第10話 キンカイ無量編 3.バニーの謎

     3.バニーの謎


 モーガン大尉は屋上に来ていた。そこには宿泊客が自由につかえる巨大なプールがあり、そこから一段と高くなったところに、大きなビルに設置が義務付けられたヘリボートがある。

 そこに軍用のヘリが一機、止まっていて、兵士たちが大量の紙の束を運び入れる姿があった。

「順調か?」

「支配人の部屋にあった金庫は、すべて開錠しました。大量ですよ。予想以上に溜めこんでいました」

 その報告に、モーガン大尉もニンマリする。

「このデジタル時代に、紙で管理する時代遅れぶり……。だから従業員を仲間に引き入れて、大掛かりなことをせねばならなかったが、この量は中々……」

 モーガン大尉はほくそ笑む。その束は債券、国債や社債など、金塊は流動性の低い資産だけだと、カジノが流通させるデジタルマネーの担保としては不十分だ。そこで流動性のある資産も積んでおく必要がカジノ設置法で決められており、彼らはそれを狙ったのだ。

「そのヘリでは、全員が乗れないだろ?」

 急に声が聞こえて、全員がライフル銃を向けた。そこに現れたのは、ボクである。

「もしかして、お前がM探偵事務所の、探偵か?」

「知り合いだっけ?」

 惚けてそう尋ねる。ボクを巻きこもうとしたぐらいだから、相手はこちらを知っているのだろう。

「凄腕の探偵だろう? 噂には聞いている」

 ボクはそういうおべんちゃらを聞いても、一切嬉しくない。むしろ憮然として「今回の首謀者か?」

「首謀したのは従業員たちだ。オレたちは協力を依頼され、手伝っただけさ」

 モーガン大尉は大仰に、手を広げて語りだす。

「オマエなら、大金庫を開けられるだろ? そうすれば中に入った金塊を虐げられてきた従業員たちで山分けし、みんなハッピーになれる」

 そうハッピーそうに語るけれど、ボクはさらに憮然としていた。


「金塊なんて重いもの、どう運ぶんだ? 山分けした金をどう捌くんだ?」

「金塊を運ぶのは、オレたちが乗ってきて、地下に注射している2t車に積みこめばいい。金は溶かせば履歴は残らんよ」

「オマエたち雇われ兵は、そうして地上をちんたらとトラックを走らせる労働者たちが、警察とすったもんだする間に、持ち運びやすい債券の束をもって、ヘリで高飛びか? 楽な仕事だな」

「そう、楽な仕事さ。貧乏な従業員からの、なけなしの依頼料なんて、軽く凌駕するぐらいだ」

「でも、人助け……として依頼を受けたんだろ? それとも、最初から騙すつもりだったのか?」

「騙すつもりはない。ただ、大きな儲けが目のまえにあったら、それを手に入れてもいいだろ? 奴らは逃がすさ。だからトラックを準備した……が、ここから出た後のことまで知ったこっちゃない」

 モーガン大尉はニヤッと笑った。

「もう少し、バカどもに夢を見させておいてくれないか? そうすれば、オマエにも分け前をやろう。八十億……否、もっとありそうだ。オレたち十人分、その一人分をやる」

 そういうと、モーガン大尉は傍らにいた一人だけ、従業員の制服をきた男の腹を撃ち抜いた。

「これで一人分浮いた。オマエはつかえそうだ。仲間になるなら歓迎するぜ。一緒にハッピーになろうや」

 仲間? ハッピー? 犯罪をして、そういう気持ちになるなら、それはそれでハッピーな人生といえそうだ。

 撃たれた男は、もしかしたら労働者と彼らを仲介した男なのかもしれない。悪党の仲間になっても、こういう末路を辿るのがオチだ。

「労働者はどこまで行っても搾取される側……か」

「そうそう。神って奴は、いつまでも願いを叶えてやらないから、信仰を集められるんだぜ。夢をみているうちが一番幸せってね。バカどもを大金庫の前で待ちぼうけにしてやってくれ」


 期待とか、希望とか、確かにそれをもっている間が一番夢を見られて、楽しいのかもしれない……。でもその先に、本当は絶望が待つ……となったら、それはもう悲惨過ぎる。

 落下の幅が大き過ぎて、人の精神がその落差に耐えられそうもない。

 でも、死んだ方がマシ……と言うことはない。死んで喜ぶことができるのはドMの人間だけだ。

「待ちぼうけって、知っているか? つらいんだぜ。神だって耐えられないかもしれないぞ」

「神だって、金さえあればハッピーさ」

 ボクは高笑いする。

「きっと神もこういうよ。待ちぼうけするぐらいなら、鼻つまみ者になるってね」

 トイレの前に待たされるのも、金庫の前で待たされるのも同じ。期待や希望の先に何が待つか? それ次第ではつらく、哀しい気持ちになる。ただモーガン大尉はこれから、鼻もつまめないことになりそうだった。

