第5話 インラン豪華編 1.探偵、はじめました
インラン豪華編
1.探偵、はじめました
「事務所開きだ!」
ボクは探偵事務所を開くことにした。そこは元芸能事務所であり、閉鎖することとなって、ご好意で貸してもらえることになった。
ご好意で、すべての調度品もそのまま。ご好意で、水光熱費もタダ。ご好意で、賃貸料も当面無料である。
「悪党ですね……」
目玉の娘、メンマがそう呟く。頭が眼球――、という某親父をオマージュしているらしく、大きさも手の上にのるぐらいだ。
今はふりふりで、へそ出し、太ももや二の腕などの露出の多い、美少女フィギュアの衣装だ。
全裸は嫌……といっても、ボクの裁縫の才能では心もとないし、既製品で妥協することにした……のだが、美少女フィギュアで、着せ替えできるものに普段着はなく、魔法少女のそれで手をうったのだ。
ボクが購入するとき「服を脱がせることができますか?」と尋ねたときの、店員の目は中々……。
ちなみに、服のない美少女フィギュアがガラスケースに陳列される。大切なことなので、もう一度いっておくけれど、ボクに美少女フィギュアの衣装を脱がせ、楽しむ趣味はない。捨てるに忍びなく、またケースが淋しい……というメンマの指摘でそうしただけである。
「少しの痛みで、社長さんはすぐ事務所を貸してくれた。きっと彼も感謝しているんだよ。喜びの対価だよ」
「みんなドMではないですよ」
「みんな心にドM心を隠しもっている。それを形にしてくれたんだよ」
「ドMの形、大き過ぎません? バカでしょ、ドMの前に……」
メンマはそう罵ってくるけれど、これはこれで……。
ちなみに、この事務所には部屋がいくつかあり、ここを生活する場、寝泊まりもしている。お風呂はないけれど、シャワールームがあって、ミニキッチンなど一通りの生活ができるからだ。
この大広間には畳敷きの小上がりもある。昔はここで兄弟の杯をかわす……などもしたのだろう。
ドスが刺さった跡や、どうみても血が染みこみ、黒ずんだ跡をあるけれど、こんなところもご愛敬だ。
応接用のソファーは革張りで、社長用の偉そうな机と椅子もある。
しかし贅沢な暮らしに憧れるわけではなく、破壊神として崇め奉られたいわけでもない。むしろ蔑まれたい……。下げて、踏まれたい……下げ踏まれたい!
そんなボクが、探偵をはじめた理由は簡単だ。悪いことは前世で体験し、もう懲り懲りだ。かといって悪いことをしないと、地獄に堕ちて、またあのめくるめく官能の日々を体験できない。
そこで、トラブルに首をつっこみ、悪党を懲らしめるのと同時に、やり過ぎることによって地獄に堕ちよう……と考えたのだ。
悪党といっても、殺すことはない。だって悪党が死んだら、地獄に堕ちるではないか! そんな羨ましい……ではなく、ボクより先に地獄に堕ちるなんて、赦せるわけがない。この穢土で生き、苦しみつづけて、初めてドM……否、色々なことに目覚めるはずだ。
探偵事務所を開いて、そんなトラブルをウェルカムで待ち続けることもまた、ドM心をくすぐられるものだった。
そんな事務所を訪ねてくる者もいる。メンマも慌てて隠れた。
「オッサン、いる~?」
鹿尾菜 希衣――。制服姿なのも、学校帰りに立ち寄ったからで、前の芸能事務所に所属していたアイドル候補だ。前の事務所が閉鎖されたことを知らず、訪ねてきて以来、こうしてほぼ毎日、顔をだすのである。
「事務所を移籍したんだから、こっちに来る必要ないだろ?」
「この業界って、移籍した人を干すのよ。私は事務所から承認をうけたから、短期間で済みそうだけどね。今度の事務所はティーンズの仕事をまわしてもらえそうだし、そうなったら忙しくなって、ここに顔をだすこともできなくなるかも……。淋しい? ねぇ、淋しい?」
恩着せがましいけれど、第一編では結果的に助けたことになるので、恩義を感じているのか……。恩ギをせがまれているのか……。
「一人が好きなんだよ」
「素直じゃないなぁ。当面ヒマだから、ここで駄弁らせてよ」
