第73話
姉さんは昔から、僕の目標だった。
勉強も、スポーツもできた。そして、正義感が強かった。たしか、僕が小学2年生のころ。一緒に散歩をしているとき、同級生がどこかの飼い犬に石をぶつけて遊んでいたんだ。
そこで姉さんは、そいつらに向かっていって、すごい剣幕で怒ってやめさせた。そんなこともあったな。
でも、普段はやさしいんだ。僕が風邪で寝込んでいたときなんかは、小遣いでアイスクリームを買ってきてくれたりした。
両親が離婚したときに、僕は父さんについていったけど、姉さんは母さんについた。たぶん、支えなきゃって思ったんだろうな。苗字が変わっても、僕と姉さんの仲は変わらなかった。
そんな姉さんの影響かはわからないけど、僕は警察官になった。
そして姉さんは、短大を出て、商社に入った。そこで、姉さんはどんどんやつれていった。責任感が強すぎたんだろう。
世の中ってのは、真面目にやりすぎるとどんどん追いつめられていくらしい。
やがて姉さんは、ある団体に参加するようになった。その団体は、輪神教会という。
どうした園川くん、驚いているのかい? 人生ってのは、つくづく皮肉なもんさ。
神なんてものが、ほんとうにいるんだとしたら、そいつは、この上なく意地が悪いんだろうな。
姉さんは、正義感が強すぎた。だから、輪神教会をも守ろうとした。
あるとき姉さんは、SNSで輪神教会を揶揄する投稿を見つけた。姉さんはそいつに、輪神教会のことを擁護するようなことを言い返した。それから口論が続いた。相手は、ヘヴン・クラウドのユーザーたちだった。
ある日、姉さんの家に手紙がきた。投稿のことを謝罪しろって。
それから、やつらは、姉さんのことをどんどん調べていって、会社に電話をしたり、しまいには僕の部署にまで連絡するようになった。
姉さんは僕に、なんども謝った。そして最後に、姉さんからこんなメッセージが届いたんだ。
――ごめんね。わたしはすべての責任をとります。
僕は姉さんの一人暮らしの家に行った。
5月4日の、午前1時ちょうどだった。
合鍵で姉さんの部屋に入ったとき、はじめに、僕は姉さんの投げ出された足を見た。
床には濁った液体が溜まっていた。
しばらく、足を見て、僕は視線を上げられなかった。
姉さんは半目を開けていた。
眠っているみたい、なんてもんじゃなかった。それは。
2LDKの、キッチンから部屋に向かうところのドアに、灰色の紐を。
首が不自然な角度で曲がり、舌が出ていた。
園川くん。僕は、あんなに青白い顔をはじめて見たんだ。
訓練したとおり、脈と瞳孔を見た。死んでいた。いちおう、警察官だからね。
僕は姉さんの横に座って、全員、捕まえてやる、って言った。姉さんを追い詰めたやつらを。姉さんを騙した、教団のやつらを。
小さな家族葬だった。
園川くん。それから僕は、サイバー犯罪を取り締まる部署への転属願いを出したんだ。
そこで姉さんへ攻撃したやつらを、ひとりずつ追い詰めながら、同時に、輪神教会を追った。
そのために、ヘヴン・クラウドをはじめた。
そんなとき、きみに出会ったんだよ。
園川くん。
きみはヘヴン・クラウドで、神のような存在だったね。そして僕は、きみについていって、多くのことを体験した。
当然、そのときの経験は、本業の方でも役に立った。
そしてあの、薄明の森の仕事が入った。あのとき、僕は理解したんだ。
この世に神がいるのだとしたら、運命ってのがあるのだとしたら、その指先は、クリスタルに向いていた。
僕はクリスタルと、AIの神を使って、輪神教会を滅ぼすことにした。
そして、それからは、ヘヴン・クラウドのユーザーたちを、順に洗脳して、殺してゆく。そうすれば、いくぶんか、平和になるというわけさ。
きみは戸澤の件で、ヘヴン・クラウドを降りてしまったけど。僕は黒部に取り入り、AIの神をうばうために計画を進めていった。
黒部の信用を得て、クリスタルをまかされるようになるまで。
しかし僕は、肝心なその神を破壊してしまうプログラムの存在――ローカストを知った。きみが始末を助けてくれた、あの戸澤研悟が開発していた、あのことだ。あれがある限り、いつ計画をぶち壊されるかわかったもんじゃない。
戸澤がそれを、娘に託していた。
そこでローカストを引き出すため、戸澤未由に接触したんだ。そしたらこんどは、ブルーエッジを探してこいと。
長かったなァ。あれのために、これを探し。それのためにこれを探し。
しかし、ブルーエッジをねだられたときには、もうお手上げ状態だったよ。きみは、ヘヴンズシャドウの幹部にすら、なにも明かさなかったからね。用心深いというかなんというか。
それはそれとして、さらにヘヴン・クラウドと、教団の情報を得るために、僕は篠原玲奈のことも調べ、クラカミクリエイティブに接触した。
そう、それで、なんと!
新入社員としてきみが現れた。
はじめはわからなかったけど、サニーデイパークのあたりで、僕は確信したよ。園川くんこそが、ブルーエッジであると。
さて、もうじき、1時だ。
神のAIが、仕上げをするときがきた。
* *
岸中はそこまで話すと、ふう、とため息をついて、刀の峰を肩に乗せて左手を横に広げた。
「さあもういいだろ、ネタばらしは。さて、早いところローカストをくれないか」
園川は言った。
「渡すわけにはいかない」
「そうかい。じゃあ、きみを行動不能にして奪うとしよう」
岸中は再び刀を両手に構え、迫ってきた。園川は光が消えかかった電磁ナイフを構えた。
そして2人が交差するとき。
なんとか園川は岸中の刀を打ち払ったが、それを最後に電磁ナイフは光をうしなった。それと同時に園川の手から電磁ナイフがこぼれおちた。
「さよならだ、園川くん」
そう言って岸中は刀を振り上げる。
しかしその手は空中でぴたりと止まった。そこで岸中は言った。
「なぜきみがいるんだ。こんなところに……」
園川が振り返ると、そこには白いローブを着て、フードを背中に落として顔をあらわにした少女がいた。それは戸澤未由だった。
園川は未由に言った。
「なぜこんなところに?」
すると未由は、
「同じことを聞くんですね」
と言って、岸中へと近づいていった。
「岸中さん」
「……未由ちゃん」
そのとき、時刻は午前1時ちょうどになった。
岸中の背後のクリスタルがひときわ青く強く光を放ちはじめ、かん高い音が響きはじめた。その音は神殿全体を震わせた。また、クリスタルから青い光が広場の方に伸びていった。岸中は言った。
「時間だ。もうはじまった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます