第8話 キンカイ無量 1.賭場上等

   キンカイ無量


     1.賭場上等


 この世界は並行世界であり、ボクの知る世界と、少し違う。土地の名前や、発展の仕方にそれは顕著であり、ボクが暮らすここは吉原花街――。この国で最大の歓楽街であった。

 町の中にはカジノ、風俗も公然とみとめられ、また芸能も発展する。華やかな町だから若者が多く集まり、それがまたカオスを生む。闇の勢力も浮沈をくり返し、跳梁跋扈する。

 悪党が善人にすらなりえる街――。

「お酒、呑まないんだ?」

「そんなお金もないし、別に好きでもないから、呑まなくても支障がないだけさ」

「毎日へべれけになって、クダを巻いているかと思った」

「ボクは変態ではあるけれど、ダメ人間じゃない。お酒に逃げて、騒いだり暴れたりすることはないよ」

 ボクと鹿尾菜の二人は、カジノに来ていた。ここは入店するだけなら、年齢制限もない。賭け事をするにはここでのみ通用するカードをつくり、電子マネーをチャージする必要があり、そのカードをつくるときに身分証が必要となり、そこで年齢制限があるだけだ。

 ボクはカードがつくれた。転移しているので、身分証が不安だったけれど、そこは閻魔さんもお役所仕事ではなく、きちんとしてくれたようだ。

 もっとも、ボクがカジノに行くとなって、慌てて身分証を準備した可能性もある。何しろボクが勝手に称している、二十一歳という年齢でこの身分証がつくられているからだ。

 鹿尾菜のような子供でも入店できるけれど、ドレスコードがうるさく、シックな青のドレスを着る、すると、元々の大人びた雰囲気と、美貌もあって男どもがお誘いをかけてくる。それが煩わしくなって、カジノの中にあるバーに逃げこみ、件の会話となったのである。

 お酒も気分を高揚させるけれど、痛みや感覚を麻痺させてしまう。それがボクには嫌だった。感覚を研ぎ澄まし、肌にふれるもの、目でみるもの、匂い、音、味、それらを統合したものが愉悦、快楽となるのだ。精神もそうだけれど、一部でも誤魔化したら負け……である。


「ブラックジャックだ! これなら知っているよ。やりたい!」

 鹿尾菜は自分では賭けられないから、ボクにやれと袖を引っ張るけれど、ボクは首を横にふった。

「カードゲームはヤバイ。マジックと同じで、相手に渡すカードをディーラーは差配できる技をもつ。つまり勝たせる奴と、負けさせる奴を運営側が択ぶ。それでもやりたいか?」

「え~? そんなゲーム、つまんないよ」

「絶対に勝てるブラックジャックというのもある」

「何それ?」

「カウンティングとされるやり方で、エド・ソープという数学者が考案した。確率論で勝つやり方さ。簡単に言うとディーラーは最初、三組のトランプをもつ。それを使い切って、初めてもう一度シャッフルをする。だから残ったカードはある程度、推測できる。それで自分が有利なとき、大きく賭けて儲けるのさ。見つかると出禁になるけれどね」

 これは『ラスベガスをぶっつぶせ』という映画にもなった、実話である。MITの学生が、年平均で十%以上のリターンを稼いだ手法だ。確率なので永く、多くするほどその確率的な数字に近づく。

 資金力と、その手法を憶えて実践する。その二つがそろって初めて成功するようなものだ。

 生憎とボクには、そのどちらも足りない。投資をつのってはじめることもできそうだし、MITの生徒もそうしていたけれど、信用がないのでボクにはムリ。カジノにいても、結局することがない。


 それでもボクらがカジノにやってきたのは、依頼をうけたからだ。

 息子をさがして欲しい、という田舎からでてきた朴訥そうな夫婦から依頼をうけたのだ。

 初のカジノにウキウキの鹿尾菜を連れてきたのは、人探しできょろきょろしても、怪しまれないためである。しかしここは子どもが遊べるアミューズメント、アーケイドゲーム機も豊富だ。

 ビルが丸ごとカジノの施設であり、50階を超え、そのフロアすべてが娯楽施設となっているのだ。

 一つ一つのフロアも広いし、こんなところで人をさがすなんて、雲をつかむようなものである。

「お花を摘みに行こう」

 雲をつかむ前に、お花摘みがはじまった。ボクも無粋じゃないので「行ってきなさい」と送りだそうとしたが、手を引っ張って連れていかれ、トイレの前で待ちぼうけとなった。

「お花ぐらい、一人で摘めるだろ? カルペディエムだよ」

 ボクがそう腐ると、ポケットから頭……目玉をだしたのはメンマだ。

「ルネサンス期を支えた三大思想、みたいな言い方をしないで下さいよ」

「無情、世の憐れだよ。無洗浄、お尻の洗われだよ」

「何をかけているんですか? 中一女子のトイレ姿でも想像しましたか?」

「何も想像していないよ。ただ『花を摘む』ってトイレの隠語だけれど、どっちかというと『鼻をつまむ』方に近くて、むしろ鼻をつまむ方が、死の象徴かなって思っただけさ」

「…………。難しいこと言って、誤魔化していません?」

 メンマも中々鋭い。これはこれで……。

「しかし両親の身分証をつかってカードをつくり、カジノで使ったことは記録がみつかった。でもその後の足取りが不明って……。面倒くさいんだよ。いっそ、全部壊しちゃおうか……」

「だから、破壊神にそんな力はありませんよ。ドMなんだから、焦らしプレイを楽しんでは?」

「トイレの前で待つのも、尋ね人をさがし歩くのも、焦らしという意味では一緒だけれど、その先にある快楽が問題なんだよ。徒労に終わることなら、ドMのボクだってしたくない」

「気持ち悪いですね……。でも、その人見かけましたよ、さっき」

「え?」


 ドン! ポケットの中から肘撃ちしてくる。

 メンマと約束しておいた、相手をみつけたときのサインだ。

 でも、目を凝らしてもそのフロアに、高校生らしき男の子はいない。お客は高齢者ばかりだし、歩いているバニーガールは……?

 いた⁉ うさ耳をつけて、黒のレオタードを着て、もふもふの白い尻尾をつけているけれど、間違いない。元々写真でも華奢で、メガネをかけた真面目なタイプだったが、まさか女性の恰好……。

 胸は膨らんでいて、良いパットのようだ。腰もくびれ、遠目からでは女装とはとても気づかないレベルだ。

「うっそ! 超美形じゃん……」

 鹿尾菜が少し嫉妬をふくんだ声音で、そう呟く。

「アルバイトか? それとも借金のカタに働かされているか……」

 いずれにしろ存在を確認し、お仕事完了。連れ帰るのがベストだけれど、ここからは親の説得、理解が必要そうだ。何しろ彼女……彼は生き生きとバニーガールをしているのだから……。

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