第4話 偶像スパイ編 3.カチコミ
3.カチコミ
「助けるつもりですか?」
「助けたいけれど、彼女の事情は複雑すぎて……」
事務所もクソだけれど、ヤクザ者を雇って少女を襲わせるなんて、裏世界とのつながりを意識させた。手をだして、無事に済むとも思えない。
でも、それ以上に……。「人助けをしたら、天国に行っちゃうだろ?」
「そこ、悩むところですか?」
「重要な点だよ。善行を積むと、天国に行くんだろ? そんな目に遭うぐらいなら、いっそすべてを破壊して……」
「だから、破壊神だからってムリなことはムリですって。それより、結果として善行になっても、その過程が悪だったら? 地獄に堕ちることだってできるんじゃないですか?」
「過程が……悪?」
なるほど……。前世のような悪事は被害者がでるから、もうしないと決めた。しかし悪いことって基本、誰かにとって不都合で、迷惑なことだから、それが禁止されてきたのである。
でも、暴力だって、人を騙すことだって、容認されるケースもある。猿蟹合戦にそれは明白だ。最初に騙したり、蟹を傷つけたりしたサルは悪で、その仕返しをする臼や栗の面々は善……。むしろ称賛される。結果が善行ならサルを騙し、暴力をふるうことも正当化される……。
「悪いこと……しようか」
ボクも精いっぱい、悪い顔をしてみせた。
「何だ、てめぇは⁉」
さっきの五人組のヤンキーも、事務所にいた。分かり易く、ボクが乗りこむとそう威嚇してくる
これで『任侠』とでも書かれた掛け軸があれば、組事務所だ。
暴対法ができて、こういう連中が一般企業を装うようになった。この芸能事務所もそうだ。
「こ、こいつですよ‼ こいつが邪魔を……」
オールバック男も、数十分前に遭ったボクを憶えていたようだ。
「おやおや、この方が変質者ですかな?」
偉そうな机にすわるのが、ここの社長のようだ。五十過ぎの脂ぎった禿げ頭、中年太りのぽっこり。肌荒れがひどく、歯並びが悪くて、金歯を見せびらかすよう醜悪な笑みをみせた。
「それで、どういうご用件で?」
「さっき殴られたし、この事務所をつぶそうと思って」
淡々と語ると、相手の笑顔も凍った。
「おやおや、カチコミですか? 困りましたねぇ、警察に通報しちゃいますよ?」
「どうぞ、どうぞ。事務所でヤクザと、変質者が大太刀回りを演じた……。三面記事には事欠かないでしょうねぇ。デジタル記録として、アナタの名とともにずっと残りますよ」
ボクが怯まず、そう言い返したことに、禿げ頭の組長もビビったようだ。何しろ、ボクは地獄に堕ちたくてここに来たのだ。怖いものどころか、怖いところに行きたいのである。
「こいつは……沈めるしかなさそうですねぇ」
組長のその言葉を引き金にして、手下の一人がガラスの重たい灰皿で殴りかかってきた。
ガンッ! 頭への激しい衝撃と、血が噴きだすけれど、こうじゃない……。地獄を体験してしまうと、どんな痛みも物足りなく感じてしまうようだ。
くそーッ‼ 記憶をもったままボクを転生させたのは、この焦らしプレイのため、だったのか……。
殴ってきた相手の顔面を、鷲掴みにした。
「痛い、痛い、ぎゃぁぁぁぁッ!」
こんな痛がるなんて、何て羨ましい……。
ぷち! あ……。思わず頭蓋骨を粉々に砕いてしまった。金属バットを握りつぶしたように、破壊神の力で握力が増しているなら、力加減を考えないと人ぐらい簡単に殺してしまいそうだ。
「やっちまえ!」
全員が、拳銃を構えた。ボクにお礼参りをしようと、準備していたようだ。
ハチの巣? これはこれで……。
しかし飛んでくる銃弾が遅い……。まるでマトリックスの一場面のように、銃弾がスローモーションで、退屈だ。
ぺちッ! 手で叩くこともできる。何だこれ? ハエ叩きより簡単で、痛くも痒くもない。
銃弾をぺちぺちと叩き落とすボクに、さすがに相手も凍り付く。
拳銃を「ハジキ」と呼ぶのは、命を弾く(外へだす)という意味を付加しているから、との説がある。しかしボクはその銃弾を手で、指で弾いて叩き落とす。オハジキの要領で……。
金髪男が、すらりと日本刀を抜いた。
日本刀で斬られるなんて、これはこれで……。でも、刀創は厄介でもあって、別にボクは『刃牙』のような、取りあえず攻撃を受けて、創だらけになるバトルキャラになりたいわけじゃなく……。
きれいな体で、一生を終えたいわけで……。
えい! 手刀で日本刀を叩くと、ぽっきりと折れてしまう。
そのまま相手の顔面をつかみ、ぷちッ! と握りつぶしてしまう。
このままだと、破壊神というよりエリック神――。昭和に活躍した、リンゴを片手で、簡単に握りつぶしてしまうほどの握力をほこった、プロレスラーだ。
「こ、こいつ……、化け物だ⁈」
ボクは破壊神であって、化け物は心外である。でも、こうして相手に恐怖を与えることは、悪事として認識されるはずだ。
「化け物じゃなくて、バカ者です。悪いことをする奴らを叩き潰し、溜飲を下げたいだけの、クソ野郎ですよぉ~」
「ぎゃぁぁぁぁッ!」
次々と、死なない程度にボコボコにされ、悲鳴とともに失神する。のこるは社長だけとなった。
「わ……、私が悪かった。彼女のことは解放する。借金もチャラにする。だから助けて……」
「それだけで足りるのかなぁ?」
「ふぎゃぁぁぁぁッ‼」
彼はこの世で、地獄をみることとなった。
鹿尾菜の母親の病室を訪ね、手術も難しいとされた腫瘍を破壊した。
この辺りはメンマのアドバイスもあって、破壊神としての力をつかうことによってできたこと。
ボクは別に、彼女を救いたかったわけじゃない。でも、彼女を救うという名目で、やり過ぎるぐらいに相手のヤクザ者を叩きのめし、悪事をし尽くして、もう一度地獄に堕ちる……という目標に近づくことができた。そのお礼として、母親を治療したに過ぎない。
そんなことを知らない彼女は、町でボクのことを探し当て、一枚の紙を突きだしてきた。
「頼んでないし、有難うとは言わないから!」
それは移籍承諾書――。借金をチャラとし、芸能事務所を閉鎖するにあたって別の事務所への紹介状を書かせたのである。彼女はそれをみせてきて、そう啖呵を切ってきた。
あれ?
前も感じたけれど、これはこれで……。
「お礼も、感謝も要らないよ。ボクは自分のやりたいようにやって満足した。それだけで十分さ」
彼女は一瞬、呆気にとられた後、真っ赤な顔をして、その大きな瞳を潤ませながら「アンタなんて、地獄に堕ちればいいのにッ!」と、捨て台詞をのこして走り去っていった。
無論、望むところだし、そうなってくれれば有難い。そんな、ボクの想いを汲んでくれた彼女の思いやりにジーンと胸を熱くするけれど、それでボクが恋に落ちることも、地獄に堕ちることもなく、むしろ『偶像スパイ』編にオチがついただけ……でもあった。
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