第6話 インラン豪華編 2.バカップルの香り

     2.バカップルの香り


 華のイロハが入るビルの前で、ボクと鹿尾菜がすったもんだをしていると、中から黒服の男が現れた。

「おう、兄ちゃんら。何しているんだ、こら!」

 夕方だけれど、サングラスをかけた黒服の、ガタイのいい男に凄まれるが、ボクは威圧されるどころか、相変わらず物足りないとしか感じない。

 ボクらは店主の前に引きだされた。

 そこには七十前後の女性がおり、日本髪のようにアップにまとめ、和装の似合う品のよさだ。咥えた細身のタバコは業界の長さを思わせ、酒焼けした声も中々の年季を感じさせた。

 ちなみに、ボクらを拘束した黒服の男は、彼女の後ろで仁王立ちする。上意下達の精神がいきとどいているようだ。

「その子がうちに入りたい……と?」

「ボクはまだ若い、と止めたんですが……」

「だって、お金ないじゃん! アンタは働かないし……。私が稼ぐしか……」

 これが潜入捜査をする上で立てた。貧しいカップルが夜のお店に一攫千金を狙ってGO……作戦である。

「うちは高校生でバイトをする子もいるよ。もっともお酒は飲めないから、ヘルプとしてだけどね」

 鹿尾菜を高校生と思ったようだ。

「一日だけの体験入店ってできないですか? この人も心配症なので、裏方で雇ってくれれば……」

 バカップルが、お金に困って夜のお店に……。ありがちなパターンだけれど、この高級店でそれが通用するか……と思っていたら、あっさりOKがでた。きっと鹿尾菜の美貌に目を留めたのだ。

「私は砧 銀。お銀と呼んでおくれ」そういって、握手を求められた。そのほっそりとした長い指が手に絡んできて、妙に気持ち悪かった。


 髪をセットし、化粧も先輩からばっちりと施されて、ドレスをきた鹿尾菜はとても輝いて見えた。

 それはアイドルをめざして事務所に登録するぐらいだ。日本人離れした、目鼻立ちがはっきりした顔も人目をひく。物怖じしない、人見知りしないことも夜の仕事向きだろう。

 ボクはウェイター見習いだけれど、お客さんの前にでることもできず、裏で皿洗いだ。この扱い……これはこれで、だけれど、潜入捜査という点では何の役にも立っていない。

 今日は小町がいないみたいだけれど、お店はそこそこ繁盛していて、夜が遅くなるに従って忙しくなってきた。

 ふと、物陰に動くものをみつけて、目を凝らす。すると、全身が緑色で、小さな人型のものがうずくまっている背中がみえた。

「緑のオジサン……ですね」

 胸ポケットからメンマが頭……目玉をだして、そう呟く。

「それって、芸能人がみるというアレ?」

「座敷童と同じですよ。気候、地形、建物の形状などの様々な条件によって、エネルギーが集まり易い場所があります。そのエネルギー体を人がみると、人の姿に見えてしまうんです」

