第25話:仙骨

「ねえ、いつになったらノットーは見つかるの?」

「申し訳ありません」

「まったくもう……わたし、早く帰りたいんだけど!」

「承知しております」

「そう思っているなら早く私を完璧にして! 完璧にならないとノットーが見つけられないじゃない!」


 ――なんだ……?


 レグルスは聞こえてくる声によって意識を浮上させた。すると瞼を開けた感覚もないのに、見たことのない光景が視界いっぱいに広がっていく。青い絨毯、青いステンドグラス、青い天井と黒い壁。全体として青と黒でまとめられた印象の部屋は巨大で広く、どこかの神殿の様に見えた。その奥に置かれているのは玉座というべき椅子で、そこには少女めいた人物が足を組んで座っている。むくれた顔は可愛らしく、どことなく、ミレイに似ていたが、ミレイと違って髪は深い青だった。瞳もコバルトブルーで、意志が強そうな眼差しをしている。見た目から感じる年齢も、ミレイとさほど差はなさそうだと思いながら、レグルスはその光景を眺めていた。残念ながら体を動かすという感覚が一切ないから、眺めるしかできないのだ。


 ――場所もさることながら、視点の位置が分からないな。360度すべて視界に入るってどういうことだ。体は動かないのに、どうして……。


 疑問に思ってもほかにできることがないので、レグルスは部屋全体を観察した。玉座に座る少女の前には、初老の男が距離を開けて跪き、恭しく頭を下げている。身にまとっているローブは手の込んだ意匠が施されているので、それなりの地位の男なのかもしれない。そしてその男の少し後ろには、銀髪の子供が同じように跪いていた。レグルスはこの部屋にいる人物たちをそれぞれ観察し、結局なんだか分からないと結論づけた。これがなんであるかを判断するには情報が不足している。分かっていることは、360度の風景が視界に入っても自分の姿はまるで見えないこと。視界の起点となっている場所の真下には、ベルベッド生地の貼られた木製の台座があること。またその台座の上に木製でできた棒状のものが伸びていることだけは分かっている。


 ――なんとなく……自分が杖になっているような気がしてきたが、さすがに人間は杖にはならないよな。


 もしや意識だけが杖に封じ込められた状態か……なんてことを考えたが、レグルスはつい先ほどまでミーズの森で戦っていたはずだった。神官の杖に殴られ、意識を乗っ取られそうになっていたが、あの後はどうなったのか。そう思っていると少女が「それでぇ? その森に『仙骨』があるって本当なの?」と呟いたので、レグルスはぎょっと眼を見開く。見開く眼があるかも不明だが、感覚としては開いたのだ。それくらい衝撃的な台詞だった。


 ――『仙骨』が……森に? どこの? いや、そもそも『仙骨』がまだこの世界に存在しているのか?


 『仙骨』とはレグルスとミレイが探している『骨』の中でも、特別な位置にある『骨』である。仙骨は『骨』の中でも大きい骨で、大きな『骨』は強い力を持つ。実際にミレイは大きい骨である『肩甲骨』を持つゆえに神なのだ。他にも大きな骨としては『頭骨』、『大腿骨』、『手腕骨』などがあるが、その中でも『仙骨』と『頭骨』は特別なものだ。なぜならその2つはノットーで過去に作られた神の実験作の基礎となった骨だからだ。ノットーの中で『ほぼ完成品』とされたミレイは3作目で、『肩甲骨』を基礎にして作られている。その前に1作目と2作目があり、1作目が『仙骨』、2作目が『頭骨』を基礎に作られているのがノットーに残された記録によって分かっている。だがそのどちらも失敗とされ、『仙骨』、『頭骨』ともにノットーから失われてしまっていた。


 ――記録では完全に失われたとされているが……まさか下界に廃棄したのか? いや……『仙骨』や『頭骨』を取り出そうともせず、下界に落とすわけがない。誰しも再利用を考えるはずだ。つまり……1作目と2作目の『神』は下界に逃れたんじゃないか?


