第15話
別れて以来初めてとなる一途からお誘い。
今日は吞気に講義なんか受けている場合ではない。
一度自分の家に戻り、酒臭いジャージから小奇麗な洋服へお着替え。
一足先に待ち合わせ場所である最寄り駅構内に到着し、周辺をウロチョロ。
まだかまだかと腕時計と睨めっこ。傍から見たら不審者同然だろ。
「——よっ」
ソワソワ辺りを見渡していると背後に人の気配。
短い挨拶とともに肩を小突かれた。
「おっ、意外と早く来たな……って……?」
この声は一途だ!
背後を振り返り、彼女の姿を確認。そしてオレは言葉を失う。
「ちょっ、ちょっとー、どした~?」
「……」
「そんなずっと黙られるとメッチャ恥ずい。なんか私の顔に付いてる?」
「……」
「せめて何か声出してよ」
「……」
一途の方を向いたまま完全に放心状態。口を開けた状態で彼女の姿に見惚れる。
それもそのはず、今日の一途はどこか色っぽい。つい先日までほぼノーメイクだった顔が妙に垢抜けている。
洋服もいつもなら肌面積の少なめのものしか着ないのに今回はわりと大胆。股下八十センチ越えの脚線美を外気に曝け出す丈の短いスカート。横から少しでも風が吹けば、中が見えてしまいそうな刺激的なコーデだ。
「ゴ、ゴメン……‼オシャレとか美容にまったく興味なかったお前が急に化粧してスカート履いてくるとは思わなくて……。正直、見慣れない姿に困惑してる」
「もしかして似合ってない?」
「ううん。超似合ってる。雑誌のモデルさんみたい」
「いつ聞いてもアンタの褒め言葉は胡散臭い」
「いや、ホントだって。マジで似合ってるから‼」
ただし似合ってはいるけど、年相応のファッションかと訊かれると微妙だ。
元々のスタイルや美貌にあまり気にならないが、服装だけ見ると休日で浮足立った女子高生のようだ。最近の大学生はそこまで肌を露出しない。
「ジーッと固まってけどなに?何か言いたげだけど……」
「別になんでもない。キミが美し過ぎて一向に目が離せないだけだ」
「きっも」
ここで変に指摘すると一途の神経を逆なでてしまう。本音は心の奥底に仕舞い、彼女を褒めることに徹した。
口では小さく罵倒を繰り返す一途だが、表情は満更でもなさそう。口角が緩んで嬉しそうに頬を赤らめる。
「てかアンタ一体、何分前に来たんだ?」
「スマン。一時間前からここにいる……」
「マジで張り切り過ぎだろ。普通に引くわー。待ち合わせ時間まで全然まだじゃん」
「そう言うお前だって既に待ち合わせ場所にいるじゃないか」
「私は……その……意外と電車が早く来ちゃって……それで……」
「相変わらずウソが下手だな」
「くっ……‼ウ、ウソじゃないし……」
拳を強く握り締め、恨めしそうに唇を噛み締める。衆人環視を気にして、声を荒らげるのは控えるようだ。
「じゃ、じゃあ……、あそこのファミレス行こ」
「えっ……、ファミレス……?」
華やかな飲食店が駅周辺に建ち並ぶ中、彼女は歩いて百歩先にあるファミレスを選んだ。
味はある程度保証されているので、嫌では無いのだが……。
「ゴメン。普段外食しないからファミレスしか飲食店知らない」
「あっ、そうなんだ……」
伏し目がちにそう呟かれた。
「そもそも一緒に遊ぶ相手、一人もいないし……」と次いでに悲しい事実も漏らす。
■■■
「――何名様ですか?」
「二人です」
「禁煙席と喫煙席がございますが……」
「禁煙席で」
自分達と同世代ぐらいの若い女性店員に窓際のボックス席まで案内される。
「今の店員さん、私のことずっと見てた」
「バカみたいに可愛いから見惚れてたんだろ」
好奇の目に晒され、恥ずかしそうに身を捩る一途。
やや背を丸めた状態でオレと正面から向き合う形で席に着く。
「メニュー何する?」
「——て、てりやきハンバーグ」
「そういや昔違うファミレスで食った時、同じようなヤツ頼んでたよな。クソ懐かしいわ」
「やっぱ、これにする」
「いや、わざわざ変えなくてもいいのに……」
何気ない一言だったのだが、変に意識させてしまったようだ。
てりやきハンバーグのすぐ隣に記載されていた大根おろしハンバーグを指差す。
「ハンバーグ、今も大好物なんだ?」
「うん……」
「一途のお母さんのハンバーグ滅茶苦茶美味しかったよな?」
