第14話:レグルス、親睦を深める①

 森は穏やかな風が吹き、緑と花に溢れている。切り開かれた土地に作られた集落も例外ではなく、道にはカメリアやコスモス、サンフラワーにダンデライオンと、名前をあげたらキリがないくらいに様々な花が咲き乱れていた。

 レグルスはそんな四季折々に見られる花が一堂に咲くという狂った道を、手にバスケットと鍋をそれぞれ持って歩いていた。向かう先は集落の中心部から見て南にあるというダグの家だ。鍋にはトマトスープ、バスケットの中にはダグの好物だというサーモンフライのサンドウィッチが入っている。それはエマに持たされた、対ダグ用の切り札だ。『ダグと仲良くお話がしたいから協力してくれ』と頼んだレグルスに、それならと作ってくれた特別なランチセットである。

 

 ――なるほど。確かに食事を共にすれば、会話はしやすいな。


 森に来た初日以降、ダグとは会っていない。レグルスは是非とも質問したいことがあるというのに、ダグがフランの家を訪れることはなかった。のんびり待っていればどこかで会えるだろうかと思っていたが、一向にその願いが叶わないので、これはもう座して待つだけではダメだと分かったのだ。だからレグルスは積極的に行動することにした。

 レグルスは集落の南側にポツンと立つ小さな小屋の前で立ち止まる。いましがた通ってきた道に点在していた家屋に比べると貧相すぎる建物だ。掘っ立て小屋に近いその家の様子は、防犯について何も考えておらず、ただ『雨風が凌げて眠れればいい』という意識が透けて見える気がした。今にも外れそうなその扉をレグルスが軽くノックすると、中から人の動く気配がして、眠たげな声で「どちらさん?」と反応があった。


「レグルスだ。エマからの差し入れを持ってきた」

「おっ、まじで? ありがたいわー」


 そう言って嬉しそうな顔で出てきたダグは寝起きなのか、髪に寝癖が付いていた。ダグは差し入れとやらを渡してくれと言わんばかりに両手を出したが、レグルスはそれには応じない。ここで差し入れだけ渡して扉を閉められたら困るからだ。だからレグルスはエマに教えられた通りの言葉を言った。


「実は俺の分も入っているんだ。火を貸してくれるか? スープを温めたい」

「あー……そーなの? じゃあ……狭いし汚いけど……どうぞ?」


 ダグはそう言って中に招いてくれた。本心ではどう思っているか知らないが、相手の家に上がり込むのは目的達成の第一歩だ。ここから一緒に食事をし、和やかな中でほしい情報を入手する。それがレグルスの計画だ。


 ――できればダグの助力も欲しい。この魔力量は実に魅力的だ。


 いまミレイは休眠期に入ろうとしている恐れがあった。ミレイがいつ眠るかに関してはレグルスが制御できるものではない。もしミレイが眠ってしまえば、緊急時に力を借りることができなくなる。それならば魔力は極力温存していきたいし、なにかしら力を持つ者の協力がレグルスは欲しかった。


「おおー。豪華じゃん! サーモンフライのサンドウィッチにごろごろ野菜のトマトのスープ!」

 

 トマトスープの入った鍋を火にかけながら、ダグはサンドウィッチをひとつ手に取った。そして「いただきまーす」と言いながら、ほぼ同時にサンドウィッチを口に運ぶ。ダグはもごもごと口を動かしながら「さっすがエマ。美味いなぁ」なんて嬉しそうに笑った。レグルスはその様子を見て、自分もサンドウィッチをひとつ手に取る。口に入れて咀嚼をすれば、とれたての鮭で作ったフライは旨味がぎゅっと詰まっていた。


 ――フィンタンのフライ……。


 レグルスはぼんやりフィンタンの姿を思い描きながらサーモンフライのサンドウィッチを食べた。予言を残して死んでしまったフィンタン。別にそこに悲しみはないが、フィンタンの予言とエマの願い、そしてミレイのためにも、ミーズ神を倒さねばならない。レグルスはフィンタンのサンドウィッチを食べることで決意を新たし、そのままの勢いでずっと聞きたかったことをダグに質問した。


「ダグ、質問がある」

「んー? ふぁーにー?」

「ミーズ神はどれくらいの頻度で人間を食べるんだ?」

「ぐっふぉ!?」


 サーモンフライが喉に詰まったらしいダグは、目を白黒させながら胸を叩いている。レグルスは容器にトマトスープをよそうとダグに渡してやった。するとダグは渡された容器に口をつけてスープを飲んだ。当然ながらスープは熱々だ。吹き出さなかったものの、ダグは喉を抑えて椅子からひっくり返ってしまう。レグルスは一人でばたばたしているダグを眺めながら、どうやらスープが熱く感じたことを察した。レグルスは熱湯程度を飲み干すのが簡単にできる体質のため、火傷など気にせず渡してしまったのだ。


「すまない。ダグは熱いものが苦手だったんだな」

「熱いものが得意とか苦手とか! そんなレベルの話じゃないだろ! いってえ……舌どころか喉まで火傷したかも……」

 

 ダグは椅子に座りなおすと、涙目で口を抑えている。レグルスは申し訳ないことをしたと反省しながら、椅子から腰を上げると斜め隣りに座っているダグの喉をがしりと掴んだ。


「ひっ!」


 ダグは小さな悲鳴をあげたが、レグルスは構わずダグに低レベルの回復魔術をかけた。魔力をダグの体に通す際、やや反発を受けたがしばらくして受け入れられたようで、魔法が体に沁み込んでいくのが分かる。


