第71話

 松宮は腰に銀色の光を放つランタンをくくりつけ、魔法剣士のアバターで森に降りた。


 松宮の左手には黒い球体があった。それはイナゴローカストのプログラムがヘヴン内のオブジェクトとして顕現した姿だった。松宮はそれをたしかめるようにしばし眺め、懐の深くにしまった。


 マップには、園川と愛野のアイコンが中央の神殿の近くに見えた。はやくそこに行き、園川にイナゴを渡さなければならない。


 松宮は足早に不気味な森を進んでゆく。いま襲われたら元も子もない。なんとかしてイナゴを届けなければ。


 そんなふうに思いながら進んでいるとき、妙な声が聴こえた。


「アハハハハ……。フフ……」


 その声に松宮は背筋が凍る思いがした。


「まさか。マジかよ。こんなときに」

「なによ、喜びなさいよ、運命の再開に」

「喜べねえなー! ボーラ!」


 そう言って松宮は剣を抜いた。


 その瞬間、すでにボーラは目の前にいた。態勢を低くし、すべるように松宮の眼下の位置にきた。そして真下から鈍く光る大ぶりの鉈を振り上げてくる。


 松宮は後ろによろめいた。


 そこでボーラは空中に飛び上がり、回転するとともに風を切る音を放った。幾本ものナイフが松宮に襲いくる。


 その中のひとつを肩に、ひとつを脇腹に受け、松宮は顔をしかめる。しかしすぐに左手を突き出し、


フラッシュ閃光だッ!」


 すると左手から、太陽のようなまばゆい閃光がほとばしり、ボーラのうめき声がした。


「うっとうしいことをするねェー! あんたも」

「うるせー! バカヤロー! どっかいけよ!」

「ウフフ……。そうはいかないねェ」


 そう言ってボーラの姿が霧の中に消えた。松宮は懐の中のイナゴに手をあてて、「やべえなこれ」とつぶやいた。


 そのとき、霧の中からナイフが飛んできた。それは松宮の頬をかすめた。それからも、気を緩める暇もなく、隙をついてはナイフが襲ってきた。


「アハハハハ……。魔法を使う隙もないのかい? 飽きさせないでよ。それとも、もう終わりにする? ウフフ……」


 そこで松宮の足がもつれた。足にワイヤーがからまっており、大きく転倒した。剣が地面に転がった。そこにボーラが空中からおどりかかってきた。


「これで終わりよォー!」


 松宮は絶望の中で目を細めた。



 そのとき、低く唸る音が横切った。ボーラは飛び退いて距離をとった。その後、木に大剣が重々しく突き刺さった。


 大剣が飛んできた方を見ると、銀色の甲冑が見えた。ボーラは言った。


「あなた、邪魔するつもり? キャズム……」


 キャズムと呼ばれた男は頭を掻きながら、丸腰で近づいてきた。


「その人は、たぶん、ブルーのダンナの仲間だと思うんだ」

「だったらなんなのさ。なおさらじゃない」

「いや、俺は、ダンナを助けることにしたんだ」

「ふーん。だったら、いっぺん死んできなッ」


 ボーラの姿が消えたかと思うと、すでにキャズムの眼前におり、鉈を振り下ろすところだった。


 キャズムは小手でそれを弾くと、ボーラの腹を蹴り上げた。ボーラはうめき声を上げてよろめく。


 キャズムはふいに走り出して、自身の大剣の方へ向かった。


 ボーラは立ち上がり、また霧の中に消えた。


 キャズムは大剣を木から抜くと、それを両手で構えた。


「さて、そこの剣士のお兄さん」


 と言うキャズムに、松宮は答えた。


「ああ。すまねえ。それにしても、あんた、強いな」

「そうかねえ。まあ、ボーラや影とは、腐れ縁だがねえ。さて、急ぐんだろ」

「ああ」

「ここは俺にまかせて、早くいきなよ」


 そのとき、どこからともなくボーラの声がした。


「逃さないよォー!」


 すると、キャズムの背後に鉈を振り下ろすボーラが見えた。しかしキャズムは大剣を背中に回して受け、ボーラに足払いをした。ボーラは態勢を崩して退がった。キャズムは言った。


「ほら、早くいけよ。あんた」


 松宮はうなずいた。


「わりい、キャズムっての」


 そう言って、松宮は森の中を走り出した。

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