タイムマシンを発明した男による悲惨な末路

杉野みくや

タイム・パンデミック

「で、できた」


 男は神妙な面持ちで無機質な機械の前に佇んでいた。


「私の仮説が正しければ、このタイムマシンで時間遡行ができるはず。……よし、やってみよう」


 男は機械に乗り込み、シートベルトを装着する。そして、タッチパネルを慣れた手つきで操作し、隣のレバーをがしゃりと下げる。すると突如、機械全体がズシンと大きく揺れ、あちこちからさまざまな駆動音が響き渡り始めた。


 男は椅子の肘掛けをぎゅっと握りしめる。今までの実験は全て失敗の連続だった。命を落としかけるような事故も、何度も発生した。その度に、改善箇所を分析し、今度こそは、今度こそはと成功を祈り続けた。そして今回も、鈍い産声を上げるタイムマシンの中で、ただただ成功することを祈った。


 様子が変わったのは一分ほどしたころだった。今度は、まるで宙に浮いているかのように機体がふらふらとし始めた。モニターを見ると、機体の外側に取り付けたカメラから、外部の様子が映し出された。そこには、オーロラのように七色に輝く空間が広がっていた。


「やった……。タイムトンネルだ!!」


 初の第一フェーズ突破に男はガッツポーズを取る。しかし、油断はまだ禁物である。ここでもし不具合が発生すれば、タイムトラベルどころか、現代に帰ることすらできなくなってしまいかねないからだ。興奮と不安が入り交じり、心臓が今にも飛び出しそうな勢いでバクバク鼓動していた。

 やがて、周囲が白い光に包まれ、振動が激しくなる。男は歯を食いしばり、再び祈り始めた。


 程なくして、全身にドシンという衝撃が走った。例えるなら、飛行機が着陸した時に起こる衝撃をより荒くしたような、それほど強い衝撃だった。モニターを見ると、先ほどまでの幻想的な風景は写っておらず、茶色い土埃のようなものが舞っていることに気づいた。


「こ、これは、もしや!?」


 男は慌ててドアのロックを外し、勢いよく飛び出した。

 そこは、木漏れ日の差す静かな森だった。近くからは川のせせらぎのような澄んだ音が聞こえてくる。そこに混じって、何やら話し声のようなものが聞こえてきた。男はその方向に向かってこっそり足を進めた。


 斜面を少し下ると、人の手によって整備されたであろう石畳を確認できた。さらに驚くことに、右手の方から刀を提げた侍のような人物が従者らしき者を連れて歩いていた。男はばれないようにその場を後にした。


 タイムマシンの中に戻った男は椅子に腰掛け、大きく息を吐く。


「すーっ……。成・功・だーーーーーー!」


 男は両手の拳を高く掲げ、腹の底から叫んだ。人類初の、念願の、タイムトラベルをついに成し遂げたのだ。男はさっそく、カモフラージュ用の衣装に袖を通し、荷物を持って外に出た。鼻歌交じりに先ほどの街道まで下りていき、道なりに進んでいくと、やがて宿場町が見えてきた。


 何食わぬ顔で入ってみるが、誰も男の存在を不思議に思わない。文献からそれらしい衣装を用意したつもりだったが、どうやら上手くいったようだ。時折、藁製の振分荷物を開き、隠しカメラがきちんと回っているかを確認しながら、活気づく宿場町を堪能した。


 この時代の人々の暮らしぶりを観察するのに夢中になり、気づけば日が山の向こうに沈みかけていた。名残惜しさを感じつつも、男は森の中へと戻っていった。せめてもの記念として、この時代の土や植物を採集し、用意しておいたポリ袋の中に入れていった。


 白衣に着替え直した男は、タイムマシンの扉を閉めて椅子に座り、再びタッチパネルを操作する。そして入力が完了すると、行きと同様、タイムマシンが鈍い音を立てて作動し、現代への帰路に着く。「帰るまでが遠足だ」という言葉よろしく、男は浮かれたい気持ちを必死に押さえつけてタイムトラベルの復路走破を祈った。


 数分後、白い光に包まれた後に強い衝撃が起こる。モニターを見ると、見慣れたラボの一室が写っていた。

 それが分かるや否や、男はタイムマシンから飛び出し、すぐさま論文の作成に取りかかった。


「これで私の努力が報われる!私は、新たな時代の幕を切り開いたのだ!」



——数週間後。


『次のニュースです。先週より、急速に拡大している未知の感染症について、新たな情報が入ってきました。


 感染症研究センターは、原因となっているウィルスは過去から持ち込まれきた可能性が高いとの見解を示しました。先月、タイムトラベルに関する論文を発表し、一昨日亡くなった秋山透さんが採集したという「江戸時代の土」を検査したところ、よく似た構造を持つウィルスが多数検出されたとのことです。これに対し、専門家は次のような見解を示しています。


「江戸時代は今と比べて衛生環境が非常に悪く、あらゆるウィルスに対して自然免疫を獲得していたと考えられます。今回のウィルスに対しても、当時の人の多くは既に免疫を獲得していたことでしょう。しかし、時代を経て衛生環境が改善したことで、件のウィルスは私たちの住む現代において既に絶滅していたのだと考えられます。よって、私たちがこのウィルスに触れる機会というのがなくなってしまい、耐性が皆無になってしまったのではないかと思います。また、数種類の型が同時流行していることから、既に突然変異を複数回起こしているとも考えられ、ワクチンの製造を阻む原因にもなっています」


 今回の感染拡大を受けて政府は昨日、緊急事態宣言を発令し、不要不急の外出を控えるよう国民に呼びかけました。また、研究機関に向けては、タイムトラベルに関する研究の即刻中止を指示し、さらに、関係者全員を強制隔離するよう保健所に要請しました。続いて、本日の感染状況です——』

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タイムマシンを発明した男による悲惨な末路 杉野みくや @yakumi_maru

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