第7話 インラン豪華編 3.夜の華
3.夜の華
もう夜遅いので、文句たらたらだったけれど、鹿尾菜は家へ帰した。
華のイロハにもどってくると、入り口は黒服の男たちが警備をしていた。別に、ボクの襲撃を待ち構えていたわけではないだろう。それは中で、いかがわしいことをしているから。
「何だ、てめぇは⁉」
「さっきまでウェイター見習いをしていた、ウェイた~ま洗いでぇ~す」
ボクはそういって、黒服の男たちの金〇を片方ずつ丁寧に、死なないようににぎりつぶしていく。
そう、お店をつぶすので、店員の金〇もつぶす。それ以外の体の部位は、中々片方をつぶしても生命と、生活に支障のないものはないけれど、金〇だけは片方失っても大丈夫。
今は痛みで気絶するぐらいだ。
中に入ると、靄のような煙がただよい、大人しくお酒を飲んでいた客も、さっきまできれいなドレスで着飾っていた女性も、全裸で乱交パーティーをはじめていた。覚醒剤ばかりでなく、これだけ性の匂いに充ちていたら、アロマでそれを消したくもなりそうだ。
ボクは全裸の女性をみても……否、こういうと語弊がある。全裸で涎を垂らしつつ「もっともっと……」と身を捩じらせて、求めるだけの女性には何も感じるところがない。
揺れる胸で、往復ビンタでもしてくれるのなら気持ちよさそうではあるけれど、生憎とアニメの中以外でそんな巨乳がいたら、バランスの悪さが、逆に気持ち悪そうである……。
そんな淫靡な世界を素のまま通り抜け、奥にある事務所に向かう。
そこにはお銀がいた。先ほどと変わらず、細いタバコをくゆらせて……。
「連中が逃げかえってきた……と聞いて、こうなると思っていたよ」
「どうしてクスリに手を?」
「最近、高級店に需要がなくてね。お金をもっているのは老人か、不正を働いてあぶく銭を得た者ぐらい。いずれにしろ先細りだ。
私はこの歳まで結婚もせず、このお店だけを繁盛させようと頑張ってきた。年金をもらう歳になって、そのお店がつぶれる……、耐えられなかったんだよ」
「その強欲で、お店にいる女性を地獄に墜とし、満足か?」
「最高のセックスだよ。むしろ、感謝して欲しいね」
「クスリによって加速された感覚と、精神でするセックスが最高? 下らない……。それはつまらないセックスをしています、という裏腹だよ。愛がないから接触のみを重視する。
足りない部分を、クスリで補っているだけなんだよ。だからより強いクスリ、覚醒剤を求め、のたうち回るようになる。この快楽の先は何もない……。何も与えてくれない地獄だ」
地獄って、そういうものじゃない。
彼女たちはこの世で、性欲を満足させたわけではないのだ。貪欲を与えられ、貪欲でありつづけるよう仕向けられた。
それが彼女の罪、店を守りたい、という我欲によって陥った罠だ。
後日談を語っておこう。砧 銀――。彼女は覚せい剤取締法違反によって、逮捕された。
ボクは何も壊さなかったけれど、彼女はプライドがずたずたとなり、唯一の生きた証と考えていたお店も、一瞬でつぶれた。
むしろ、彼女は自ら壊れるべくして壊れた。破壊の道をすすんだ。
あぁ、何も壊さなかったといったけれど、ボクが彼女と別れる前にしたことが一つあった。
自ら手にした細い、火のついたシガレットで目を突いた彼女を、放置した。病院へ連絡もせず、そこに放っておいた。
そしてお店の女性たちの、セックスドラッグの快楽という記憶、感覚を破壊した。
精神に障害は多少残るだろうけれど、覚醒剤をつかってセックスする、というドロ沼を止めることはできたはずだ。
ちなみに、あそこにいた客はすべて感覚を壊した。正確にいうと、感覚を抑制してブレーキをかける方を壊した。
何かにふれるたび、激痛を感じるだろうし、何か一つを考えようとすると、とりとめもなくなる。そう、ずっと覚醒剤を最強の状態、最高に効く状態で使用するようなものだ。
今後はセックスのことを考えるだけで、失神するだろう。それは最高潮だからではなく、脳が耐えられないから。最高に気持ちよかったことを、思いだすことさえできなくなったのだ。
「華のイロハ、つぶれたね……」
事務所で駄弁っている鹿尾菜が、新聞を眺めてそう呟く。
「新聞に載っていたっけ?」
「地方版にでているよ。テレビでも報じられたし」
それは高級なキャバクラが、覚醒剤をつかって営業していた、なんてことが表ざたになったのだ。
「あの店長さん、警察に連行されるとき、目がつぶれていたけれど……」
「ボクに問い詰められて、観念したんだよ。そのとき、自分の店がなくなるのを見たくない、といって、自分でタバコの火を押し付けたのさ。店を守るため、覚醒剤に手をだした。その報いだよ」
もしかしたら自殺するかも……と思っていたけれど、そこまではなかった。むしろ死ぬほどの覚悟があったら、お店を閉じていたのかもしれない。その決断ができないぐらい、心が弱かったからこそ安易にクスリ、セックスという方向に流れたともいえそうだ。
「これで、芸能事務所につづいて、キャバクラもつぶしたよね?」
地獄に堕ちたいから悪いことをしているけれど、さすがにやり過ぎ?
「つぶしたつもりはないよ。ここだって、好意でお借りしているし、キャバクラは勝手につぶれただけさ」
悪いことをすれば、いずれ自業自得でつぶれる。自分はうまく逃げ切ったと思っても、死んでから貶められる。なぜって? それが悪いことのもつ宿命だからだ。それが正当化されるためには、国のトップをとって悪事を善いこと、と逆転させるしかないのだ。
散々に殺人を犯しておいて、人を殺すのは善いこと、と常識を逆転させれば悪行も正当化される。
「私、キャバ嬢として可愛かったでしょ?」
「アイドルをするなら、キャバ嬢の過去は黒歴史だよ。汚点になるよ」
「大丈夫よ。最初の事務所がつぶれて、もう履歴は黒いから」
「それって……ボクのせい?」
「そうよ。だから、アイドルとしての仕事がもらえるまで、ここでアルバイトするから、バイト代をよろしくね」
女子中学生にタカられるなんて、これはこれで……。
「でも、小町さんってどうしたの? あれから顔をみせないし、お店の女の人と一緒に逮捕されたの?」
「否、帰ったんだよ」
「地元に?」
「ま、そんなところかな……」
お店をつぶしたとき、ボクは出会っていた。緑色をした、小さなオッサンと……。
そう、あれが『小町』だ。
消えつつある自分の居場所に、ボクに助けを求めてきた。でも、それは難しいことだった。様々な条件が重なって、エネルギーが凝集されたもの、それがあのオッサンである。お店が変化する中で、少しずつ彼女の存在も希薄化されつつあった。
小野小町の歌――。あれは桜がすぐに散っていく儚さと、女性が自らの盛りが過ぎていくことを嘆くもの……。
彼女は知っていた。お店がなくなれば自分も消える。お店が散るとき、自分もまた散るのだ、と……。でも、変化していくお店を放っておけなかった。だから、ボクを介入させた。まさにイタズラに……。
もし次に新しいテナントが入るとしても、今の彼女ではないかもしれない。でも、少なくとも居心地のいい場所になることを祈っている。
夜の華、キャバクラが栄枯盛衰、散ったとしても、座敷童子まで散ってしまうのは不憫だから……。
もっとも、タダ働きとなったボクが散りそうだけれど、これはこれで……
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