オレンジのミミズクは世界を救う夢を見るか

気づけば寝る時間

第1話 ブンボーグ王を目指して

魔法陣の中心に鎮座する橙色の巨大な卵のような物体。しかし、そのふさふさとした毛並みを目にすると、これは単なる卵ではなく、何らかの生き物であることがわかる。


「ブンボーグ」とは奇跡を起こす力を持つ神秘的な道具のこの世界の総称である。ユーリン国の王女であるザキはブンボーグの一つであるガラスペンを使って魔法陣を描き、悪王マニタの独裁によって荒廃したユーリン国を救う勇者の召喚を切望していた。筋骨隆々で才気煥発、あらゆるブンボーグを使いこなし、どんな逆境にも立ち向かう希代の救世主である。


しかし、召喚されたのは勇者どころか、硝煙に包まれた魔法陣の中に現れたのは、人の胴体ほどもあるオレンジ色の体毛に覆われた丸みを帯びた奇妙な生き物である。羽のようなものが生えているので鳥類に分類できるだろうか。胴体とは裏腹に頭部にひっついた耳の毛は虹のように美しく色づいている。


予想外の結果にザキは混乱し、呆然とその光景を見つめた。


謎鳥は半開きの目でぼんやりとしていたが、やがてはっと目を見開き、キョロキョロと周囲を見まわし始めた。


「え、え、ここどこ?スタジオは?シーリングワックスは?ザキさん?イクさん?」


謎鳥は状況がつかめず混乱している様子でザキの存在には気づいていない。にもかかわらず奇妙にも面識のないはずザキの名を叫んでいる。どうやら人間の言葉を理解し話すことができるらしい。


ザキは意を決して魔法陣に近づき、謎鳥に話しかけた。


「あの……」


謎鳥はぐるりとザキの方に向き、驚いた様子だったがすぐに、


「おーザキじゃーん!いるなら教えてよ。てか何でそんな変な格好しているの?今回の収録コスプレ回だっけ?」


と、ザキに親しげな笑顔で話しかけてきた。


「申し訳ないのですが多分どなたかと勘違いされているようで……私たちは初対面です。」


「なに言ってるのザキさん!僕ら一緒にスタジオでシーリングワックスの回を撮っててさ。そしたらザキさんが手を滑らせて熱々のシーリングワックスが僕の頭に3リットルくらい……あっ!」


謎鳥は爆笑しながら続けた。


「もしかして、これが異世界転生ってやつかー!おじさんだからよく知らないけどさぁ。なんかこう……異世界に飛ばされた人は凄い力を授かって活躍できるんでしょ??ねぇ、ザキさん??」


なぜか一人で浮かれ跳ねている謎鳥を尻目に、召喚が失敗に終わったと落胆するザキは大きくため息をついた。


「確かに私があなたをこの世界に召喚したのかもしれません。しかし私が望んでいたのは国を救う屈強な勇者です。あなたのような得体のしれないオレンジ色の謎鳥ではありません。」


それを聞き、眉間に皺を寄せて謎鳥は答えた。


「ナイスミドルに何てこと言うの!確かに俺はブッコローの中の人だけどさ、見た目まで合わせたつもりはないよ……ん?」


自分で振り上げた羽を見た謎鳥は大きく丸い目をさらに見開いて叫んだ。


「なんじゃこりゃぁ!俺は本当にブッコローになってしまったんかい!」


謎鳥は一人でキーキー言いながら地面をのた打ち回り始めた。どうやら謎鳥の名前はブッコローというらしい。


王女であるザキは、兄であり現ユーリン国王であるマニタの圧政から国民を救うために一年前に反旗を翻した。ブンボーグの使い手であり常人とは比べ物にならない戦闘力を持つ二人であり戦況は拮抗状態がしばらく続いた。しかしある時、マニタは異界の邪神であるチュターヤと契約を結び、強大な力を得たことで状況は一変した。マニタはザキ率いる  反乱軍を難なく壊滅に追いやり、ザキは敗走の一途を辿っていた。逃げる間も追っ手に追撃をうけ、反乱軍は遂にザキ一人になってしまった。


