いい知らせと悪い知らせ

 魔法による監視網はゆっくりと這いながら、徐々に書庫の方に向かっていた。

 発動範囲は限定されているようで、物体の貫通まではできないように見える。

 壁に沿うような動きはしても、その中にまで伸びる気配はなかった。


「ノエル、小鳥を窓から中に入らせて」


『ええ、そうするわ』


 緑色の小鳥は流れるような動きで、書庫の机の上に飛び乗った。

 それを見届けてから、急いで窓とカーテンを閉めた。

 今はただ、あの触手が書庫の中にまで入ってこないことを願うことしかできない。


 ……どれぐらい時間が経っただろう。

 

 しゃがみこんで息を潜めている間、室内に異変が起きることはなかった。

 目視ほど確実ではないけれど、外で魔力の動きは感じられない。

 

「……大丈夫、だよね」


 自問自答するようにつぶやく。

 すると、それに反応したように小鳥が肩に乘った。

 

『この子を通すと確実ではないけど、危機は去ったみたいよ』


 控えめな声が耳元で聞こえた。

 使い魔という話は本当のようで、触れた後に魔力の流れをわずかに感じた。

 自然の生き物から魔力を感じるはずがない。


「――外を見てみる」

 

 カーテン越しに窓の外に目を向ける。

 監視の糸はいつもの状態に戻っていた。

 元通りになっていると、触手のような動きを見せたことが幻だったみたいだ。


『邪魔が入ってしまったけど、さっきの話は途中よ』


「あっ、びっくりして、忘れちゃった。何話してた?」


『わたくしと仲間はあなたを助けるつもりでいるけど、その前にいくつかたずねておきたいことがあるわ』


「……うん、何?」


 小鳥から聞こえる声が真剣さを伴うようで緊張感が増した。

 もしかしたら、わたしを試そうとしているのかもしれない。


『あなた、誰から魔法を習ったのかしら。手紙には結界に囲まれた町と書かれていたけど、他に魔法使いはいない?』


「たぶん、魔女以外はわたしだけ」


 質問の意図が分からないけれど、正直に答えるしかない。

 わたしの知る限りでは狩猟者は魔法を使えないはずだ。


『本来、魔法は師から教わるものなのよ。自力で覚えたというのはにわかに信じがたい。あなたが助けを乞うふりを装って、わたくしたちを罠にはめようとしている、あるいは魔女に操られているという可能性もありえるわね』


 ノエルは疑っているというより、可能性に言及しているだけということは何となく理解できた。

 それでも、証明しようがないことなので、どう伝えればよいのか分からない。

 

「どう説明したら、わたしを信じてくれる?」


『そうねえ、魔法を覚えた経緯を話してちょうだい。誤魔化しようがないことだから、ウソをついていればボロが出るわ』


「……分かった」


 わたしは手紙に書き切れなかったことも含めて、元狩猟者が残した本を見つけてから独力で魔法を覚えたことを話した。

 話を聞き終えたノエルは少しの間、反応を返さなかった。


『……魔道書は役に立つけど、読んだだけで使えるようになるものなの』


 ここまで歯切れのよかったノエルの言葉が詰まったように聞こえた。

 そのまま次の言葉を待っていると、小鳥からノエルの言葉が続いた。


『いい知らせと悪い知らせがあるわ。とりあえず、いい知らせから話すわね』


「うん、お願い」


『あなたの魔法の才能は飛びぬけているわ。魔女の餌食として死なせたくないほど。魔力探知を使いこなせる人間なんて、世界中を探してもそこまで多くはない』

 

 出会ったばかりとはいえ、ノエルに認められたことで誇らしい気持ちになった。

 ただ、悪い知らせもあるみたいだから、そこまで浮かれることはできなかった。


「……それで悪い知らせは」


『囚われの身のあなたに伝えるのはどうかと思うけど、魔女はそこだけじゃなくて、他の場所にもいるわ。少なくとも確認されているだけで、十人近く存在する』


「えっ、そんな……」


『でも、心配する必要はないわ。魔女同士は離れているから、そこを出られればどうってことはない。すべての魔女が同じようなことをしているわけでもないのよ』


「そうなんだ。ちょっとだけ安心した」


 とにかく、ここを出ないことには話は前に進まない。

 それに出られたらノエルも一緒のはずだから、今よりも安全になるはず。


『あともう一つの悪い知らせは、あなたを助けに行く仲間は結界の内側に入ったら弱体化すると予想してる。そうなると、子どもたちの生命力を吸った魔女を倒せるか分からない。直接戦うことになったら、あなたの協力が必要よ、ライラ』


「……わたしも、戦うの?」


 ノエルの予想外の言葉で思考に空白が生じた。

 直接立ち向かうことは危険を伴うので、今までは裏をかくために動いていた。


『本音を言えば、その時までに攻撃魔法を使いこなせるようになってほしいところよ。ただ、攻撃魔法は発動時の魔力が多いから、結界内で使おうものなら瞬時に見つかるわね』


 残された本で攻撃魔法について読んだことはあっても、試す機会はまだなかった。

 ノエルの言っている意味が理解できると、全身が凍えるような感覚がした。

 今のところ監視は厳重ではなかったけれど、魔法が使える者がいると分かれば、草の根分けてでも探し出そうとするだろう。


「……それで、もしもの時はぶっつけ本番で、攻撃魔法を使うってこと?」


『ええ、そうなるわ』


 ノエルが最善を提案している以上、問答を続けることはは不毛だと判断した。

 わたしにできる最善は彼女の助力を最大限に活かすことなのだ。


「ところで、こっちからも一つ質問していい?」


『ええ、いいわよ』


「――わたしのお父さんとお母さんはどこにいるの?」


 真実を知ることは怖いけれど、外側にいるノエルなら何か知っていると思った。

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