第11話:レグルス、真実を知る

「きゃああああああああ!」

「!」

「おい! フランの声だ!」


 レグルスとダグは急いで奥へ走った。そして扉を開け、廊下を曲がったところで、フランが勢いよく飛び出してくる。まさか飛び出してくるとは思っておらず、ぶつかりそうになったのでレグルスはとっさに抱きとめた。するとフランは大きい布一枚で飛び出してきたらようで、肩どころか腕や足までも丸出しになっている。


「うわぉ! おま、フラン! なんつー格好で出てきてんだよ! 服着ろ服ぅ!」


 ダグは手のひらで顔を覆い、指の股から様子を伺いながら叫んでいる。レグルスはフランだけ悲鳴をあげて逃げてきたという状況に対して焦りを覚えた。もしやミーズ神にミレイの存在を感知されて、強襲されたのではと思いながらフランに問いかける。


「フラン、何があった? ミレイはどうし……えっ」

「ちょっとレグルスどういうことよ!」

「な、なにがだ?」


 フランはどすの利いた声で、勢いよくレグルスの胸倉を掴んできた。レグルスはフランの態度に面食らってしまい、一歩後ろに下がる。


「なにがだじゃないわよ! ミレイよミレイ! あの子ってば男じゃない!」

「はあ?」


 素っ頓狂な声をだしたのはダグだった。ダグは「おいおいおい。なに言ってんだよ。どうみてもミレイちゃんは女の子だろぉ? あんな可愛い子が野郎なわけないじゃん!」と言葉をつづけたが、フランは首をぶんぶんと振った。


「本当よ! だって! だって……生えてたんだもの! 股間に! 大きいのが!」


 この世の絶望を見たかのような顔で力いっぱい叫んだフランだったが、そのフランが曲がってきた角からひょこりとミレイが顔を出した。

 

「ちょっとフラン。なんで飛び出していったのさ。風呂の使い方、わからないんだけど?」

「きゃああああ! ちょっと! 素っ裸で出てこないでよ!」


 フランはそう言って顔を隠してその場にうずくまってしまった。レグルスはフランを見下ろし、それからミレイを見る。ミレイは風呂場のからやってきたようで、なにもまとっていない状態だった。レグルスはその姿をしげしげと観察し、服を着ていない以外は特に変わった様子がないことにひとまず安心した。しかし背後からは「うそだろ神様……これは夢だと言ってくれ……まじでついてる……!」なんてダグの呟きが聞こえてくる。だからレグルスはもう一度ミレイを上から下まで見て、確かに股間部分に男性器がついているのを確認した。それはそうだ。ミレイは男なのだから。男ならば、ついているのは当たり前だろう。

 

「ミレイ。状況が分からないんだが……フランになにがあったんだ?」

「それが僕もよく分からないんだよね。風呂へ入るために服を脱げっていうから脱いだのに、直後にフランが悲鳴をあげて出て行ったんだよ」

「周囲で特に変わったことはなかったか? なにかの気配を感じたとか」

「……なかったと思うけど?」

「なに言ってんだよお前らは……。とにかくお前はぶら下がってるそれを隠せ。みっともないだろぉ……」

 

 レグルスとミレイが見つめあって話をしていると、ダグはどこからか持ってきたらしい大きい布をミレイに押し付けた。ミレイはそれを受け取ったが、ダグをギッと睨みつける。


「みっともない? まさか僕に言っているのかい?」

「いや、素っ裸はみっともないだろ……。恥ずかしくないのか?」

「この僕に、恥じるべき場所なんてひとつもないよ」


 ミレイはそう言って堂々と胸を張った。ダグは信じられないという顔でミレイを見て、それからレグルスを見てくる。レグルスはミレイとダグを交互に見てから、自分の足元でうずくまっているフランに視線をやった。衣服を着用しないことが恥とされるのならば、フランは恥をかいてでもミレイの裸から逃げたかったということだろうか。


「ミレイ。とりあえず布で体を隠すんだ。どうやらフランはお前の裸がダメらしい」

「……まったく納得いかないけど、レグルスがそう言うなら隠してあげるよ。……ほら、これでいいのかな?」


 ミレイはそう言って布を巻いた。フランを倣ってか、胸のあたりから太ももまでを隠すように巻いている。その様子にダグが「もう、まんま女の子に見えるのに……!」などとボヤいているが、レグルスはフランを立ち上がらせるほうが先だろうと、屈んで声をかけた。

 

「フラン、もうミレイは裸体を晒してはいないぞ」

「……本当?」

「本当だ」


 フランはそう言って顔を覆っていた手のひら下ろした。その瞬間、目の前にレグルスがいるのに気が付いたのか、ハッとした顔をすると再び「きゃああああ!」と叫んで風呂場の方へと走っていく。レグルスはフランの反応が奇怪さにぽかんとしてしまう。


「ねえ。結局フランはどうしたっていうの?」

「……わからない」

「わっかんねーの!? 嘘だろ!?」

 