「これもエネルギー体?」

「そうですね。大分弱っていますが……」

「じゃあ、もう消える?」

「このままいけば、そうなるでしょうね。ここはもう、エネルギーが集中する場ではなくなっているようですから……」


「何も分からなかったね」

 未成年がお仕事をできる時間は限られるので、途中で仕事をあがり、鹿尾菜と二人で帰るところだ。分からなかった……という割に、鹿尾菜は嬉しそうにターンをしてみせる。

「あのお店の客層だと、ストーカーというタイプじゃないね。店に黒服も多く、店内の人間関係でトラブル……かな?」

「そう、店内って言ったら、あそこ凄い臭くて……」

「アロマ?」

「多分そう。ベッドにもなりそうな高級シートには、染みこむぐらいに強くふられていて、その匂いで酔っちゃった」

 お酒をこぼしたり、嘔吐したりする人もいるから、強い匂いでごまかすことは多いはずだ。

 しかし営業をかけない経営方針も。こっそりと遊ぶ……という客層を意識したもののはず。それなのに匂いをつけて帰ったら、本末転倒だ。

「それに、色々なお客さんから、何度も『君も十二時以後もいるの?』と聞かれたんだよ。何でだろ……?」

 ボクはふと、鹿尾菜に顔を寄せて、その首すじ辺りの匂いを嗅ぐ。

「え? ちょ、ちょっと……。まだ早……」

 鹿尾菜は真っ赤な顔で、もじもじするけれど、夜の道端でそんなことをしたいわけじゃない。

「微かだけれど、君から覚せい剤の匂いがする……」

「えッ⁈ 私、やってないよ」

「多分、あの椅子に染みついていたんだ。ガサが入ったとき、それを誤魔化すために強い匂いをつけたんだよ」

 ボクも前世では悪いことをしてきた。鼻は昔からよく、探知犬並みに微かな匂いでも嗅ぎ分ける。

 ボクもあまり嗅いだことがない、合成麻薬っぽい匂いで、気分を高揚させる効果が高いようだ。さっきから鹿尾菜が妙なテンションなのも、初めての夜のお店を体験して浮かれているばかりでないようだった。


「なぁ、彼女ぉ~。そんな優男と別れてさぁ。もっと気持ちいいことしようぜ。うちの店に入ったら、最高のセックスを体験させてやるよ」

 ボクと鹿尾菜は、いつの間にか店からつけてきたのだろう、黒服の男たちに囲まれていた。

「今晩にでも、その子をご指名ってお客様が多くてね、ちょっと強引だが、体験、即本番ってことで」

 入店じゃなくて、挿入……? でも、これで線がつながった……。

「女の子をクスリ漬けにして、借金を抱えさせ、その返済のためにお店で体を代償にさせる。なるほどストーカーじゃなくて、お店にまとわりつかせるのが、お前たちのやり口か……」

「何をごちゃごちゃ言っているんだ? 多少、手荒なことをしていい、と命令されているんだ」

 一人が拳銃をだして、ボクに向けた。

「この男を殺されたくなかったら、ついてこい。どうせすぐ、元彼のことなんて忘れさせてやるよ」

「ちくしょぉぉぉぉッ!」

 いきなり叫んだボクに、黒服の男たちも驚いて後退りする。

 ボクをネタにして、鹿尾菜にひどいことをする……逆だろう? まずボクを殴ったり、踏んだりして、それを見せて脅しをかけるものだ。ボクがピンピンしたまま脅しをかけるなんて、脅迫の基本に悖る。

 納得いかない!

 ボクが拳銃を向けている男にずんずん近づくと、緊張して引き金もひけない。その拳銃をガシッとつかむと、拳銃が一瞬にして粉々に砕けてしまった。

「こんなお遊戯、たくさんだ!」

 ボクがそう凄むと、黒服の男たちは脱兎のごとく、バット(蝙蝠)よりも遅いぐらいの速度で逃げていった。


「玩具って気づいていたの?」

 鹿尾菜がそう尋ねてくる。彼女も初めての拳銃に、驚いて恐怖したはずだ。それをボクが片手で、しかもあっさりと握りつぶしてしまったのだから、さらに驚くこととなった。

 ボクからすれば、本物だろうと玩具だろうと、痛みを与えてくれないものは、ただの道具だ。

「プラスチックだよ。本物のはず、ないだろ? ハハハ……」

 破壊神のことを彼女は知らないので、笑ってごまかす。

「老舗というぐらいだから、最近変わったのかもしれない。でも、あの店はセックスドラッグをつかって女性をしばりつけ、また最高のセックスを謡って客集めをしているんだ」

 ボクが苦々しい顔で呟くと、鹿尾菜もピンと来たようだ。

「つぶす?」

「クスリは最悪だ。そんなものをまき散らすお店、ない方がいい」

 ボクにとって覚醒剤など、下衆中の下衆――。感覚を麻痺させ、精神を高揚させ、痛みを誤魔化す……最悪じゃないか‼

 痛みこそ、それを耐える自分であったり、乗り越える精神であったり、それが己との戦いの動機――。自分を律し、高めんとする唯一の道。気持ちよさの原点、絶頂へと至るドグマ‼

 そう、覚醒剤なんて、ドMからするとそれを阻害する最悪の手段。

 邪道という道を、ボクはつぶす!


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