第2話 偶像スパイ編 1.転生? 転移?

   偶像スパイ編


     1.転生? 転移?


 あれ? 記憶も失くさず、大人……もう少し若そうだけれど、そんなボクが見ず知らずのビルの上に立っていた。

「これだと転移じゃん……。閻魔さんも仕事が粗い……」

 多少、若返ってはみたけれど、大人の姿で記憶をもったままだと『転移』とするのが正しいはずだ。

「神になったんだから、赤ん坊からくり返すわけ、ないじゃないですか」

 急に頭の上から声がして、また髪に何かからみつくのに気づく。慌てて手でつかむと、そこに柔らかさ、温かさ、大きさがあって、それを恐る恐る目線に下ろしてみてギョッとした。

「目……、目玉ッ⁉」

「そうです。私は目玉の娘!」

 親父じゃなくて、娘……? 眼球そのものから、首が生えている。握っていた手をゆっくり放すと……。

「きゃぁぁぁぁッ! エッチッ‼」

 胸は膨らみ、下腹部もつるんとした女性のそれだ。

「エッチじゃない。ボクは美少女フィギュアのスカートをめくったり、胸をさわったりして喜ぶ趣味はない! キミは何者だ?」

 ボクが冷静なのは、地獄で特異な形状をした鬼、妖怪を見慣れており、今さら……だからだ。

「私は閻魔様から、アナタを監視するよう仰せつかった、お目付け役です」

「お目付け……だから目⁈」

「そう、目玉の娘です。これからよろしくお願いします」

 何をオマージュしているのか知らないけれど、頭が目玉で、下が全裸の掌サイズの妖怪が、ボクを監視するようだった。


「何と呼べばいいの?」

「何でもいいですよ。可愛らしくて、長くなるなら短縮したとき響きがよくなるような名前がいいです」

 注文が多い……。「じゃあ、父さんで」

「何で。ですか⁈ 娘だって言っているでしょ!」

「その形状だと、そう呼びたくなるだろ? ちょっと胸が膨らんでも、元ネタが中性的な姿だったし……」

「子供が生まれても、絶対に名前とか、あまり拘りのないタイプですよね。でもそういう態度が娘から嫌われて、思春期になると『お父さん、臭いッ!』とか言われるんですよ」

「…………。その指摘はピンとこないけれど、分かったよ。じゃあ、閻魔さんのお目付け役だから、メンマで」

「……まぁ及第点ですね。それで手を打ちます」

 メンマはそう納得するが、ボクが彼女をにぎる手を少しずらすと「あぁん❤」と、艶めかしい声をだして、身悶えする。

「ちょっと! どこ触っているのよッ⁉」

 確かに、指の腹が柔らかい部分にふれた気はするけれど、そんな僅かな感触を愉しみたいわけではない。かといって、にぎった手を放すと全裸で、どうせ「エッチ!」と騒ぐだろう。

 目のやり場に困るッ‼

 仕方なく、彼女を胸ポケットに入れておくことにした。


「監視するってことは、ボクは本当に破壊神になったのかい?」

「そうですね。むしろその力を正しくつかうかどうか? ということに地獄は関心をもっています」

「そう言われてもなぁ……。ここは、ボクの知る世界?」

 四階建てのビルの屋上から辺りを見回す。周りも高いビルが見え、転生ものにありがちな、中世の欧州をモチーフとした異世界ではなさそうだ。

「ちょっと違いますね。簡単にいえば、並行世界です」

「似ているけれど、少しちがう……みたいな?」

「アナタは生まれ変わりまでが短期間すぎるのです。そこで影響の少なそうな、似た世界を択んだようです」

 記憶をもったままだから、元の世界だと何かと支障もあるのだろう。

「破壊神って神だから、何も食べなくても、働かなくてもいい……とか?」

 メンマはじとっとした目で……というか、頭が目なので、じとっとした顔でボクを睨んだ。

「そんなわけないじゃないですか。釈迦だって、キリストだって、人として生きているときはきちんと食べていたでしょう? 何も食べないと、すぐに死にますが、そうなると天国に行きますよ」

「それは困る!」

 即座にそう言った、天国なんて……退屈で、つまらなそうなところに送られたら、それこそ地獄だ。……あれ?

「生きている間に、悪いことをしないと地獄に行けないなら、破壊神の力をつかって世界を滅ぼすか……」

「短絡的すぎるでしょ! それに、そんな力を与えられるわけ、ないでしょ。せいぜい身の回りの、目につくところを壊せるぐらいですよ」


 破壊神って〝神〟なのに、その程度の力しかないなんて、ちょっと複雑……。

「じゃあ、ここで少し悪いことをするぐらいにしか、使えないのか……。前世では意図せず、悪いことに手を染めてしまって、後悔しているんだ。地獄に行けるぐらいの悪いこと……か」

 悪いことをしたいわけじゃない。それはドSの所業であって、ボクとは真逆の性質の持ち主だ。ボクは相手が苦しんだり、痛い目に遭ったり、それは羨ましい……ではなく、自分も心を痛める行為だ。

 こういう悟り、気づきを得たこともボクが地獄を短期で卒業することとなった一因だろう。

「私は監視者であって、生き様にアドバイスはしませんが、何か下でトラブルが起きていますよ」

 ビルの上から見下ろすと、制服姿の少女が、必死で走って逃げていた。それを追うのは五人、ヤンキー風の男たちが下卑た笑いを浮かべて、どうやら人気のない路地に追いこんで、そこで襲おうというのだ。

「助ける……間に合わないか……?」

 当たり前のように屋上には侵入できないよう鍵や柵があり、それは出ることも難しい、ということ。

「飛び下りれば?」

「何を奨めているんだよ。この高さだよ」

「大丈夫ですよ、多分。神だし」

「都合いいときだけ神扱いするの、止めてもらえる?」

「堕ちてみたら、新しい扉が開くかもしれませんよ。それ!」

 メンマが暴れると、ボクは身を乗りだしていたこともあり、そのまま手すりを乗り越えて、真っ逆さまに落下していた。


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