第9話 キンカイ無量 2.テロ? クーデター?
2.テロ? クーデター?
「出水……ジュリエット? 源氏名かな?」
鹿尾菜も首を傾げるけれど、ボクも「名字が出水なら、ほぼ確実だよ。女性になりたくて、カジノで一攫千金か……」
性転換手術をうけるため、風俗で働く子もいる。バニーガールなら、趣味と実益を兼ねて、一攫千金よりも一石二鳥という意味でも確実だ。
「声をかけてみれば? もしかしたら家に帰ってくれて、報酬が増えるかも……」
目が¥マークになっている鹿尾菜に後押しされ、声をかけようかと彼女に近づいていったところ……。
「動くな!」
入り口からライフル銃をもった、完全武装した兵士たちが雪崩れこんできた。
こうした公営カジノは、昔からテロリストに狙われる宿命だ。でも、ここは高層階であり、ここに上がってくるまで警報もでないなんて……。
そのころ、ボクたちは女子トイレにいた。だいぶ説明を省いたけれど、兵士が突入してきたことを察し、近くにいた出水と鹿尾菜を連れて、女子トイレに駆けこんだ。男子トイレにしなかったのは、これはこれで……。
「助けていただき、ありがとうございます。私は出水 秋と申します」
最初、驚いていたけれど、不測の事態に近くにいた自分を助けてくれた……体で、彼女……彼は感謝する。
「まだ助かったことにはならないよ。カジノから抜けださないと……」
ボクも恩を売ろう……との下心もあって、そう告げた。
「大丈夫。このオッサンが何とかしてくれるよ」
鹿尾菜がそう太鼓判を押すけれど、ボクはどちらに肩入れする気もない。それぞれの主張でそうするはずで、介入してもメリットがない。テロリストに拷問でもされるのなら、それはそれで……。
「今回の動きは、警備員も協力したクーデターだ。そうでないと、こんなすんなりと制圧できない。カジノ側が抑圧者というならともかく、ここは公営だよ。介入する気はないよ」
ボクがそう指摘すると、出水の表情が曇った。
「仰る通りです……。私にも話がありました。実はここ、一部のディーラーや経営陣以外、みんな非正規雇用なんです。公営ですから、法律に合わせて最低賃金は確保されてお給料は高いですけど、こういう衣装は自腹、トラブルによる損害も天引きされるので、手取りは少なくて……。
それなのに慢性的に人手不足でシフトも多く、残業が当たり前なのに、残業代もでない。怪我をしたり、病気をしたりしても、保障がない。そういう待遇に不満をもつ人たちが……」
「組合はないの?」
これは鹿尾菜が尋ねた。
「立場がばらばら。バイトも、契約社員も、派遣もいて、組合をつくろうと動いてもつぶされ、切羽詰まって……
「ブラック企業ですね」
「公営だから、企業じゃないんだけどね……。官僚たちが、自分が甘い汁を吸うためにつくった組織――。法律も、その抜け穴も知り尽くした人たちが、知恵を絞ったのよ、下々に恩恵は少ないわ」
出水は苦笑しつつ「私は働きはじめたばかりで、断ったんです。まさか本当にやるとは思ってなかったし……」
賭場は基本、胴元が儲かる仕組みだ。でも、それでは飽き足らず、労働者をも虐げる。さすが官僚、やることがえぐい。
「ストをすれば?」
「そんなことをすれば、従業員を入れ替えるだけ。ここで働きたい若者は多いもの」
華やかな吉原花街で働きたい、として地方からでてきた若者が集まってくる。公営で安心、というのもあるだろう。
しかしカジノで働いても、キャリアの醸成という意味では何も寄与しない。それでこき使われ、使い捨てにされるのなら、職場は殺伐とする。
「それでクーデター……。君は、ここで働くのが楽しい?」
「え? そうですね、コスプレは好きですから……」
もじもじしながら、性癖を吐露する出水は、完全に女の子だった。
ボクは二人をトイレに隠したまま、廊下を歩く。今はお客や、クーデターに参加しなかった従業員も一ヶ所に集められて、それ以外の場所は閑散としていた。
「浮かない顔ですね」
メンマがそう声をかけてくる。
「浮かない……のではなく、浮かばないんだよ。待遇改善にクーデター? 目的と手段が突飛すぎて、結びつかない」
「確かに、不自然ではありますね」
「それに一般人がライフル銃? 突入のときの指示の出し方はプロの仕事だよ。警備員のするレベルじゃない。首謀者は別にいる。もしくは、従業員がプロに依頼したのか……?」
「そこまでします?」
「どっちにしても、ボクには美味しくない。搾取するカジノ側が悪いのか、テロみたいな強硬手段をした従業員が悪いのか……? テロとか、クーデターとか、それぞれに正義があってするものだ。どちらの肩をもっても嬉しくないし、ボクが地獄に堕ちるシナリオがない!」
「結局それですか……。でも肩をもたずとも、金をもとうとする連中には?」
「それは……懲らしめがいがありそうだね」
ボクがそうニヤついていたころ、トイレにのこっていた鹿尾菜は、表情が凍りついていた。
バニーガールのシッポに隠し持っていた拳銃を、出水から突きつけられたからだ。
「どうして、出水さん?」
「ちょっと予定は狂ったけれど、こうするしかないの」
鹿尾菜は出水に脅されて、壁に大きな金庫の埋めこまれた部屋へとやってきた。まるで金融機関のような、巨大な丸いドアがぴたりと閉じられ、ドアには電子ロックのモニタもついた、最新式だ。
鹿尾菜たちが到着すると、ほどなく拳銃で脅された、高齢の男性がそこに連れてこられた。
「ま、待ってくれ。ここのキーはランダムの素数配列をつかった、暗号変換キーだ。私ごとき一介の支配人に、開ける権限はない」
どうやら、支配人まで雇われ者の悲哀を味わっているようだ。
支配人を連れてきた男はグラサンに口ひげ、ベレー帽をかぶったムキムキマッチョで、古いハリウッド映画にインスパイアされ過ぎ……といった感じだ。
彼は手にした拳銃で、連れてきた高齢男性のヒザを無言のまま、撃ち抜いた。
「ぎゃぁぁぁぁッ‼」
悲鳴をあげ、のたうち回る男性を見下ろし、髭グラサン・コマンド―は「官僚なんだから、もっと筋道立てて抵抗しろよ。思わず撃っちまった」
彼が下卑た笑い声を上げると、周りにいたライフル銃をもった、覆面をした男たちも笑う。どうやらライフル銃をもった兵士たちが、彼のお仲間らしい。
出水はその様子に少したじろいだ様子だけれど「モーガン大尉、連れてきました」と、拳銃で鹿尾菜の背中を押して、前へとすすめた。
「キミがM探偵事務所の助手……か?」
助手、と呼ばれたことに気をよくして、鹿尾菜も笑顔で「そうよ」と応じる。
「おたくの探偵さんは、この金庫ぐらい開けられるんだろ?」
「え……? さぁ……?」
「隠さなくていい。短期間で、強欲芸能事務所を奪いとり、シャブ漬けキャバクラの金を奪いとった。相手を拷問し、いうことを聞かせる凄腕の取立屋って噂、耳にしているぜ」
そう言われても、鹿尾菜も首を傾げるしかない。でも、そう言われるとそんな気もするし、あの罵られると喜ぶ、変態的気質をもった人が取立屋……?
「あいつから情報をひきだし、金庫を開けさせろ。そうすればみんなハッピーになれるんだ」
先ほど撃ち抜いた高齢男性のヒザを、モーガンが足で踏みつけると、さらにけたたましい悲鳴が響きわたる。
「搾取する側から、搾取する……こんな因果応報、ないだろ?」
悲鳴をむしろ心地いい……と感じるのか、モーガンはニヤニヤと笑いつつ、さらに踏みにじる。しばらくすると、それに厭きたのか「後は任せたぞ」と周りに告げ、歩きだそうとする。
「大尉はどちらに?」
「そろそろ警察も動きだすだろう。逃走経路を確認してくる。せっかくお金を奪っても、みんな逃げられないと、意味がないからな」
大尉は側近を連れて、部屋をでていった。
「出水さんも……仲間?」
「私は……待遇に不満はない。これは本当。でも、苦しむ皆を助けたくて、率先して動いている。アナタを巻きこんでごめんなさい……。だけど、全員がこの金庫の中に入った金塊を山分けして、それで今回の計画を完結できるの。あの人ならできるのでしょう?」
「できないと思うよ、きっと」
「え……? とりあえず、呼びだしてよ。直接本人に聞くから」
「連絡先も知らないよ。というか、携帯電話ももってないよ、多分……」
「えぇ~ッ! 今どきスマホももってないの? 犯罪者?」
「知らないけど、変態者だよ」
「変態……?」
「そう。自分が痛みを負うのも厭わず、他人を助けようとする。悪い奴らを赦せずに体を張って、一人戦ってくれる。でも決して偉ぶったり、功をほこったり、そういうこともなくて、常に自分を低く、下にみられたい……と考えているから、年下の私にも自然に接してくれる。困っている人をみると放っておけない、誰よりも優しいただの変態だよ」
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