「どうだろう、楽になったか?」

「な……りました……。でも、おま、めっちゃビビるやりかたするなよ!」

「早く治したほうが良いかと思ったんだ」

「それはありがたいけど……っていうか、お前……魔術が使えんの?」


 レグルスはダグの質問に頷いた。するとダグは「へぇ~?」なんて感嘆の息をもらして喉元をさすり、少し口角をあげる。そして居住まいを正すと、身を乗り出していった。


「……ミーズ神がどんくらいの期間で人間を喰いたくなるかが知りたいんだったよな?」


 なぜか突然、ダグが前のめりな様子を見せはじめたが、ようやく欲しい情報が聞けるレグルスからしたら些細なことだ。ダグの質問に大きく頷いて返し、レグルスもまたすこし身を乗り出す。しかしダグはいったん身を引くと、両の手ひらを顔の横で開いて見せた。


「……っと、その前になんでそんなこと知りたいのか聞いてもいいか? なに? やっぱり喰われるかもって怖くなった? 逃げ出すならいつまでかなーとか考えてる?」

「いや、逃げるつもりはない。ミーズ神を殺したいんだ。できれば誰かが喰われる前に殺したい」


 レグルスの明け透けな言葉にダグは驚いた顔をする。やはり神を殺すというのは、森に生きる者からすれば大それたことなのだろうかとレグルスはダグの様子を注視した。初対面の自分に忠告をしたのだから、ダグはミーズ神に対して否定的な意見を持っていると考えたのだが、それはレグルスの予測でしかない。


 ――硬い態度を取ったら情報だけ聞きだして、忘却の魔術をかけよう。


 レグルスがそう思っていると、ダグは目を丸くして感心したような溜息をついた。そしてバスケットからサンドウィッチをまたひとつ取る。


「びっくりしたわ。お前、なんかボーっとした奴だと思ってたけど、実は正義感が強かったんだな」

 

 歯を見せて笑うダグに、レグルスは何を言っているのかと首を傾げる。今の会話でどうして正義感が出てくるのか。ダグはミーズ神を邪神とでも思っているのだろうか。


「俺もまあ……これ以上誰かがミーズ神に喰われるのは嫌だと思ってるぜ。……犠牲は出ないほうがいい」

「そうだな。しばらく様子を見てみたが、この集落の人間は魔力の高い人間が多い。人を喰うほどミーズ神の魔力が強まるのだとしたら、厄介なことになる」

 

 同調するようにレグルスは頷いたが、ダグは渋い顔を見せた。その表情にレグルスはどうしたのかと思ったが、ダグは大きく溜息をついてサンドウィッチを食いちぎった。


「なんか……期待したのと違ったわ……。でもまあいいや。それでお前はなんでミーズ神を倒したいんだよ?」

「……エマに頼まれた。どうやらミーズ神を倒さないと、エマとフランは1年以内に死ぬらしい」


 その言葉にダグは眉を寄せて難しい顔をする。驚いた様子がないのは、二人の死はこの森で不思議な事象ではないのかもしれない。


 ――やはりフィンタンの予言したエマとフランの死は、ミーズ神に喰われる可能性が高そうだ。


 フランには魔力がある。そしてそのフランの妹であるエマにも……当然のように魔力がある。むしろフランよりも魔力の量自体は多いようだった。他の住民を全員確認したわけではないが、エマとフランは恐らくこの集落で魔力が高いほうに分類される。


 ――ミーズ神は『骨』を持って行った。おそらく高い魔力を感じたから持って行ったんだ。ミーズ神が人を喰うというのが単なる好物ではなく、魔力を欲してのことならば……エマとフランは優先的に喰われる対象かもしれない。……でも、それだとダグは最有力候補な気がするが……。


 レグルスがダグを見ると、彼は頭を掻きながら「マジかー……エマは気がついてる感じか」とぼやいた。そして肩を落とすとサンドウィッチを食べ切り、スープを飲んだ。特に冷ます動作はなかったので、もう表面は冷えてきているのだろう。レグルスもトマトスープを鍋から器によそうと、スプーンで掬って口に入れた。作ったエマが言うには、野菜の旨味がよく出た力作らしい。正直言って無邪気に笑うエマから『死』というものは想像できない。エマは大きく育てば、いつか母になる。そんな予感めいた期待がレグルスにはあった。その未来のためにもレグルスはミーズ神を倒さねばならない。

 

「それで……ミーズ神はどういう時に人を喰うんだ? 時期が決まっているのか? それとも気まぐれに食うのか?」

「……あー……一応、定期的かな?」

「定期的か。行動予定が立てやすくてありがたいな」

「いや、全然ありがたくねーから。それに……あんまり時間はないぜ」


 ダグはそう言ってスープを食べ切る。空になった器を小さなテーブルに置いたダグは、ぐっと背筋を伸ばして言った。


「次に人が喰われるとしたら……二日後にくる満月の夜だ」

「満月の夜」

「満月の夜はミーズ神に供物をやる日なんだ。だいたいは獣の肉が捧げられてるんだけどよぉ……その日の前後が、一番、誰かが死ぬ」


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