第70話

 夜の22時すぎ、園川は薄明の森にダイブした。


 現実世界と時間が連動する森の中は真っ暗だった。そのため、園川は腰に緑色の光を放つ電子ランタンを付けていた。


 そこで愛野の姿を探しはじめた。


 周囲は濃密な霧に囲われており、はるか頭上には欠けた月が見えた。周囲の地面や木々は緑色の光を浴びて、いっそ幽玄と闇に浮かび上がった。その生々しさは、現実の森を歩くのと変わらない感覚を受ける。小さな虫の声、風にざわめく葉擦れの音、めきめきと枝や葉を踏む足音。そういった細かな音が、ときに寒気をもたらすほど生々しく不気味だった。


 そんな森の中を園川は歩いてゆく。


 視界の端のマップの中央に神殿のシルエットが見える。


 それに味方のアイコンもあった。――愛野が近くにいるようだ。また、敵のアイコンはもとより何も見えない。今夜、輪神教会や影たちは、どのような手勢をそろえて待ち構えているのか、見当もつかない。しかし、影やボーラやキャズムをはじめ、ヘヴンズシャドウのメンバーが何人も敵対してくるのは目に見えている。


 園川はかつての仲間たちをためらわずに攻撃できるのか。いや、それ以前に対等以上に戦って倒すことができるのか、それすらわからなかった。


 やがて霧の向こうに緑色の光が見えた。どうやら愛野のようだった。




「今夜は、いっそう不気味やな」


 と言う彼女は、やはりいつもの大柄の女戦士の姿で、園川と同じタイプのランタンを腰に付けていた。


「抜いとくで」


 と、愛野は背中の薙刀をはずして右手に持った。そうして園川と愛野は神殿に向かって足早に進みはじめた。




 森をしばらくいくと細い巡礼路を見つけたが、目立たないようにするためにあえて、巡礼路から少し外れた山道を進んだ。


 そのとき、園川の先にいた愛野が立ち止まり、腰を落として薙刀を構えた。薙刀にエネルギーの穂先が生成された。


「敵がくるで……」


 園川はまだ敵を視認できていなかったが、電磁ナイフを抜きながら愛野に追いついた。


 そのとき、園川はなかば本能的に横に飛び退いた。


 すると、園川が立っていた場所に剣が打ちおろされ、土を斬るにぶい音がした。


 そこにいたのは、灰色のローブにフードをかぶった、アサシン暗殺者風の剣士だった。おそらくヘヴンズシャドウのメンバーだ。


 そのあと、園川と愛野を取り囲むようにさらに4人の敵が現れた。彼らは問答無用とばかりに襲いかかってきた。


「なんや、名乗りもなしかー!」


 愛野はそう言いながら、薙刀を振り回して立ち向かった。園川もローブの剣士の攻撃をいなし、反撃しながら、愛野の背中に張り付くように戦った。そこで園川は、


「これだと不利です! ちょっと、囲まれにくいところまで、移動しましょう!」

「すでに囲まれとるでー! どないせいゆうねん……」

「いいから、こっちへ」


 園川は愛野の腕を引いた。愛野はしぶしぶついてきた。


 走り続けると、やがて森が深くなってきた。追手たちは次第に陣形がくずれ、遅れがちになってきた。園川はそろそろ反撃に移ろうと考えはじめていた。


 その矢先、園川は信じられないものを見た。


 走っていて気づかなかったのがいけなかった。


 園川の眼前に、さまざまな色のランタンが複数浮かんでいた。それは別の手勢たちのようだった。また、その中心には背の高い銀色の甲冑を着た剣士――キャズムがいた。あの、凍土で戦ったヘヴンズシャドウの中でも上位の戦士。