「い……痛いッ! 痛い、痛い、痛いぃぃぃぃッ‼」

「善人面して弱った者に近づき、搾取する……。そんな二面を使い分ける者は、顔も二つに割れたらいいさ。

 そうすれば、鼻つまみ者になったとしても、もう自分で鼻をつまむこともできないだろ? だって鼻っ柱は折られ、高い鼻も二つに割れるんだから……」

 彼らは顔が……否、全身が左右へと裂けはじめていた。鼻はその先端からびりびりと引き裂かれ、眼球も左右へと引っ張られる。肩も後ろへと押し曲げられ、腕を前にだすこともできない。

 モーガン大尉も苦しみつつ、ライフル銃を構えた。

 ただ、いくらライフル銃を乱射しようと、破壊神であるボクには効かない。飛んでくる銃弾を一つ一つ、丁寧につまんで、集めると、彼の血をふきだす正中線に銃弾を埋めこんでいく。

「お金があっても、ハッピーなんかじゃない。すべて気の持ちよう、お金があったらいいな……というレベルさ。そう考える奴ならお金があるとハッピーだろうが、そうじゃない奴だっている。

 オマエのハッピーを押し付けられても、反吐がでる。オレのハッピーは、オマエらみたいなクソの仲間になることでも、お金をもつことでもない。貶められ、虐げられることだ!」

 ボクはそういって、身体が真っ二つに裂けつつあり、苦しむ兵士たちを残してヘリポートを下りていった。


 従業員によるクーデターは終わった。

 それは大金庫も開けられず、協力者であった元兵士たちが全員、再起不能の状態になったからだ。

 従業員たちもムダに籠城はせず、拘束を解いて投降した。

 元々虐げられ、苛立ちが暴走しただけで、みんな真面目な労働者だ。

 逮捕され、起訴されるだろうけれど、労働者側の首謀者だった男はモーガンに撃たれ、責任は曖昧となった。カジノのブラックぶりに同情の声も高まり、減刑を求める運動もはじまった。それもモーガンたちが無力化された時点で、投降したことが大きいはずだ。

 後始末は大変だけれど、ボクの探偵事務所に、屯する者が増えていた。

「男の子じゃないの?」

「ちがう、ちがう。私はコスプレ好き。その写真は宇宙探偵ロイ&ホークのコスプレをしたときよ。多分、私の仲間がその写真をみて、勘違いしたのよ」

 ボクが金庫を開けられる……というのも、モーガンのブラフだったのだろう。そう言っておけば、信ぴょう性が増す。自分たちはもっと簡単な、開けやすい金庫の中にあった債券を狙っていたので、開ける必要がない。授業員たちを騙し、目晦ましするためのダシにしたのだ。

 まったく迷惑千万な話だけれど、ダシが出過ぎて料理を変えてしまったのが、モーガンたちの失敗だ。

「仮釈放なんだろ? いいのか? ここにいて……」

 ボクの疑問に、出水は「仮釈だから自由なんだよ。お金を稼ぐことも、学校に行くのも当面禁止だし」

 彼女は田舎どころか、吉原花街の近くで暮らす女子高生だ。カジノで働きはじめたところ、劣悪な待遇に不満をもつ労働者に同情して、積極的に協力したのだそうだ。それでも責任は問われるだろうが、軽微な罪で済みそうだった。


「またタダ働きだったね」

 そういうと、鹿尾菜はひらひらとボクのカジノカードを振る。

「大金庫の前で待つのも退屈だったから、出水ちゃんとスロットをしたんだよ。そうしたら、大当たり‼」

「ビギナーズラックだよ。希衣ちゃん、一発で大当たりなんだから」

 しかしカードはボクのもの。お金を下ろすことはできず、それでずっともっていたらしい。

「私の稼いだお金だけれど、ここからバイト代を出してくれてもいいんだよ。働きに応じた報酬なら、かなり出してくれるよね?」

「あ。私もここでバイトさせてよ。カジノではもう働けないし……」

 二人の少女から、お金をタカられる。これはこれで……。でも、カジノで一攫千金を夢見るより、カードに入ったお金をアテにする。その方が確実だし、上から目線でおねだりできる。

 ボクとて、鹿尾菜がカジノで当てたお金をアテにする気はない。もっとも、大金を手にすると人が変わる可能性もあり、少しずつお小遣い程度に渡していくつもりだ。そんな焦らしプレイをして、ボクのしみったれたケチぶりに、彼女たちが罵ってくれれば、それはそれで……。

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破壊神に転職しました。 ~ドMがドSを極めたら~ 真っ逆さま @Mass-aka-SAMA

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