第3話 偶像スパイ編 2.自由落下は不自由
2.自由落下は不自由
自由落下するとき、一瞬ふわった体が浮く感じがする。その後すぐに不自由な落下がはじまった。
「NO~~~~ッ!」
ドMだからといって死にたいわけじゃない。急速に接近する地面に、ぎりぎりで着地姿勢をとった。
バンッ‼
両足で着地した。そこで足がジーンとなって……。「ちくしょぉぉぉぉッ!」
「何を叫んでいるのですか?」
メンマが胸ポケットから尋ねてくる。
「ここは足がバンッとなって、ジーンとして、それによって気持ち良くなるところだろ? それがないんだよ」
「そんなドMの感性、どうでもいいです……」
メンマは呆れてそう言い残すと、胸ポケットに隠れる。どううでもよくないことが迫っていたからだ。
少女と、五人の男たちの間にボクは舞い下りた。舞ってはおらず、ただ落ちてきただけだけれど、場違いな闖入者であることは確かだ。
「何だ、てめぇは⁈」
五人のリーダー格らしい、オールバックにノーネクタイの、派手なスーツを着た男が前にでてきた。
威嚇のつもりだろうが、生憎とボクはこういう展開には慣れっこだ。今ではそんな脅しをかけられてもドキドキ、わくわく、ドM心は一切くすぐられない。むしろ、物足りない。
「こんなところで何を?」
ボクが動じず、むしろすんとしてそう問いかけると、相手も話し合いは不可能だとすぐに暴力行為へと舵を切ってきた。手下らしき金色の短髪男が飛びだして、殴りかかってきた。
そうそう、彼らはこうして暴力によって相手を支配、服従させようとする。でも、これはこれで……。
「ちくしょぉぉぉぉッ!」
頬に一発もらったボクが、痛みに悶絶するでもなく、いきなり叫んだので、相手もビビッて引き下がった。
痛みを……感じないのだ。否、痛いことは痛いけれど、マイルドな感じだ。きっと一般人なら、それで満足……もとい、悶絶するだろうけれど、地獄を体験したボクにとっては……。
痛がるどころか、全力で悔しがるボクにヤンキーたちも戸惑い、鉄パイプをもった禿げ男が殴りかかってきた。
今度こそ……そっと笑顔で頭を差しだす。ガンッという激しい音とともに鉄パイプが大きくひしゃげた。頭から少し出血したけれど、痛みはほとんど感じない。つまり不・満・足ッ!
「がっかりだよッ‼」
鉄パイプで殴られ、頭から出血する男が、相手に向けて叫ぶ言葉ではない。
ヤバイ奴――。全員が一瞬にして、そう悟った。金属バットで殴りかかってきたけれど、ボクはそれを手で受けとめ「もういいって!」と、それを片手で握りつぶしてしまう。
あれ? こんなところで破壊神? 金属バットなんて中身が空洞だけれど、それにしても脆い……。
ヤンキーたちもそんな怪力と、殴っても怯まない変質者を前にして、我先にと逃げだしていった。
何もしていないけれど、ヤンキーたちが逃げたので、ボクは改めてそこにいる少女をみた。
茶髪に、ノーメイクでも顔立ちがはっきりする。海外の血が入っているのか、大人びて見えるけれど、見た目以上に若そうだ。中学生かもしれないし、もしかしたら小学生かも……。
そんな子供を、男五人で回そうとしていたのか?
「あ……、アナタも事務所の回し者⁈」
ボクも回す側……? 「嫌々、ちがうよ。ボクは回し者じゃないし、どちらかといえば回されたい側だ」
ちょっとドMが漏れてしまったけれど、逆にそれで誤解がとけたようだ。
「ご……、ごめんなさい。助けていただいてありがとうございます。じゃあ、私はこれで……」
早口でそういうと、足早に立ち去ろうとする。
転生ものといったら、こうしたファーストイベント、アクシデントに関与することが大切のはず。
恐らく閻魔さんがここに、このタイミングで転生させたのも、メンマがボクをこの事件に巻きこもうと注意をひいたのも、きっとこのイベントが重要……という示唆のはずだ。
ボクは彼女の手をつかんで
「何か事情があるんだろ? よかったら、ボクに話してみないか? できることなら力になるよ」
まっすぐに少女を見すえ、そう声をかけた。少女は引き攣った、恐怖の表情を浮かべて「…………キモ」
あぁ……。少女の蔑みと疑り深い目。それに吐き捨てるような言葉の棘――。これはこれで……。
「私、アイドルなんです」
鹿尾菜 希衣はそう自己紹介した。アイドル活動をするときは『比治木 マリー』と名乗っているそうだ。
今は公園のベンチにすわって、彼女から話をきいていた。キモい、ウザ絡み男だけれど、貞操の危機を守ってくれた恩人……でもあり、そのポジションが心を開かせたようだ。
「でもそれは、いずれセクシー女優にするため、そのときの価値を高くするためで、グラビアの際どい水着、深夜ドラマで肌をだしまくる……といった仕事ばかりとってくるんです。
この髪色にこの顔だと、清純系で売ることはムリだからって……」
どんなブラック事務所? もっとも若くして脱ぐ、脱げる女の子を重宝する業界であることも確かだ。
「そんな事務所、辞めちゃえば?」
「母親が重い病気を患って、治療費が嵩んでいるんです。それで、亡くなった父の昔の知り合い、という相手から借金をしました。私が働いて返すから、と。それが今の事務所の社長です」
江戸時代の遊郭、女衒、女郎、置屋といった類だって、もう少し好条件で受け入れるものだ。
それに、ここで彼らを遠ざけても、元の木阿弥。何も彼女にとって不都合なことは変わらないだろう。騙してAVに出演させる事務所もあるぐらいだ。女の子を商品としかみていないのだから……。
「私のこの茶色い髪は、曾祖母ゆずりなんです。戦争で空襲、原爆といった民間人を狙った攻撃をくり返した、自国の戦争犯罪に心を痛め、この国に渡って看護師をしていました。
私にはその形質が強くでてしまったようです。
私は曾祖母のことが大好きで、彼女のように人助けをしたい。人の役に立ちたい、と強く思うようになりました。セクシー女優になりたいわけではありません。
そうしたら、あの男たちを雇って、無理やり私の処女を奪って、言うことを聞かせようと……」
中学生らしい壮大で、かつ漠然とした、崇高な目標だ。こうなりたい、と思っていても、まだそれを達成するための、具体的な姿を描けていない。それは知見、経験の不足のためだ。
本当の恋さえ体験していないだろう。そんな中学生を騙し、処女を奪えば性に開放的となり、脱げる若手女優として稼いでくれるだろう……と? どんな阿部定だよ。愛人の陰部を切りとって逃げた、阿部定事件の主人公も、知り合いの大学生の部屋で無理やり犯され、性に開放的となったことで淫売となり、親から勘当され、今でいう風俗に堕ちていった。
若いころの人との出会い、それが人生を決める。将来を具体化させ、夢を実現することに役立つのだ。
そんな事務所は〝人助け〟とは真逆の〝人でなし〟――。そんな相手と関わってしまった彼女を、ボクは羨まし……ではなく、助けてあげたいと思った。
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