母親もまだ入院しており、家に帰っても誰もいないそうだから、暇つぶしにちょうどいい……ようだ。
「ところでオッサン、いくつなの?」
「……二十一だよ」
破壊神として転生しているので、年齢は不詳――。見た目から、勝手にそう称しているだけだ。
「げッ! そうか、八歳差か……」
鹿尾菜はそう納得するけれど、ボクとしては彼女が十三歳、ということの方に驚きだった。ワンエイトの大人びた顔立ちは、大学生でも通用しそうである一方、スッピンでも通用する肌の色艶が、幼さを感じさせた。
しかし、病気の母親のためにアイドルをして稼ぐ、といった芯の強さも併せ持っている。駄弁ると決めたら、梃子でも動かない少女だった。
「仕事をしなくていいの?」
「これでも仕事中……というか、開店休業中だよ」
よろず悩み事相談――。そんな探偵事務所に、依頼などくるはずない。広告宣伝もしていない。
しかしそんな話をしていたら、依頼者がやってきた。
茶髪を下ろした長い髪に、丸いサングラスと大きなマスク、芸能人の身バレ防止スタイルだ。
「私、二丁目の〝華のイロハ〟でキャバ嬢をしている、源氏名は『小町』です。お見知りおきを」
花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに――。
「古今集の歌です。百人一首にも入っているので、ご存知でしょう?」
小町はそういって、自慢げである。それは小野小町の詠んだ歌。それを店名にするお店で『小町』を名乗っているぐらいだから、お店でもトップクラスのキャバ嬢なのだろう。
「最近、ストーカーに付きまとわれるんです。すると、私の周りで変なことが起きるようになって……」
「どうぞ」
鹿尾菜がまるで秘書か、事務員のように、小町の前にお茶をおく。
「警察には話されたんですか?」
それだけでは飽き足らず、二人用ソファーの真ん中にすわるボクの隣に、お尻をねじ込むようにして、話に割りこんできた。
小町も首を横にふる。
「お店にも迷惑がかかるので……。この界隈で商売をすると、嫌でも裏の社会とつながります。どこのお店も、ガサが入ることは嫌いますから」
「掘られたくない事情がある?」
ボクの横やりに、鹿尾菜が肘鉄を喰らわせてきた。痛みはともかく、探偵はボクなのにこの蔑ろにされる感じ。これはこれで……。
「じゃあ、そのストーカーを特定し、追い払えばいいですか?」
これも鹿尾菜が尋ねた。
「もしかしたら、お店の人間かもしれません。できれば大ごとにせず、内密に済ませていただければ……」
華のイロハは、キャバクラ激戦区とされる二丁目でも、老舗中の老舗。特筆すべきは同伴、アフターといったサービスを廃止し、キャバ嬢による営業も最低限、という割り切りだ。
むしろそういう付きまといを嫌う、上級なお客様を相手として長年つづいてきた。キャバ嬢への負担も少なくなり、質の高い女の子が集まる。その好循環が安定した経営につながってきた。
そう鹿尾菜が説明してくれる。
「私が『お店に興味ある』といったら、教えてくれるお爺ちゃんがたくさん……」
この吉原花街は古くからある歓楽街であり、生き字引を自負する高齢者も多い。それが若い。可愛い鹿尾菜のような女の子から尋ねられたら、鼻の下を伸ばして教えてくれただろう。
「潜入捜査をするんですか? するんでしょう?」
ナゼかわくわく、楽しそうな鹿尾菜だけれど、探偵のアシスタントにでもなったつもりか? 目をキラキラさせて、夜のお店に興味津々らしいけれど、ボクの気持ちは萎えるばかりだ。
キャバ嬢にチヤホヤされ、有頂天になるような性癖は、生憎と持ち合わせていないし、お金もない。そもそも、ストーキングはお店の外でするもので、潜入する必要も感じていない。
でも「私、キャバ嬢できるかなぁ?」なんて、鏡をみてノリノリな鹿尾菜を説得する方が、憂鬱だった。
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