そんな苦境の最中、ザキは最後の手段として手持ちのガラスペンの大半と自身の魔力を犠牲に勇者の召喚を試みたのだった。だが、その召喚は失敗し、ザキの前に現れたのは何の力も持ち合わせていそうも無い、謎のオレンジ色の鳥であった。


勇者召喚の失敗により万策尽きたが、ザキはユーリン王国の王女としては諦めることは許されない。


もはや単独でマニタが座するユーリン城に忍び込み、刺し違えるしかない。


謎鳥がゴロゴロと転がり続ける中、ザキがそう覚悟を決めようとした矢先のことである。突如、あたりの茂みから多数の兵士たちが飛び出してきた。


しまった。かこまれた。


どうやらザキは密かに尾行されており、疲弊するところを狙われていたようだ。


数十人の黒装束の兵士たちが二人を囲む。睨み合いが続く中、リーダー格の兵士が一歩前に出て沈黙を破った。


「ザキ王女、ご無沙汰しております。お元気でしたか??誠に残念ではございますが、マニタ様のご所望ですので、ここで死んでいただきます。」


そう言いながら黒頭巾を脱ぐと、現れたのはマニタ直轄の暗殺部隊隊長ホソカワであった。王族の血を引かない人間の中ではホソカワの魔力は群を抜いており、シーバルと呼ばれる拘束専用のブンボーグの達人である。


ガラスペンをホソカワに向け睨み付けるザキ。ガラスペンは魔力を込め願うことで幻獣を生み出すブンボーグだ。ブッコローの召喚で多くのガラスペンを使った今、ザキの手元に戦闘用のガラスペンは2本しかない。そもそもガラスペンは魔力を大量に必要とするため、現状体力を消耗したザキでは使いことなすことは容易ではない。


ジリジリとホソカワが間合いを詰めてきた。緊張で張り詰めた空気の中、いきなり謎鳥が大声で叫んだ。


「うわーなんだこれ!こんな綺麗なガラスペン見たことないよ!」


目を輝かせたブッコローはザキが持つガラスペンの手元にまとわりつき始めた。


「うわーきれいだな!メーカーどこなの?インクはどんな色なの?」

「うおーすげーよく見せてよ!」

「こら、離れなさい!邪魔だって。この状況見てわかるでしょう。」


ブッコローはザキの言うことを全く聞かずガラスペンを触ろうと中々離れようとしない。


私は一体何をやっているのだろう。ザキは思わず自分が情けなくなり涙を流す寸前であった。この謎鳥は奇跡に縋り、自分がなすべきことを怠った自分への罰なのかもしれない。ザキの心中にはそんな思いが去来し始めていた。


ザキとブッコローがガラスペンを取り合う中、兵士たちはどうしていいかわからずその様子を見守っていたが、見かねたホソカワは怒声を放った。


「本当にバカで、バカでどうしようもないな!ザキ王女よ、観念せよ。お命ちょうだい致す!」


ホソカワはシーバルに魔力をこめるとザキめがけて放った。シーバルは紐状のブンボーグであり、捕縛されれば対象はそのまま強烈に締め付けられ身動きができないまま死に至る。


これまでか……


いよいよ今世に別れを告げる時がきてしまった。圧政に苦しむ国民には向ける顔がない。来世があるならば穏やかに、美しいブンボーグに囲まれて暮らしたい。


ザキが覚悟を決めた瞬間、ブッコローの羽がザキの手にするガラスペンに触れた。すると、ガラスペンは突如強烈な光を放ち始めた。その光が大きく膨らんだかと思うと一瞬のうちに形を成していき、咆哮と共に巨大なドラゴンがザキとブッコローの眼前に姿を現した。シーバルはドラゴンに直撃し弾け飛んでしまった。