「なんで急に、お母さん出てくんの……?」
「この前、家に凸ったとき久しぶりに声聞いたから……なんとなく」
「あっそ」
オレの口から“お母さん”というワードが出てきた瞬間、肩をビクつかせた。
その過剰な反応に少し違和感を感じる。
「お母さん元気?」
「まあまあ」
「今も仕事頑張ってる?」
「辞めたよ。今は、その……休職中」
「やっぱ体調悪い感じ?」
「アンタには関係のない話。あんまお母さんのこと詮索しないで」
ギリギリと歯を食いしばり、閉じられたメニュー表を睨み付ける。
「他に食べたいもんない?」
「ドリンクバー」
「りょーかい」
母親の話題を中断し、呼び出しベルを押す。
先ほど接客してくれた若い女性に注文の品を伝えた。
「飲み物何する?」
「オレンジ……じゃなくて、コーヒー」
「わかった。オレンジジュースね」
「ちょ、ちょっと……⁉」
オレは席を立ち、そそくさとドリンクバーの場所まで歩いていく。
一途は複雑な表情を浮かべながら、窓の外に視線を移した。
大好物なオレンジジュースを敢えて頼まず、敢えて大人っぽいコーヒーを選ぼうとするクセは治ってない。大学生になって身も心も成長しはずなのにオレの前ではいつまでも思春期のままだ。
ちなみにオレもオレンジジュースを選んだ。頼んだ料理も大根おろしハンバーグである。
■■■
「あの、そろそろオレの方見てくれない?」
「……」
ドリンクバーから戻ってきて、五分ぐらいが経過。
間もなく頼んだ料理が来るというのに、一向に口を開かないし目線すら合わせてくれない。
ずっと窓の外を退屈そうに眺めている。
「自分から誘っておいて、だんまりは酷くない?」
「——んっ」
ようやく一瞬だけオレの方を見てくれた。瞳孔が僅かに荒ぶり、動揺の色を示す。
この場合は動揺というより緊張と捉えた方が適切かもしれない。
「なに喋ればいいか分かんない」
「この前家に来たとき、なんか適当に色々喋ってたじゃん」
「あれはお酒の力で暴走してただけ。そもそも真面に言語話せてなかったでしょ?」
「うん。呂律が崩壊しててほとんど解読不可能だった。お酒弱すぎて超ウケる」
「それ言うならアンタも大概よ。缶ビール一つでほぼ泥酔状態とか笑えない」
「オレ達今でも似た者同士かもな」
「そういう唐突に来るキモ発言やめて。鳥肌が立つ」
こうやってシラフの状態でフランクに彼女と喋れる日が来るなんて夢にも思わなかった。
久しぶりに再会して数日が経つが、未だに現実味がない。
目の前にいる女性は本当にあの一途なのか——。大学生になった彼女はどこか儚げで目を離した隙にまた消えてしまいそう。
楽しい時間なのに別れたあの日の記憶がフラッシュバックして、寂寥やら恐怖やらネガティブな感情達が頭をもたげる。
「——ご注文の大根おろしハンバーグです。鉄板が大変熱くなっておりますので、触らないように気を付けてください」
ジュージュー鉄板が焼かれる音とともに、注文した料理が机に二つ置かれる。
白い煙が辺りに充満し、正面に座る一途の顔が見えなくなった。
「高校の時、熱々の鉄板思いっ切り触って大やけどしてたよな?」
「そんなくだらないことまだ覚えてんの。もう忘れなさい」
過去のトラウマはフラッシュバックするが、同時に楽しかった思い出も次々と蘇ってくる。何気ない一つ一つのワンシーンが克明に——。
「あのやけど中々治らなかったよなー」
「さあ、知らない。詳しく覚えてない」
一途は羞恥を紛らわすように大口開けて激熱ハンバーグをパクリ。案の定、熱そうに喉元を抑えつつ、手元に置かれたオレンジジュースを口の中に流し込む。
「慌てて食うな。前みたいにヤケドすんぞ~」
「だから……その事は……忘れて‼はやくぅ……ゲホゲホゲホゲホッ‼」
派手に咳き込み、息を切らしながら声を荒立てる。
オレにとっては些細な笑い話なのだが、彼女にとって掘り起こされたくない黒歴史らしい。
「水取って来ようか?」
「お、お願い……」
またヤケドされては困るので、冷たい水を汲みに行く。
たかがご飯を食べるだけで大騒ぎ。
毎度気丈に振る舞おうとするが、余計にボロが出て空回してしまう。本人はそんなに自分にコンプレックスを抱いているようだが、ずっと傍にいたオレはそういう所が面白くて——好きだった。
