第32話(真愛視点)

水族館の帰り道。タイミング悪く雨が降ってきた。しかも本降り。

傘なんか持ってない。天気予報のウソつき。気分サイアク。

でも、なんとなく嬉しい——。冷たいし寒いけど肌に触れるだけで暖かく感じる。もう訳わかんない。取り敢えず、今の雨は荒んだ心が安らぎ、気が紛れる。


“——もし、たった一人の友人がこの場でセンパイのことが大好きだって叫んだら、どうします?”


「なんでウチ、あんな事言ったんだろ……」


今日、元々は言うつもりなんてなかった。まだ我慢しておきたかった。

でも好きが溢れて口から零れてしまった。

文の前に“もし”とか付けて誤魔化したけど、流石に気付かれたかな。

それか普段からセンパイのこと揶揄ってるからただの冗談だと思われてるかも。いや、それはないか。

だって——、


「なんかフラれちゃったし……」


センパイの顔が一瞬強張ったのが分かった。

センパイのくせに凄く真面目な顔だった。

予想通り即答でゴメンと謝られたけど、彼なりに真剣に考えてくれたと思う。

デリカシーの欠片もない人間がとても気まずそうに答えてくれたから。

それだけでも嬉しい。ワタシを少しでも気遣ってくれたことが、とても、とても——。


「ウチってホント、バカだな~。どうしようもないぐらいバカ……」


後悔が脳裏で渦巻き、なんだか胸が痛い。

あの時言わなければ良かったのにと何度も何度も悔やむ。

でも悔やんだ所で事実は変わらない。


ワタシがセンパイのことが好きだという事実——。

センパイは桜庭さんのことが好きだという事実——。

センパイにとってワタシは数少ない友達という事実——。

日南真愛という女がサイテーだという事実——。


全て何も変わらない。


自暴自棄になって静かに天を仰ぐ。顔に容赦なく降り注ぐ雨粒が頭を冷やしてくれる。

せっかくセンパイのジャケットで暖まったのに、全身の肌がゆっくりと冷えていく。


「真愛」


背後からワタシの名前を呼ぶ声。センパイが追いかけてきたのかと横目で確認するが全然違った。

真っ黒な傘を差した見知らぬ女がぼやけて映る。


「そのままだと体が冷えちゃう。あたしの傘に入りなさい」


見知らぬ女がこちらに歩いてきて、真っ黒な傘を差し出す。

女の声に聞き覚えがある。この香水も嗅いだことがある。

脳より先に体が反応し、強烈な嫌悪と吐き気が押し寄せる。


「久しぶりだね、二年ぶりくらいかしら?」


ああ、分かった。アイツだ。

なんでアイツがこんなとこにいんの?


“日南涼音”(ひなみすずね)——。ワタシの姉が今、目の前で見たことない笑みを浮かべていた。



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