ドラゴンはその翼を広げ、黒装束の兵士たちに圧倒的な存在感を示した。ドラゴンの目は炎のように赤く、兵士たちの恐怖心を抉り取るように輝いている。


ザキすらも、このドラゴンは手に持つガラスペンが生み出した幻獣であることを瞬時に理解することはできなかった。ガラスペンはその種類に応じて異なる幻獣を生み出す。ドラゴンはザキが握るガラスペンで創造できるものだが、その大きさはせいぜい人の背丈くらいだ。それでもドラゴンは戦闘力が凄まじく、敵の一個隊を軽々と蹴散らすことができる。しかし、目の前で暴れるドラゴンは、まさに規格外の大きさであり、別次元の絶大な力を発揮していた。


「えぇちょっと待ってこれ本物??恐竜図鑑よりよっぽど迫力あるわ〜」

ザキの手にぶら下がったままブッコローが感嘆の声を上げる。


まさか……この謎鳥の力なの?


どうやらブッコロー自身も何が起きたかはわかっていないようだ。現れたドラゴンは次々と兵士を薙倒していく。ホソカワも手持ちのシーバルをありったけ繰り出しているが焼石に水だ。その顔には恐怖と焦りの表情が浮かべ、


「そんな……こんなはずでは。やはりゴム製の強力なシーバルを持ってくるべきだったか??」


と、動揺を隠せない様子だ


ザキは自分の仮説を信じ、もう一本のガラスペンを手に取りブッコローの眼前に掲げた。


「おお、そのガラスペンも綺麗だなぁ。書き心地も見てみたいから紙もくれない?」


ニコニコしながらブッコローが触れるとガラスペンは煌めきを放ち始めた。そして、その光は再び形を成し、二体目の幻獣である大型巨人のタイタンが現れた。こちらも通常の人型サイズの5倍はあろうかと言う大きさだ。タイタンもドラゴンに負けじと次々に兵士たちを薙ぎ倒していく。二体の幻獣はあっという間に兵士たちを全滅させてしまった。ホソカワは無理を悟ったのだろう。ド派手な幻獣の動きに紛れてその場から逃げ去ったようだった。


「……戻りなさい。」


ザキが小さく命じると幻獣たちは光に姿を変えガラスペンに吸い込まれていった。一気にしんとする空気の中、ザキはゆっくりと視線をブッコローに移した。ブッコローは何やらボーッとしている様子で、今まで起きたことを消化するのに時間を要しているようだ。


この珍獣はこの国を救うかもしれない。


「あなたはブッコローというのですか?」

「まぁ……そっちゃそうかな?もしかしてあなたは僕の知っているザキさんとは違うのかしら??」


眉はないが眉間をひそめながらブッコローがザキに問いかける。


「はい。私は貴方とは初対面です。どうやら貴方の元いた世界に私とそっくりなお知り合いの方がいたようですね。」


そっかー、とブッコローはうんうん頷く。


「まぁいいや。じゃこの世界のザキさんよろしくね。」


ブッコローの馴れ馴れしさに若干苛立ちを感じるザキであったが、国を救う大義の前に些細なことは言っていられない。


「では改めてブッコローさん、貴方をこの世界に召喚したのは私です。」


さっき聞いたよーという声をもらすブッコローに構わずそのまま続ける。


「私はユーリン国の王女でザキと申します。」


「王女……ザキさん、出世したんだねぇ。」


羽を組み、目を瞑りながら感心する様子のブッコローを無視してザキは続けた。


「突然元の世界から呼ばれて困惑されていると存じます。そんな折り大変恐縮なのですが、この国を救うために貴方の力が必要なのです。」


「もともと私は強力な勇者を召喚するつもりでした。この国は私の兄であるマニタが国王として君臨しています。彼は国民に圧政を敷いており、周りをイエスマンで固めることで暴君として我が物顔でこの国を搾取しているのです。」