「水、あんがと」
「どういたしまして」
オレが持って来た水をガブ飲み。口の端から溢れた水が滴る。
「ちょっと落ち着いた?」
「うん……、まあ……」
おしぼりで口元を拭き、大きく深呼吸。
今度はちゃんとオレの目を真っ直ぐ見て、姿勢を正す。
「つかぬ事をお聞きしますが……今、彼女いる?」
「ほんとにつかぬ事だな。どうして、そんな事きく?」
「だって、この前フードコートで可愛いギャルと一緒に――」
「だから、アレはただの後輩。バイト先が一緒で仲が良いだけ」
「喋る相手がいないとかボヤいてたクセに、ちゃっかりいるじゃん……。信じらんない」
不貞腐れたように目を据わらせ、水を一口含む。
再びオレから視線を逸らし、黙々とハンバーグを食べ始めた。
「今日、可愛いギャルの家に泊まったんでしょ?」
「なんでをそれを……?」
「本人から直接聞いた」
そう言って一途はLINEのトーク画面を開き、オレに渡してきた。
トーク相手は"真愛"。アイツだった。
『元カノさん、こんにちは!!日南真愛でーす。桐島センパイからID教えてもらいました。これからながーい付き合いになると思いますが、仲良くしてください!よろしくお願いしまーす!!
これは余談ですが、昨日はセンパイと一夜を共に過ごしちゃいました♡』
ウサギのてへぺろスタンプとともに、オレのマヌケな寝顔写真が送信されていた。
「ちゃっかりお泊まりデートしてんじゃん」
「誤解するな。これはお泊まりデートじゃない。アイツ(真愛)はただ自力で帰れないぐらい泥酔状態だったオレを仕方なく持ち帰っただけだ」
「はいはい、そうですか……。そういうことにします」
「絶対信じてないだろ……」
ちゃんと事実を述べたが忽ち不機嫌になり、スマホに映る写真を凝視する。
「てか、オレが誰と付き合おうと一途には関係なくない?」
「んっ……⁉」
「オレのこと心底興味ないとか言ってたくせに、めっちゃ咎めてくるじゃん。おかしくない?矛盾してない?」
「——」
冷たい態度と物言いでオレを突き放そうとするが、最後まで完全に突き放し切れない。
一途はきまりが悪そうに視線を床に落とし口を噤む。
「勘違いだったらゴメン……。もしかしてオレのこと、まだス——」
「勘違いしないで。そんな事有り得ないから‼」
オレの言葉を遮って、全力で否定された。
極限まで目を細めてオレの方に冷え切った視線を向ける。しかし、唇が僅かに震えていて、青く変色していた。心なしか顔色も悪く、異常に真っ白だ。
「私はもうアンタには興味ない。好きじゃない。だからあの日、屋上で別れた……。とっくの昔に未練は断ち切ったはず。なのに、なのに……なんで、今更——」
「未練ってどういうこと?浮気したのに未練もクソもなくない?」
「うん……そう……。私は他の男と浮気したんだ。そういう事になってるんだった……」
一途は苛立ちを紛わすように長いを髪をクシャクシャにして、何かブツブツと呟く。
「ほんと、アンタの顔を見ると頭おかしくなる」
「オレのせい?」
「そう。アンタのせい」
やけくそに残りのハンバーグを平らげ、静かに手を合わせる。まだ食べ終わってないオレを尻目に慌ただしく荷物を纏め始めた。
「先に帰るね」
「いやいや、まだ話足りてないけど」
「これ以上、アンタと一緒の空間にいたら、また心にもない事をポロッと言いそう。それが凄く怖い」
「なんだよ、それ……」
「会計の時はこれ使って」と財布の中から適当に諭吉一枚を机にポンと置かれた。
「ちょ、ちょい‼この金額は多すぎるし、他人に奢られるのは性に合わん。男が廃る」
「いいから受け取って。これは私からの“謝礼金”みたいなモンだから」
オレは慌てて机に置かれた諭吉を突き返すが、一途は頑なに首を横に振る。
どうやら奢る意志は固いようだ。
「就活頑張って」
「お、おう……」
一途は短くそれだけ言い残し、颯爽と出入口の方へ歩いて行ってしまった。
去り際、一瞬だけ不出来な笑顔を浮かべていたように見えたが、あれはオレの見間違いか。
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