外側からの交信
水路に手紙を流すようになってから、一ヶ月近く経っていた。
結果が出なくてもいいと考えていたけれど、何の変化もないことに少しだけへこたれそう。
今日はいい天気なので、窓を開けっ放しにして本を読んでいる。
書庫にある本には外側のことについて書かれていることも多い。
ただ、学校で教えられるのは簡単な読み書きだけなので、学んだ知識だけでは読み解くことはできない。
わたしも最初は内容が理解できなくて、読めるようになるまで時間が必要だった。
魔女にとって都合の悪いことが書かれた本があるのに、書庫が放置されていたのは誰も読むことができないからだろう。
わたしが書庫の管理に立候補した時、魔女の従者は何も反対しなかった。
基本的に魔女側の者たちは、わたしたち――連れ去られた子どもたち――を侮っている。
もしも、わたしに監視がついていたならば、ここまで脱出に向けた行動を続けることはできなかったはず。
ただ、それが希望的観測にすぎなくて、泳がされているだけだったとしたら、全ては筒抜けということになる。
「……ううん、それはない。魔力で干渉された形跡はなかった」
わたしは魔力探知の能力を活用して、魔女の張り巡らす監視網をすり抜けている。
魔女は住処(すみか)である古城から出ることは滅多にない。
魔法による監視を注意して、狩猟者に鉢合わせない限りは、襲撃を受ける可能性は低い。
すごく悔しいことだけれど、わたしたちは魔女の養分としか見られていないのだ。
「……あっ、続きを読もうっと」
物思いに耽り、本から意識が逸れていたことに気づいた。
外側の世界について書かれたページに焦点を合わせる。
読書を再開しようとしたところで、窓に何かが飛んできた。
「えっ、何!?」
突然のことに頭が真っ白になりそうだった。
石でも投げられたのかと思い、視線を向けるとそこには一羽の小鳥がいた。
町で見たことがない種類で、本にも載っていなかった。
美しい緑色の羽毛は不思議な輝きを放ち、自然と惹かれてしまう。
『――あなたがライラ?』
ふいにどこかで声がした。
書庫には誰もいるはずがない。
窓の周りを確かめても、外に人影は見当たらなかった。
「……あれ?」
不思議なことが続いて、当たり前ことに気づかなかった。
どうして、この鳥は逃げないんだろう。
『こっちよ、こっち』
もう一度、声が聞こえた後、小鳥がぱたぱたと両翼をはためかせた。
「……もしかして」
その動きが自己主張のような気がして、小鳥をじっと眺めた。
小鳥の方もつぶらな二つの瞳でわたしの方を向けている。
『ふん、ようやく気づいたわね。高等魔法で助けをよこすものだから、どれだけ老かいな魔法使いかと思えば、まだ子どもじゃない』
不思議な響きの言葉から、わたしの助けに応じてくれたことが分かった。
ただ、ちょっぴりカチンときたことも感じた。
「……わたしは子どもじゃない」
『あらあら、怒らせてしまったかしらね。まずは自己紹介をしておくわ。わたくしはノエル、分かると思うけれど、魔法使いよ』
「……ライラ。わたしはライラ」
怒りの熱はすぐに冷めて、ノエルと何を話せばいいのか分からなかった。
『もしかして、あなた口下手? まあ、そんなところに閉じこめられていたら、そうなるのも仕方がないわね』
ここまでの短い時間でノエルは遠慮ない話し方――小鳥から言葉が発せられているけれど――をすることを理解した。
それでも、魔女に見つかる危険を分かった上で、小鳥を送ってくれたのだから、心根は優しい人なのだと思う。
「来てくれてありがとう……もうダメかと思った、ぐすん……」
『もう泣かないでよ。反応に困るじゃない。とりあえず、そこがどの辺りかは分かったから、この後で仲間がそっちに向かう。腕は確かだから結界が張られてようが、絶対に中に入ることができるわ』
わたしは目尻に浮かんだ涙を拭って、再び小鳥の方に顔を向けた。
ふと、ノエルが言った言葉に違和感を覚えたことに気づく。
「あの、中に入れるのは分かったけれど、助けてくれるという意味じゃ……」
その先は核心に触れるようで、恐ろしくて言葉にならなかった。
出会ったばかりだとしても、ノエルが都合のいいことを言わないと理解していた。
『あのねぇ、あなたを傷つけたいわけじゃないのよ。状況が楽観視できるわけじゃないから……ああっ、ちょっと邪魔しないで。いいじゃない、わたくしは合理性を優先しているだけよ。もう、分かったから邪魔するなっての』
「……ねえ、どうかしたの?」
ノエルの様子が少しの間だけおかしかった。
誰かと揉み合いになったような感じに聞こえた。
『こっちの話。それとあなたを助けに行く者から伝言よ。「絶対に助けるから、希望を捨てるな」だって。ほら、伝えたんだから、これでいいでしょ』
「ふふっ、ありがとう。少し元気が出た」
『……ライラ、あなた魔力探知ができるのよね?』
「うん、そうだけど……」
『結界の中に使い魔が入ったら、いくら何でも警戒するわよね……。魔女が異変がないか魔法を使って調べているわ。部屋の外に変化はない?』
「ちょっと待って」
この場にいないノエルの方がわたしよりも変化を察知していた。
きっと、腕のいい魔法使いなのだろう。
言われた通りに窓から外に目を向ける。
「――えっ、何これ?」
普段は張られた糸のような監視の魔法が生きているようにうごめいている。
まるで、獲物を狙う触手のような動きだった。
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