 ダグの言葉にレグルスとミレイは頷いた。するとダグは半身を引いて、驚愕しながらも説明してくれた。


「ふつーに女だと思って風呂に誘ったら、実は男だって分かってびっくりしたってことだろうが!」

「それのなにが驚くことなんだ?」

「なにがって……それの説明もいるのか!? 男女で風呂は入らないだろ!? え、これってもしかしてこの森だけの常識なの? 外だと一緒に入るの普通なのか!?」


 ダグの叫びのような言葉を聞いて、レグルスはようやく察した。ミレイは知っての通り男である。ダグは『男女で風呂には入らない』と言っている。つまりここで言う『女』というのは――。


「もしかして……フランは女なのか!?」

「なんでそんな見りゃ分かることを『いま気がつきました』みたいな顔で言ってんだよ!?」

「いや……まさにいま気がついたんだ。そうだったのか……ミレイと似たような体格だったから、てっきり男だと……」


 ミレイは可愛らしいので、可愛らしい男が存在することをレグルスは知っている。だからフランもその種類の男だと思っていたのだ。エマは最初から妹という情報があったので『女』だと分かっていたが、まさかフランもそうだったとは。レグルスは己の観察眼のなさに悔しくなった。今さらだが振り返ってみれば、確かにフランの身体的特徴は、『女』の特徴と合致している。


 ――まさか最初に会った原住民が、『女』だったとは。知識があっても、経験がないとこうも気が付かないものなのか。


 レグルスが新鮮な体験と驚きに溜息をついていると、背後から鋭い殺気が刺さり、ぎょっとした。向けられた方向を見れば、フランが廊下の曲がり角からレグルスを睨みつけているではないか。


「フラン?」

「ちょっと……男だと思ってたですって……!?」

「あ、いやそれは……」

「私のどこが男なのよ! どっからどう見ても女でしょ! と、特別大きくもないけど……ちゃんと胸だってあるし!」


 そう言ってフランは曲がり角から完全に姿を現したが、相変わらず布一枚だった。レグルスは膨らんだ状態のフランの胸部に『確かに』と頷く。

 

「そうだな。確かにフランの胸部は脂肪がよく集まっている。『女』特有の現象だ」

「おまっ、レグルス! なに言ってんだよ!?」

「ん? 女性の胸部は9割が脂肪で構成されていると本で読んだが……間違いなのか?」

「そこじゃねぇ! 言い方ぁ! 言い方ってもんがあるだろぉ!?」

 

 レグルスの言葉にダグが違うのだと主張をしてくる。言い方が違うとはどういうことか。レグルスは捲し立てられるのにややオロオロしつつフランを見れば、フランは顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている。しかしそれは羞恥というよりは怒りという感情が主だろうとレグルスは思った。なぜならフランがすさまじい殺気を発していたからだ。そしてその殺気通り、フランはしっかりと行動をしてきた。


「あっ」


 振り上げられた右手の形は開いた状態だった。スナップを利かすつもりなのだろう。角度をつけて、よく逸らされている。レグルスはフランの白い手のひら、腕、そして腋と肩を確認し、避けるか否かを考えた。軌道上、間違いなく顔を叩かれる。死にはしないが痛みはあるだろう。だが避けたらフランの怒りと興奮はどう昇華されるのか。

 

 ――仕方ない。今後の良好な関係のために避けるのはやめよう。一発叩けば、フランも落ち着くかもしれない。


 そう思ったレグルスは、甘んじて叩かれることにした。この間、わずか0.5秒。レグルスは腹筋に力を入れるとフランに頬を引っぱたかれた。ばっちーんという重たい音が廊下に響き、ダグは「ひゃ~!」となんだかちょっとだけ嬉しそうな声をあげている。ミレイはこのやり取りに口を出す気がないのか、性別の誤解を気にするフランが物珍しいのか、黙って見ているだけだ。

 レグルスは自分の頬に衝撃が走り、そして痛みと熱が発生されたことを確認した。体が動かないように力を入れていたのに、あまりの威力に足を下げる。先ほど胸倉を掴まれた時もそうだったが、フランはなかなか恵まれた筋肉を持っているようだった。


「……ふんっ!!」


 フランは引っぱたいた後、胸を張って鼻を鳴らし、風呂場のほうに戻っていった。そしてしばらくして水の流れる音がし始めたので、恐らく風呂に入ったのだろう。廊下に残された『男』三人はお互い、顔を見合わせた。


「……で、僕はどうしたらいいの?」


 布一枚だけを纏ったミレイはそう言って首を傾げた。しかし男女で風呂を一緒に使うのがダメならば、フランの後を追わせるわけにもいかない。レグルスはどうしたらいいのか分からず、ひとまずこの場で一番森の常識を知っているダグを見た。ミレイもレグルスに倣ってダグを見たが……当の本人はとても困ったように頭を掻くだけ。けっきょく三人はエマがパントリーから戻ってくるまで、ただそこにいることしかできなかったのだった。

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