「あの人畜無害な間仁田さんがねぇ……暴君な間仁田さんなんて見たら吹き出しちゃうかも。」


ブッコローは一人でくすくすと笑っている。


「昔は優しかったのですが、ある時を境に彼は変わってしまいました……しかし如何なるきっかけがあろうと道を外れ多くの人に害をなす今のマニタを許すことはできません。私も王族の血を引き、このブンボーグと呼ばれる魔具を使うことで魔法を使えるのでそこそこ強いのですが……今のマニタには到底かないません。」


「そこで私より強力な力を持つ異世界の勇者の召喚を試みた結果、貴方がこちらの世界に来てしまったというわけです。」


真剣な面持ちでザキが語る。ザキが言い終わるか終わらないかのタイミングで、ブッコローはかぶせ気味に片羽を挙げてザキに問いかけた。


「待って、事情はわかったけど異世界転生ってさぁ、何かしら強力な力をもらって、その世界で大活躍っていうのがテンプレだと思うんだけど。俺こんな感じのちょっと小太りのミミズクになっただけで強かったりとか、そういう実感無いんだけどいいのかな??」


ザキはふるふると首を振りながら答えた。


「貴方は十分強力な力をお持ちです。先ほどの戦闘で確信しました。先ほど出てきたドラゴンとタイタンですが、あれは私が持つガラスペンの力で作り出すものです。」


「あんなもん、ぽんと出せるなんてすごいんだねぇザキさん。俺見直したよ。」


ブッコローは右羽で天を仰いだ。


「いえ本来であれば私が全力でガラスペンを使ってもあんなに強力な幻獣は作り出せません。貴方がガラスペンに触れた瞬間、強力な力の増幅を感じました。つまり貴方の力はブンボーグとその使用者の潜在能力を強く引き出すものだと思います。」


「またまたぁ、オレンジ色のミミズクにそんなパワーあるわけないじゃない」


ブッコローはコロコロと笑いながら返す。


「私も何かの間違いと思いましたが、ドラゴンならずタイタンまで強化されたので間違いないと思います」


「そうかなぁ……ああ、でもそうか。」


ブッコローは元いた世界での自分の仕事を思い返していた。彼の仕事はとある企業動画チャンネルのMC。さまざまなゲストが持ってくる商品やそのヒトの個性を引き出すことで番組を盛り上げていた。そんな自分が異世界に飛んで得る能力が力を増幅させるというのも案外理にかなった話かもしれない。


「ブッコローさん」

手を合わせてザキは続けた。


「身勝手なのは承知なのですが、どうかマニタを倒すのに協力していただけないでしょうか??どうしても貴方の力が必要なのです。」


「やっぱりそうなっちゃう?ちなみに……ギャラはでんの?」


やや下衆な表情でブッコローは尋ねた。


「もちろんです。マニタを倒した暁には私がユーリン国の王、通称ブンボーグ王になるのです。その暁にはたんまり謝礼を払います。」


鼻息あらくザキはそう続けた。目を見開いたのはブッコローである。


ザキさんが文房具王になる?なるほどこれは面白いぞ。あっちの世界では文房具王になり損ねた女だったからな。この世界で夢を叶えてあげるのも悪くはないな。


「いいよ。一緒にやろうよザキさん!」


「わぁーやったぁ!」

ザキは胸元で小さくぱちぱちと拍手する。


「では、これからよろしくお願いしますね。ブッコロー!」


破顔するザキにブッコローは少し照れてしまった。


暗闇と静寂に包まれた森の中で出会った一人と一匹はそう遠くない未来に数十万人もの仲間を作ることになる。

古語を操る吟遊詩人、ユーリン国を裏で牛耳る女、人気も実力もない格闘家、人智を超えたブンボーグ。待ち受けるは世界の終わりか、希望の光か。物語の続きはガラスペンのみぞ知る。






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