第72話

 園川は神殿が見えるあたりの森で、戦いのさなかにあった。時間は0時20分になろうとしていた。


 広場に集まる信者の数はますます増えてきていた。信者たちは広場にやってくると、ほどよい位置に座り、目を閉じた。集まってくる信者は、老若男女さまざまな人々がいた。


 園川がマップを見ると、松宮が近づいてきていた。当初エントリゾーン付近で留まっていたのだが、やっと動きはじめたのだ。


 それに気づいたのか愛野も、


「マツのやつ、向かってきとるな!」


 と言って、傷だらけの顔を笑顔でほころばせた。


 周囲には敵するヘヴンズシャドウの戦士たちが取り囲み、波状攻撃を仕掛けてくる。それに対して園川と愛野は、味方についた戦士たちの助けを借りながら奮闘していた。


 やがて遠くに銀色の光が見えた。



「待たせたな! 園川」


 と、松宮は倒れ込みそうな勢いで近づいてきた。


「松宮さん……」

「おい、なんて顔してんだよ。ほら、これだよ」


 そう言って、松宮は黒い野球ボールくらいの大きさの球体を差し出してきた。


「これがイナゴだ。――正確には、ローカストっていう実行プログラムだがな。こいつを、クリスタルに接触させれば、AIの神にとって、致命的なウイルスになる。……はずだ」


 園川はそれを受け取り、懐の中にしまった。


 そのとき、松宮は剣を抜いて園川の横にきた。どうやら敵が斬りつけてきたようだった。松宮は敵の攻撃をはじくと、


「おい、ぼやぼやしてんじゃねーよ! さっさといけって。隙を作ってやるからよー」


 すると松宮は目を閉じ、左手を上に掲げると、大きな声で唱えた。


「サンドストーム!」


 周囲の空気がざわめき、木々や葉が揺れた。そしてその直後、強い風が吹きつけはじめた。轟音が上がり、土と葉と枝が入り混じって周囲に渦巻いた。するとやがて、立っているのもやっとの竜巻が巻き起こった。


 園川は松宮に届くかわからないながら、ありがとうございます、と言い残し、腕で目を覆いながら神殿の方へと走っていった。






 石造りの神殿の中には、不思議な青い光が灯っていた。


 中央には白い絨毯が敷かれ、それがずっと奥まで続いていた。また、最奥には青いクリスタルが見えた。かつてのプライムクリスタルのように。


 回廊の脇には小部屋が並んでいたが、特に何者かがいるような気配はなかった。園川は腰を落とし、電磁ナイフを手に慎重に進んでいった。


 時間は0時40分になっていた。あと20分がタイムリミットだ。


 園川は懐から手を入れ、黒い球体――イナゴを触れて確認した。これをクリスタルに接触させればよいはずだった。





 神殿の奥にあるクリスタルは、かつてのプライムクリスタルに比べるといくらか小さいようだった。それが、青い光を放って、神殿の最奥に鎮座していた。


 いよいよそれを見上げる位置まできたとき、クリスタルの脇から人影が現れた。それは影の姿だった。


「待ってたぜ、リーダー」


 園川は足を止めて言った。


「やはり、おまえか」

「ああ。そいつを渡してもらおうか。たしか、ローカストイナゴとかいうんだろ」

「なぜだ? これを知っているみたいだが。おまえには、必要ないはずだろ」

「神のAIを破壊するウイルス。そいつがあると、これから先も、非常にやりづらい。だから、そいつを解析して、パッチを作らねーといけないんだ。わかるだろ?」

「その必要はない」

「なぜだ? リーダー」

「AIの神は今夜、破壊する」

「とは言ってもよー。あんた、もう無理だろ」


 その声を聞いて、園川は自身の右手に光る電磁ナイフの刃を見た。だいぶ光が弱まっていた。園川は言った。


「おまえには十分だ」

「仕方ねえな。力づくでいくかー」

「……試してみろ」


 影は赤い刀身を鞘から抜くと、脇に構えてじりじりと間合いを詰めはじめた。クリスタルの光を受けて、影の鬼面が青く見えた。


 やがて影は流れるような動きで斬り込んできた。園川はそれを体をよじってかわした。


「のんびりやってるヒマは、ねえんだろ、リーダー」


 それに対して、園川はにらみ返すことしかできなかった。無駄な攻撃をして、電磁ナイフのエネルギーを使うわけにはいかなかった。


 こんどは影は刀を振りかぶり、上から仕掛けてきた。園川はそれをかわして間合いを詰めたが、次に下から斬撃がきた。それでも園川は下がらず、前に出て電磁ナイフを振り上げた。


 影は後ろに大きく飛び退く。園川は肩を斬られ、膝を床についた。


 優勢かに見える影だったが、左手で顔をおさえ、ふらりとよろめいた。そして、2つに割れた仮面が床に落ちた。


 園川は影の左手の隙間から見えるその顔に、息を呑んだ。その顔には見覚えがあった。


 そして悪い夢でも見ているのかと思った。園川はうろたえきった声で、影に向かって言った。


「どう、して……。あなたは、まさか、岸中さんですか?」





 その顔はやはり岸中のもののように思われた。園川は思案した。


 ヘヴン・クラウドの中ならば、いくらでも顔を変更することはできる。見た目がそうだといっても、本人である保証はまったくない。


 それでも園川は、影の立ち居振る舞いや、体の使い方に、岸中の姿を見た。


 戦闘仕様のアバターの場合は、より制御をしやすくするため、骨格や体格を現実の姿に似せて作ることが多い。その中で、自然と体の動かし方やくせが、アバターにも投影されるのだ。




 影は顔をおさえたまま、肩を震わせて、低い笑い声を上げはじめた。


「フフフ。岸中さん、か」

「やっぱり、そうなんですね……」

「だったら、なんだっていうんだ」

「どうして。なんで、こんなことを」

「なにからなにまで、きみは、僕の邪魔をしてくれるね」

「なぜですか?!」

「そうかい。そこまで知りたいなら、教えてあげるよ。きみはたぶん、後悔するだろうね。そして、僕の味方になりたくなるかも」

「なんですって?」

「僕には、姉がいたんだ……」



 そう言って、影――岸中は語りはじめた。

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