 実際に3作目であるミレイもノットーの大半を破壊して下界に降りている。1作目と2作目も同様にノットーから下界に降りているというのなら、ノットーを飛び出すのはもはや神の習性なのかもしれない。そもそも神という扱いになるほど強い力を秘めた『骨』を持った存在を、いったいどうやって処分するというのか。小さな『骨』を持つ程度の賢者たちがいくら束になっても敵いやしないだろう。レグルスが答えのないことをぐるぐると考えていると、少女の問いに初老の男が顔をあげた。そして胸に手を当てると落ち着いた声音で話し出す。


「はい。大陸の中心に位置する森は異常なまでの豊かさを誇っています。四季を無視した花々が咲き乱れ、果実が実る周期も早い……。なにかしらの強い魔力があそこに作用しているのは間違いないでしょう」

「ふーん? あの森ってとっくに探し尽くしてたんじゃないの?」

「魔力が通っている側は、砂漠にほど近い方面でして……間に妖精の住まう森もあるゆえに、発見が遅れておりました。また現地の調査員とも連絡が取れなくなっており、死亡している可能性があります」

「なにそれ? それが言い訳になると思ってるの?」

「いえ……返すお言葉もありません……」


 少女は高慢な様子でそう言い放ち、身にまとっている黒いドレスを蹴とばして立ち上がった。そしてゆっくりとレグルスの視点がある場所へとやってくると、手を伸ばして何かを掴む。その瞬間に視界がぐるっと回った。それにレグルスはやっぱりと納得する。


 ――……俺の視点は杖ってことで間違いなさそうだな。


 少女はくるくると杖を回しながら、跪く者たちの方へと向かっていった。そして目の間で止まると、初老の男の首元へ杖を突きつけた。初老の男はもちろん、後ろに控えている子供も微動だにしない。しかしレグルスは自分の視界の起点が先ほどよりも位置が下がったことで、男の後ろにいる子供の瞳が髪と同じく銀色であることに気が付いた。知ったところでどうすることもない情報であったが。

 

「まあいいわ。お前が私のために頑張ってきてくれてたのは知っているもの。ちゃんと結果を出してくれるなら、なんでもいいわ。ほら、これを受け取りなさい」


 少女がそう言って杖を男に差し出した。男は恭しく杖を受け取ると、低頭した。レグルスは下から見上げるような形で少女を眺めていたが、見れば見るほどミレイに顔が似ている。ただ胸部にフランと同様の膨らみがあったので、この人物の性別は女性で間違いないだろう。


 ――この少女も『神』なのだろうか。


 ミレイに似ているので、レグルスはなんとなくそう思った。次の瞬間、その少女は頬を両手で押さえてうっとりとした表情で笑った。その表情もまた、ミレイがレグルスの前で時たまするものに似ている。レグルスは少女を通してミレイを思い出しながら、その少女の言葉を聞いていた。

 

「なんでもいいから、私を早くノットーに返して頂戴。私のレグルスがもう生まれちゃってるかもしれないでしょ!」


 ――……?


 レグルスは少女のその言葉を皮切りに、急激に意識が遠のいてきた。ぐらぐらと頭が揺れるような、意識が消滅するような感覚。眠りとはまるで違う、重しで意識を摺りつぶされるようなそれに、いまの体験は杖の魔力を通してみた過去視であると確信した。おそらく先ほどの少女が男に渡した杖が、神官がレグルスに振るったものなのだろう。殴られ、意識を乗っ取る目的で肉体へと放たれた魔力に抗うがゆえに、杖に沁み込んだ場の記憶がレグルスに流れ込んできたのだ。しかしその体験も終わり、こうして意識が失われつつあるということは、レグルスが神官に敗北するということだろう。


 ――ま、ずい……もう……意識が……。折角……重要な……ことを……知れたかも……しれないのに……。せめて……これを……ミレイに……。


 そこまで思って、レグルスは即座に違うと思った。ミレイは情報なんて欲しがらないだろう。ミレイが求めている結末はレグルスの『神』になることだ。レグルスはその望みをもっとも親しい友人として支えている。ミレイの望みを叶えることは、友人であるレグルスからすれば当然のことだ。だからこうして、結果として命を懸けて戦っている。しかし命を懸けても、死んでいいわけがない。あっさりと諦めるわけにはいかない。自分が生きていないと、ミレイの望みは根本的に叶わないのだから。

 レグルスは朦朧とする意識の中、手を伸ばした。筋肉が動く感覚すら曖昧で、目当ての物を掴める保証もない。しかし何もしないよりも、可能性が0.1%でもあるというのなら、動くほうが良い。何もしなければ可能性は生まれないのだから。


 ――ま、けないっ……!


 右も左も、上も下も分からぬ中、それでもレグルスは何かを掴んだ気がした。

 


 

 *******



「なっ……!馬鹿なっ……!」

「っ……?」


 徐々に意識が鮮明になると同時に、レグルスの視界も安定してきた。宙を舞う杖と腕。レグルスはぐちゃぐちゃで今にも落ちる意識の中で考え付いた作戦が、功を成したことを理解した。作戦というのも烏滸がましい、咄嗟に思い付いて反射で行ったようなことだったが、それでも上手くいったようだ。


「ははっ……なんとか、なるもんだな……」


 レグルスは杖を持つ神官の右腕を切り落とすことに成功したのだ。杖がかけてくる洗脳の魔術を解除していっていたが、魔力が注ぎ込まれ続けると間に合わないので供給を途絶えさせたかったのだ。流石に破壊は難しいだろうから、それならば神官の腕を落としてしまえと一か八かで魔力を通したナイフを振るったのだが、狙い通りに神官の右腕を斬り飛ばせた。

 離れたところに杖は落ちたので、洗脳の魔術がこれ以上かけられることはない。あとは落ち着いて、いま掛かっているものを解除すればいいだけ。レグルスはいまだ足に震えがあったし、体中が重くて仕方がなかったが、それでも意識ははっきりしていた。


「貴様っ……!よくも……!」


 神官はなくなった片腕を抑えていた。衝撃があったせいか、目ぶかに被っていたフードは外れており、顔が露出している。神官の素顔は、レグルスとさほど年頃が変わりないように見える、銀の髪と瞳をした青年だった。先ほど見た、夢のような映像の中に登場した子供と顔立ちがよく似ている。レグルスはその事実に少しばかり目を丸くした。てっきり、初老の男性の方が出てくるかと思っていたからだ。

 神官が失った右腕の止血を始めてくれたおかげで、レグルスはある程度動けるほどに魔術を解除できた。残念ながら、一度意識を失っていたようで神官を捕らえるために発動させた魔術は消えている。しかし片腕を失ったのだから戦力は間違いなく落ちたはずとレグルスが立ち上がったところで、森の向こうから眩いほどの青白い輝きがした。


「なんだっ……!?」

「ああ、浄化に成功したのか」

「……ッ!」

 

 ポツリとそう言葉を漏らせば、神官は落ちていた杖を引っ手繰るようにして拾い、走っていく。どうやらレグルスを殺すという優先度が下がったらしい。あまりにも変わり身が早いそれにレグルスは感嘆した。腕を切り落とされた私怨よりも神への信仰を優先するのだから、神官はダーナ神からすれば素晴らしい信徒だろう。


「感心している場合じゃないか……」


 神官が向かった先はミーズ神がいる場所だろう。つまりダグとフランがいる。神官の片腕はなくなっているが、神器は変わらず彼の手の中だ。急ぎ、後を追わねばとレグルスは腹に力を入れた走り出した。

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