩訶不思議な四角いヤツ!」

「スマホね!」


 まぎかはスマホを取り出そうと、ポケットを探る。しかし、ポケットはなかった。


「! ない、ない、どこにもないわ!」


 そして、フリフリの服のあちこちを探し回る。ここにもない、あそこにもない、スマホがないとわかり、見る見る顔が青くなっていく。


「やばい、どうしよう! ブラックリンと戦っている時に落としたのかしら。それとも、家にあるとか。……いいえ! 家からは間違いなく持ってきたはず、ということは……」

「マギカマギカ」


 慌てふためくまぎかを、やはりのんびりした調子でポチャが呼びかける。


「変身を解いたら?」

「え? 変身を? あ、そうか」


 パッと天高く手を挙げると、その指先からまぎかの足元に向けて、不思議な変化が起きた。グレーのスクリーンが降りてくるように、まぎかの全身が服飾も含めて、全てシルエットになったのだ。

 そして、全身がシルエットになった瞬間、パッと光を一瞬放ち、次の瞬間には、シックなデザインのお嬢様然としたワンピース姿になっていた。

 髪型も変化し、ゆるくパーマがかかったロングヘアとなる。頭には、小さなカチューシャがついていた。


「あった! ポケット! そしてスマホ!」


 サイドのポケットから取り出したスマートフォンを、宝物のように大事に掲げる。

 謎の全能感と幸福感に包まれながら、あら? 私は一体なんの話をしていたのかしら? と首を傾げる。


「ああそうだ。どうして仲間が出てこないのかしらって話だったわね。で、ポチャ。その話とスマホが、どう繋がるの?」

「アクセスアクセス」


 言いながら、ポチャがスマホをいじろうと手を伸ばす。まぎかは、ロックを解除してやった。ポチャは慣れた手つきでスマホを受け取り、一つのサイトにアクセスした。

 若い世代に大人気の、動画投稿SNSだ。

 そして、一つの動画が再生される。そこに写っていたのは、フリフリなデザインの派手な茶色のドレスを身に纏い、ブラックリンと戦う少女の姿だった。

 長い茶色の髪をくるくると天高く巻いた特徴的な髪型と、意外と力強い瞳と眉が特徴的な、愛らしい顔立ち。

 間違いない。変身後の、月代まぎかの姿だった。


「あらあらあらら」


 目を丸くして、まぎかは画面を食い入るように見つめた。

 画面の中のまぎかは、華麗にブラックリンの攻撃を避けて、目に手刀を決めている。


「わかっていたけど、わかっていたけど……」


 続けて画面の中のまぎかは、ひるんだ敵目掛けて、必殺技のハイキックをしている。


『この世の闇は、この私が蹴り出しますわ!』


 と、やはりしっくりこなくてボツにした決め台詞を叫びながら。


「やっぱり、いまいち魔法少女っぽくない!」

「マアマア」

「普通はもっとこう、魔法っぽく! 火とか水とか雷とか操ったりしない?」

「でもほら、まぎかは格闘タイプだから」

「格闘タイプって! ポケ◯ンじゃありませんのよ!」


 ぐぬぬぬと、納得いかない表情で、画面を見つめ続ける。その視界に、ポチャの小さく毛むくじゃらな手が伸びてきた。

 ツンツンと画面をタッチすると、画面ないに文字が滝のように流れてきた。


『なにこれ? マジ?』

『魔法少女乙』

『現場で見てた! 特撮じゃないよ、マジだよ!』

『いや完全に合成だろ』


 全てを追うことはできないが、いくつかの文字を拾えたまぎかは、次の文章に驚愕した。


『あれ? A組の月代さん?』


 月代まぎかは某私立学園に通う1年A組の生徒である。


「なるほど」


 そういえば、最近学園内で妙な視線を感じることがあった。何かを訊ねたそうな表情で、クラスメイトが見つめてくることもあった。

 なるべく人目につかないように魔法少女活動をしてきたつもりだったが、そうか。SNSに動画があげられてしまえば、目撃者の数は爆発的に多くなる。必然、まぎかの事を知る人物にぶち当たってしまう可能性も高くなる。

 一度知人の目につけば、その人物から噂が経ち、あっという間に広がってしまう。

 身バレ——。

 ぶるりと背筋を震わせた。

 おそるおそる、傍のポチャに視線を向ける。


「あのねポチャ? もし、もしもなんだけど。正体がバレちゃった時のペナルティとかはあるのかしら?」

「うーん、マア面倒だからあまりオススメはしないけど、バレてもペナルティとかはないかなぁ」


 変わらず、のんびりとした口調で返ってくる。まぎかはほっと胸を撫で下ろした。


「そう。なら、何の問題もないわね!」


 一転、はればれとした笑みを浮かべる。月代にとって魔法少女とは輝かしい夢であり、手に入れたこの力は勲章だった。


「まぎかは良くても、他の人は嫌なんじゃない?」

「なんで?」


 まぎかはぱちくりと瞬きする。理由がまるでわからない。ポチャは呆れたように大きくわざとらしいため息をついた。


「ううん、まあボクもなんで? という気持ちはあるけどねぇ。前現世に来た時は、恥ずかしいって言ってたよ」

「恥ずかしい? なんでですの?」

「ウン、フリフリの衣装とか、変身時のシルエット化とか、年齢的にギリギリアウトとかが恥ずかしいと言ってたよ。それにやっぱりバレちゃって、すごく恥ずかしいって」

「ふむ」


 まぎかはふと考える。フリフリの衣装はめちゃくちゃ可愛い。その前回の子の衣装はいまいちだったのだろうか? シルエット化は定番だし、まぎかの年齢は高2だが、魔法少女になれるのならば、多分30歳でもなっただろう。


「随分とお年寄りを選んだのね、ポチャ」

「まぎかよりひとつ年下の子だったよ……」

「ふむー〜〜」


 ならばますます分からない。分からなすぎて前方宙返りでもしたくなったが、変身前なのでできなかった。格闘タイプの魔法少女は変身すると、身体能力が著しく向上するのだ。


「とりあえず、疑問は置いておくわ。まずは問題を解決することね。話は分かった」


 スマホの画面を閉じ、まぎかは勢いよく言った。


「ポチャは他の魔法少女が出てこないのは、身バレが恥ずかしいからだと言うのね」


 ビシッと、正拳突きが空を切る。



「それならば、炙り出してやるのみよ! 魔法少女の名にかけて!」



「炙り出すって……まぎか、どうするつもりなの?」

「確か、他の魔法少女の場所、大まかになら分かるって言っていたわよね」

「ウン、本当に大まかに、だけどね」


 心もとなさそうにポチャが言う。彼もなんだかんだ、まぎかの他の魔法少女が所在不明な現状を憂いているのだ。

 そんなポチャに対し、まぎかは自信満々に、にやりと笑った。


「それで十分。策はあるわ」

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