「キャズム……」


 思わず園川は彼の名を呼んだ。


 しかしキャズムはなんの返答もせず、大剣を肩に担ぎ、近づいてくる。さらにキャズムの背後の者たちも近づいてくる。おそらくヘヴンズシャドウの者たちだ。園川は言った。


「キャズム! おまえは、輪神教会や、影に従うのか? 金のためか?」


 キャズムはそれにも答えず、大剣を振り上げた。


 10名強の一団は、さまざまな姿と武装をしていた。弓。細身の剣。大剣。素手。ボウガン。そのだれもが異様な風格を帯びていた。


 ヘヴン・クラウドの最強の戦士たち。彼らもキャズムやボーラと同様に買収されたのか。


 園川は絶望の中、キャズムの大剣を受けようと電磁ナイフを掲げた。


 キャズムは踏み込んできた。






 ――そして、そのまま園川の横を通りすぎ、後ろからせまってきていた追手に大剣を浴びせた。


 キャズムは振り向いて言った。


「ブルーのダンナァ! だまってないで、戦えよ!」


 すると、キャズムはさらに大声を張り上げて、


「オラーッ! 狂犬ども! ブルーのダンナを守れ! くたばっちまいそうだとよ!」


 座ったまま呆然とする園川の横を、戦士たちが横切っていく。


「本物だな。にしては、おとなしいんじゃねえの」

「リーダー、まだまだこれからだぜ」

「ひさびさだな。アニキ」

「リーダー、立てよ」


 さっそく交戦がはじまっている。ヘヴンズシャドウ同士の戦いだった。


 園川は自分の目が信じられなかった。一方的に捨て、否定してきた過去が、思いがけない形でまた寄り添ってくれるようだった。




 キャズムたちはなんとか追手を退けたようだ。


 園川はキャズムたちに言った。


「おまえたち……」


 彼らは動きを止めた。そこでキャズムが近づいてきた。


「ブルーのダンナ。なんとか間に合ったな」

「どういうことだ? キャズム。おまえは前回、凍土で、影の側についていたな……」

「ああ。だけどよ、ダンナに言われてさ。理非について。心について。たしかに、金のために一般人や教団の連中を犠牲にするなんて、ダセーなって思ってさ。それで、同じようなことを考えているやつらに声をかけたんだ。――影についたやつの方が多いが」


 園川は周囲を見まわした。暗闇の中でランタンの光に浮かび上がる目は、いずれも真剣に、まっすぐに園川へと向いていた。園川は言った。


「おまえたち、待たせたな。それに、ずいぶん退屈させちまったな」


 すると、彼らは武器を鳴らし、声を上げた。


「ほんとうだぜ!」

「早く行かなくていいんですかい?」

「影どもを倒すぜ!」


 園川は強くうなずいて、電磁ナイフを神殿の方に向けた。


「だとしたらもう、時間がない。これからやつらを巻き返すんだ。行くぞ、おまえたち! 遅れるなッ」




 園川は愛野とヘヴンズシャドウのメンバーたちを連れて、神殿の方に向かっていった。キャズムは遅れてやってきたメンバーを合流させたり、新たな侵入者を把握するため、エントリーゾーン周辺に残ることにした。


 途中に白いローブを着た信者たち――おそらく最後の儀式を受けるため、引き寄せられてきた者たちが何人もいた。


 そうした人々や森の木々をすり抜け、園川たちは神殿の方向に向かって走り続けた。やがて、神殿の外壁が見えてきた。


 そしてついに、神殿前の広場にやってきた。広場には一定間隔で松明が設置されており、ゆらめく炎に照らされていた。


 時間は0時をすぎており、あと1時間も待たずに儀式がはじまるはずだった。


 石畳の広場には白いローブを着た数十人の信者が集まっていた。どんどん信者がの数は増えてきていた。また、その中央に、玲奈の姿もあった。玲奈は石畳の上に|結跏趺坐<けっかふざ>の姿勢で座り、目を閉じていた。


「しのっち!」


 と愛野は声を出し、駆けていった。愛野は玲奈の横にくると、玲奈の肩を揺すった。


「なにやっとんのや! 目を開けえ。なあ、しのっち。死んでまうで。なあ!」


 それでも玲奈はぐらぐらと揺すぶられるままに、目を閉じていた。そのうち、敵の手勢が集まってきた。


「ダメです。いまは、戦いましょう」


 そう言って園川は愛野を引っ張り起こした。


 園川の周りに仲間のメンバーが囲う。それに対して、20人からの敵が迫ってくる。


「信者の人たちを傷つけないように、少し離れるぞ!」


 そう言って広場を外れた森の中に入ってゆく。


 そのとき、園川の視界に新着メッセージの通知があった。松宮からだった。


 『イナゴが完成した。これからダイブする』

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